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第6章:夏から秋、悠々自適
第18話:国王ランドルフ八世の悩み
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デューラント王国国王ランドルフ八世にはささやかではあるものの、本人からすると非常に大きな悩みごとがありました。
「飽きたわけではないが……少し足りぬな」
秋の初め、彼はダンカン男爵に子爵の爵位を与えました。王族や貴族の間で重宝されているグレーターパンダの毛皮を、安定的に王都に送ることができるようになったからです。
グレーターパンダは領都クラストンから北東にある森にしかいない、珍しい魔物です。その毛皮をうまく漂白すると輝くような純白の毛皮になりますが、毛皮に傷を付けないように狩るのが非常に難しいのです。王都に届けられていた毛皮の多くには傷がありました。ところが、ある時期からまったく傷のない毛皮が届けられるようになったのです。しかも月に五〇〇枚以上も。
貴族たちの推薦もあり、ランドルフはダンカン男爵であるローランドを王都に呼んで子爵にしました。その式典の際にローランドが着ていた衣装が、その場にいた全員の目を引きました。上下ともに誰も見たことがないような鮮やかな赤だったからです。
既存の絹とはまったくちがう光沢を持つその衣装は、謁見の間に飾られた光を受けて、文字どおり燃えているように見えたのです。色こそ違うものの、彼の家族たちもそれぞれ素晴らしい光沢を持つ装いをしていました。
ランドルフはローランド経由で「高貴なる紫」を含む絹の生地を届けさせました。それで仕立てさせると、これまで着ていた衣装の色を「愚者の紫」とでも呼びたくなるほどの違いを感じました。要するに、ランドルフはウキウキしていたのです。
さて、しばらくは王宮内で衆目を集めたランドルフでしたが、彼が喜べたのは束の間のことでした。貴族たちがローランドから生地を購入し、ランドルフの真似をし始めたからです。しばらくすると、貴族の間で華やかな衣装を着るのが当たり前になってしまいました。
さすがに国王の前で紫を着ることはありませんが、それでも王宮内を様々な色の衣装を着た貴族が歩くようになりました。しかも、以前とは違って貴族同士で競い合うのではなく、生地を融通し合うようになったのです。複数の色を組み合わせることも増え、中には青赤黄のストライプの上着を着て、まるでバチカンのスイス衛兵のような見た目の貴族も現れました。
そのような貴族たちを王宮内で目にするようになってから、ランドルフは自分が埋もれてしまった気になり、ここしばらくは気分が沈んでいたのです。
「ハンクス侯爵、余は別に贅沢をしたいわけではないが、国王としてもう少し目立ってもいいと思う」
それは彼の本心です。国王たる者はすべての国民の上に立つ存在だと教えられています。それが埋もれてしまっては歴代国王に申し訳がありません。
「そうでございますな。その生地を用意したのはレイモンドという者でしたか。面白いアイデアを持っているようです。もう少し目立つ工夫を、かの者に聞いてみるというのはいかがかと愚考いたします」
「本人に聞いてみるか……」
「はい。無理にアイデアを出せというのも酷でしょう。いい案があれば教えてもらいたいと、軽い感じで伝えればよろしいかと」
「そうだな。そう書いてみるか」
ランドルフはさっそく手紙を認めると執務室を出ました。
◆◆◆
「はい、どちら様で——ヘェイカァッ⁉⁉⁉」
従者とともに部屋に現れたランドルフを見て、ライナスは思わず声を上げました。いくら王宮で働いているとはいえ、このように国王と対面する機会は多くはありません。国王は忙しいのです。酒色にふけって務まるような立場ではありません。
「うむ。ライナス・ファレル、お主にこの手紙を送ってもらいたい」
「は、はい。送り先はどちらになりますか?」
「クラストンの冒険者ギルドだ。宛先はお主の弟になっておる」
「それでしたら、弟の家に直接送ることもできます。それでよろしいですか?」
「むっ。それならそれで頼む。これは手間賃だ」
ランドルフは机に金貨を置きました。
「陛下から受け取るわけには……」
「いや、これはあくまで個人的なことだ。国事に関することではないからな。その手を止めさせたという謝罪も含まれておる」
ランドルフはそう伝えると、そのまま部屋から出ていきました。それを見届けたライナスは、金貨を手に取ってしげしげと眺めます。
「これは……使えないよなあ……」
彼はその金貨を大切そうに紙に包むと、マジックバッグに保管することにしました。
◆◆◆
コツコツ
「ん? 鳥か?」
レイの耳に窓を叩く音が聞こえました。外を見ると、窓の外に鳥が一羽止まっていました。体の下に何かがぶら下がっています。
「クルッポー」
「ああ、ありがとう」
レイが手紙を受け取って頭を撫でると、小さなカップで水を与えます。その鳥は一度翼を広げて挨拶すると、そのまま南に飛び去りました。
「レイ様、お手紙ですの?」
「ああ、王都から……陛下?」
「まあ!」
「らしい。直接の送り主は兄さんだけど」
