異世界は流されるままに

椎井瑛弥

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第5章:初夏、新たなる出会い

第8話:そのメイド、メイド超になること(誤字にあらず)

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 一行はシャロンの転職に付き合うために教会に向かうことにしました。

「ぜんぜん教会に来てないなあ」
「ラケルのとき以来だね」
「だな。しかもここは初めてか」

 ここに教会があることは知っていますが、わざわざ中に入って祈りを捧げようとは思いませんでした。これが見た目が神社や仏閣なら手を合わせるくらいはしたでしょうが。
 それなら日常的にはどうかというと、食事の際に「神よ、日々の恵みに感謝いたします」と簡単に祈りを捧げるくらいです。実家にいたころは、礼拝堂で祈りを捧げていたものですけどね。今のレイの中身はほとんど日本人ですので、仕方ないですね。

 ◆◆◆

「すみません。転職をお願いしたいのですが」

 レイは入ったところにいたシスターに声をかけました。

「転職ですね。担当の者を呼んでまいりますので、こちらでお待ちください」

 レイたちは礼拝堂ではなく、待合室のような部屋に案内されました。しばらく待つと、先ほどのシスターに案内されるように、僧服を着た白髪の司教が現れました。

「それでは祭壇のある場所へ向かいましょうかのう」

 転職を行うのは教会の横に付属している専用の部屋だと司教は説明します。

猊下げいか、この教会では転職は教会堂で行うのではないのですね?」
「信者も転職希望者も人数が多いでのう。お互いに邪魔になったので、今では分けるようになりましてな」
「そうでしたか」

 クラストンはマリオンに比べると冒険者の数が段違いに多い町です。だからマリオンに比べて転職を行う人数が多いので、説法を行う教会堂とは離れた場所にあります。

「旦那様、付き添っていただいてもよろしいですか?」
「ああ、いいぞ。この町でお世話になってるから、少々寄進もしたいしな」

 レイの声が聞こえたのでしょう、シスターの背筋が先ほどよりも伸びました。現金ですね。渡そうとしているのも現金ですが。
 寄進はもちろん強制ではありませんが、どんなことにも手間賃というものは発生するものです。だから転職の際にも渡すんですよ。それで教会と仲良くできるのなら、それに越したことはありません。しかも、司教が現れましたしね。
 奴隷は現金を持たされていないことが多いので、転職の際には主人が同行して渡すことが多くなります。ラケルのときは目の前で行われましたので、本人が払いましたけどね。

「それじゃ、行ってくる」

 メンバーたちを待合室で待たせると、レイはシャロンを伴って奥に向かいます。

 通路には何人も並んでいますが、司教はその横を通り抜けて奥へと向かいます。レイとシャロンは彼のあとを追います。
 通りながらちらっと見ると、他にもいくつか転職を行っている部屋があるのが二人に見えました。ただ、ちらっと見た限りでは、若い司祭や助祭などが担当しているようです。

「こちらを使いますかのう」

 レイたちが案内された祭壇は、小さな会議室のような部屋、そこの一番奥の壁際に設けられていました。

「では、シャロンよ。神像に手を触れながら希望するジョブを頭に浮かべなさい。急がなくてもいいから、ゆっくり決めなさい」

 司教の言葉を聞いて、レイはシャロンがどのジョブを選ぶつもりかを聞いていないことを思い出しました。彼が聞いたのは、上級ジョブが候補に出たことだけです。

「それで、何になるつもりか決めたのか?」
「上級ジョブの候補としては、侍女、家庭教師ガヴァネス家政婦長ハウスキーパー付添いシャペロン、メイドがあります」
「待て、アクセントがおかしかったぞ。メイド長じゃなくてメイドなのか?」

 シャロンはメイドと「超」の部分を強く読みました。

「はい。メイドという概念を超えたメイドだそうです。ハイパーメイド、あるいはメイド・ビヨンド・メイド」
「もうメイドじゃなくていいんじゃないか?」
「何をおっしゃいますか。メイドがメイドであることを捨ててどうしろと?」
「メイドになりたかったわけじゃないって言ってなかったか?」

 ケイトに感化されすぎて、メイドであることを誇りに思うようになっているシャロンでした。

「そろそろどうじゃ?」
「すみません。お待たせしました」

 司教の合図でシャロンが神像に触れます。司教が何かをつぶやくと、その瞬間にシャロンの体が光りました。

「すでに新しいジョブになっておるはずじゃ。ステータスカードを確認してみなさい」
「はい」

 シャロンはステータスカードを取り出しました。そして確認するとレイと司教にも見せました。

「間違いなくメイド超だな」

 上級ジョブらしく、通常とは違う色で輝いています。

「お世話になりました。こちらをお納めください」
「これはこれは。レイモンド様とお仲間たちに神々のご加護があらんことを」

 司教は布袋を受け取ると、レイに向かって頭を下げました。

「シャロンよ、新しいジョブでしっかりと励みなさい。しかし、儂も初めて見たジョブじゃ。長生きはするものじゃのう」

 司教は髭を触りながらそう言うと、スタスタと歩き去りました。

「珍しいジョブらしいな」
「どうしてでしょうね? メイドの上級職というだけですが」
「いや、使用人としてのメイドなら、別にジョブがメイドでなくてもいいからじゃないか?」

 ジョブが戦士だからといって武器を持って戦う必要はありません。畑を耕して暮らしてもいいんです。力が上がるので仕事の効率が上がるでしょう。
 同じくメイドも無理をして使用人として働く必要はありません。しかも、そのまま上級ジョブのメイド超になる必要はどこにもないんです。どこまでメイドが好きなのかという話になりますよね。

「スキルが強化されたようです。これまでの【掃除】が【超掃除】に、【料理】が【超料理】に、【奉仕】が【超奉仕】になりました」

 これはネタジョブなのではないだろうかとレイは考えました。あるいは、ジョブ名を考えるのが面倒になった神が適当に作ったかのどちらかではないかと。
 さらに、マジックバッグと同じように物を入れられる【収納】が【メイドのヒミツ♡】になり、【メイドは見た!】という【鑑定】と同じ働きのスキルまで付いたことが余計にそう思わせます。

「新しく【超夜伽】が付きました」
「超を付ければいいわけじゃないだろう。しかも、スキルのほうは前に超が付くんだな」

 ジョブは「超メイド」でなく「メイド超」ですからね。突っ込みたくなるのはわかります。

「とりあえず、超気持ちいいそうです!」
「……」
「超気持ちいいそうです‼ 超気持ちいいそうです‼ 超気持ちいいそうです‼」
「わかったわかったわかったから。次を楽しみにしてるから」

 グイグイと押してくるシャロンに、レイは思わず後ずさります。レイを壁際まで追い詰めたシャロンですが、何かを思い出したようにステータスカードを取り出して見ました。

「そういえば、旦那様は本名を名乗りましたか?」
「いや、名前は伝えてないな。待合室でサラやシーヴが俺の名前を口にしたけど、それくらいだと思うぞ」

 シャロンのステータスカードには「レイモンド・ファレルの奴隷」と書かれていますが、先ほどシャロンが見せたのは、名前や種族、年齢などの基本情報が表示されている部分まででした。細かな情報までは見せません。

「旦那様はすでにかなり有名になっていらっしゃるのでは?」
「冒険者ギルドと薬剤師ギルドには知られてるけど、他とはあまり縁がないから、どうなんだろうな」

 レイが冒険者ギルドでギルド長をしているザカリーの甥であることは、ギルド内ではある程度は知られています。口止めしているわけではありませんので、どうしても漏れます。薬剤師ギルドには細かなことは伝えていませんが、おそらく冒険者ギルドから伝わっているでしょう。では教会は?

「まあ、害はないか」
「むしろ十分配慮してもらえるのではないかと。司教が担当してくれたようですし」
「そうだな。最初から知られていたのかもな」

 戻りながら小部屋をもう一度見ると、やはり若い司祭が担当しています。わざわざ司教が出てきたということは、やはりレイのことがわかっていなのでしょう。二人にはそうとしか思えません。
 それが害になるかといえば、そんなことはありません。教会というのは敵にすればとんでもなく面倒なことになりますが、味方につければ頼もしいことも多いのです。

 ◆◆◆

「ただいま戻りました」
「おかえりなさい。どうなりましたか?」

 戻ってきた二人にシーヴが聞きました。サラも興味津々のようです。

「シャロンはメイド超になった」
「メイド長ではなく?」

 メイド超という名前を聞いて、シーヴは首をかしげました。

「メイド超だ。メイドを超えたメイドらしい」
「メイドを超えたメイド?」

 シーヴには理解できないようです。そんなレイとシーヴを差し置き、シャロンはサラにステータスカードを見せています。サラはそのあたりがまだ理解できます。

「う~ん、【超奉仕】かあ。メイド超の固有スキルかなあ」

「ねえ、シーヴ。なんか情報ある?」
「え? いえ、ギルドでもメイド超というジョブを聞いたことがありません」

 シーヴはまだ若干混乱しています。この世界に存在するすべてのジョブを知っている人はいないでしょう。
 冒険者ギルドをはじめ、公的機関が把握しているジョブをすべて集めても、全体のほんの一部にすぎません。世の中には、いまだ誰にも知られていないジョブが山のようにあるのです。

「サムライも最初から【奉仕】があるから、覚えられなくはないと思うんだよね。レベル次第かなあ。もしくはハタモトかミフネになったらつくのかも」
「上級ジョブになるとレベルがなかなか上がりませんからね」

 ジョブによっても差があるのは当然ですが、上級ジョブは頑張っても一年間で五から七くらいにしかなれません。一から二へはすぐに上がりますが、二から三は時間がかかりました。レイとサラもまだ三です。あっという間にシーヴとラケルに追いつかれました。
 一般スキルや一般魔法は普通に暮らしているだけでも得ることがありますが、固有ジョブや固有魔法はレベルアップでしか身に付きません。

「あ、わたくしはレベルが上がっていますわ。レイ様とおそろいです」

 ステータスカードを取り出したケイトは、レベルが三になっていました。転職したばかりのシャロンを覗いて全員が三です。

「とりあえず、これで全員が上級ジョブか」
「全員が上級ジョブというのはそこまで珍しくはありません。ただ、メンバーの半分が最初から上級ジョブというのはそれほど多くはありません。環境に恵まれたということが大きいでしょうね」

 ようやくシーヴは立ち直りました。彼女は冒険者を引退してからギルドにいましたので、冒険者の中にどれくらい上級ジョブの持ち主がいるかわかっています。
 六人全員が上級ジョブというのはありえることです。特に大都市に行けば、そのようなパーティーはいくらでもいます。それでも、六人のうち三人が最初から上級ジョブというパーティーを彼女は現役時代にも見たことがありません。
 ケイトを護衛していた『草原の風』のように、普通なら一般ジョブをいくつか経験してから最終的に上級ジョブになるものです。そのほうがスキルや魔法のバリエーションが増えやすくなります。『行雲流水こううんりゅうすい』ではシャロンがそのパターンですね。
 ハーフリングのシャロンは、最初の風来坊からメイドになったので、ハーフリングが身に付けられるスキルと二種類のジョブで得たスキルを持っています。風来坊にあってメイドやメイド超にないスキルはなかなか上達しにくいですが、それでも使っているうちに少しずつ成長していきます。

「ギルドのランクも上がっていますわ」
「私もGですか。何もしていないのですが」
「魔物を倒すだけがランクが上がる条件じゃありませんよ。あ、私も薬剤師ギルドのランクが上がっていますね」

 レベルは、シャロン以外が三で、シャロンが一です。でも、少ししたらみんな三で並ぶでしょう。
 冒険者ギルドのランクは、シーヴがB、レイとサラとラケルがC、ケイトがF、シャロンがGです。魔物を倒すほうが上がりやすくなりますが、ギルドへの貢献もあります。グレーターパンダ狩りに加わっているというのは小さくはありませんよ。
 薬剤師ギルドのほうは、レイがC、サラとシーヴがD、ラケルがF、ケイトとシャロンがGです。レイは薬の製造と販売で上がってきました。シーヴにも【調合】がありますので、レイの手伝いをしています。
 商人ギルドは全員がそろってIです。まったく使っていませんので仕方ないでしょう。それでも全員が入っておくことにしました。どんな役に立つかわかりませんからね。

「ランクだけ見ると、かなり高くなってきたな」
「二つのギルドでとなると、なかなか少ないでしょうね」

 どうしても冒険者は冒険者ギルドという考えが一般的です。実際には扱い素材がかぶっていますし、どちらにも販売していれば均等にランク上げることは可能です。

「複数のギルドのランクを上げる必要はまったくありませんけどね」
「ないだろうな」

 複数のギルドを使用していると、場合によっては中途半端になることもあります。冒険者ギルドにすべての素材を売っていればBランクになったかもしれませんが、薬剤師ギルドも利用していたせいでC止まりになる可能性はゼロではありません。

「いっぱい登録してみんな上がればいいことが起きる可能性はないのです?」
「ないんじゃないか?」

 ないですよ。年会費が無料だからとポイントカードを作りすぎて持て余すのと同じです。

 ◆◆◆

 レイたちが帰ったあとの教会にて。

「司教、いかがでした?」
「ほれ」

 司教のガリウスはシスターのサマンサに小袋を放りました。サマンサは慌てて袋をつかみます。

「おおっ、金貨ですよ。太っ腹ですね。今日はみんなで一杯やりましょう」

 ここに生臭シスターがいますよ。まあ、お金がないと教会の維持も大変ですけどね。

「飲みすぎんようにな。しかし、あれが『パンダキラー』か」

 ガリウスは先ほど話した若者の顔を思い浮かべながら髭を撫でました。

「冒険者ギルドのほうから回ってきた絵姿のとおりでしたね」
「うむ。利発そうな若者じゃったな。ギルモア男爵の息子だったかのう」
「みたいですね。ギルド長の甥だとか」

 はい。写真などない世界ですが、似顔絵をパパッと描いて記憶することはよくありますよ。世の中には覚えておくべき人がいるものです。ギルドなら、そのような職員が一人や二人くらいいるものです。

「しかしまあ、おぬしは本当に鼻が利くのう」
「ふふっ、何人なんぴとたりとも私の嗅覚からは逃げられませんよ」

 レイが声をかけたとき、彼女の頭にはピキーンと何かが伝わったのです。それで書類を探して確認したところ、どうやら有名な冒険者らしいので、ここはガリウスに担当してもらおうと引っ張り出したのです。

「そのわりには男が寄ってこんようじゃが」
「私の魅力がわからないんですよ」
「どこに魅力があるというのじゃ?」

 ガリウスは首をひねります。

「欲が強すぎるのが丸わかりじゃろう」

 草食系では生きていけない世界ですが、サマンサは少々がっつきすぎのようですね。

「私が信じるのは商売の神ですよ。儲けてナンボです」
「それならどうしてシスターをしておるのかが問題じゃなかろうかな?」
「なんででしょうね?」

 目的と手段が一致していないようですね。結果として教会が潤っているのでよしとしましょう。

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