封筒を開けると、その中にはライナスからの手紙が一枚、そしてもう一つ、派手な装飾のある立派な封筒が入っていました。これがランドルフからの手紙です。レイはそれを大切そうに開けました。
——先日は大変立派な生地を送ってもらい感謝に堪えない。その件で卿には一つ相談がある。
——話は簡単で、現在卿が染めた絹が王宮内で流行しておる。余は卿から送ってもらった紫の生地を愛用しておるが、皆が同じような衣装を着るようになったので、目立たなくなってしまった。無理は言えぬが、威厳を出すための工夫があれはぜひ教えてもらいたい。これは手間賃である。
——ランドルフ
そのような手紙と一緒に二〇枚の金貨が入っていました。
「威厳を出すためって、それで金貨二〇枚か?」
「でも王様って目立ってナンボって感じはするよね」
「人の前に立つのであれば目立つように心得よと父に教わりましたわ」
「あの紫そのものはそこまで目立つ色ではありませんからね」
ランドルフたちが口にする「高貴なる紫」という色は貝紫とも呼ばれるロイヤルパープルのことです。これを着ていれば王族というわけではなく、この色に染めるのには手間と金がかかるのでその名前が付けられています。
「ということで、何かアイデアはないか?」
そもそもレイには国王がイメージができていません。頭にあるのは、王冠を被ってマントを着て王笏を手にしている、ベタすぎる姿です。それは式典のイメージかもしれません。国王が日常的に王宮内で目立つための工夫と言われてもレイには思い浮かばなかったのです。まさかネオンで光らせることもできないでしょう。
「レイにとっての王様のイメージって?」
「そうだなあ。国王なんて会ったことはないからふわっとしたイメージだけど、王冠を被ってマントを着て王笏を持ってる感じだな。肩章の付いた軍服っぽいのもあったか?」
「ロングジャケットのタイプもアリだね」
サラは紙にそのイメージを描きました。コスプレの軍服っぽいとレイは思いましたが、この世界ならアリでしょう。
「マントはパンダの毛皮を染めるのはどう? あれを染めたらインパクトはあるよ」
「そんなに重くないからそれはアリだな。それも候補にしようか」
「糸を染めてから織るのはどうです?」
「それはもうあるんだ。このあたりでは見かけないけど」
ラケルが言ったように、生地を染めるのではなく、糸を染めてから織るのは王都などの大都市では存在します。だからチェックやストライプもあります。ただし、手間がかかるので庶民向けではありません。庶民が着るのは一枚の布を染めてから仕立てた服ばかりです。
「旦那様、染料に金を融かして入れることはできませんか?」
「金は無理だな。溶かして入れたら高温で染料が燃えるはずだ。冷めてからでは意味がないしなあ」
融けた金の温度を下げて液体のままにする技術など、レイは聞いたことがありません。常温で液体の金属なら水銀がありますが、危険すぎて使えないでしょう。そもそも、毒物扱いされていますし、レイには入手手段がわかりません。
「溶かさずに金を混ぜることはできないです?」
「溶かさずに混ぜる……」
「金粉はどうですか?」
「金粉か。染料に混ぜ込んで染めたら……流れるよなあ」
シーヴが言ったように、染料に金粉を混ぜたとして、金粉が生地に残るかどうか。普通なら表面に付着するだけで、洗えば流れてしまうでしょう。
「一度やってみたら? 金ならいっぱいあるんだし」
「いっぱいあるけどな」
ここは異世界です。訳のわからない染め方でとんでもない生地ができました。それなら金粉が生地に馴染むこともあるかもしれません。それに、金なら山のようにあります。ゴールドゴーレムの胴体という素材が。一部は筋トレ用のダンベルになっていますが、残りはそのまま保管されています。
「それじゃあ、一度やってみるか。でも、どうやって金粉を作るかだな。まずは金箔か?」
「金の欠片を叩いて金箔を作ってからすり潰したらできない?」
誰も金粉の作り方までは知りません。金箔なら叩けばいいはずという大雑把なアイデアが出ました。
「レイ様、それでしたらわたくしのメイスはいかがですか? これならどれだけ硬いものでもあっという間にペッタンコになりますわ」
「そうだな。それを借りるか」
「でもどこで叩くのです? 床でやったらゴーレムのように割れそうです」
ぺか
ニコルが同意します。ニコルは元がゴールドゴーレムですが、それでもケイトの自称メイスで砕けました。グレーターパンダの頭は吹き飛びます。コンクリートの床くらい、簡単に割れるでしょう。
「叩き台にはこれがある」
レイはステータスカードを取り出しました。
「ステータスカードです?」
「ああ。ステータスカードは絶対に壊れない。それと石を投げて確認したんだけど、衝撃がほとんどそのままの力ではね返されるから反対側には抜けない」
ステータスカードに石を投げてわかったところでは、時速五〇キロで当たった石は五〇キロのまま跳ね返されるということです。もちろん重力には逆らえませんので、手に返ってくるわけではありませんが。
「俺のステータスカードを使って、試してみよう。無理なら別のやり方を考える」
レイがステータスカードを大きめに広げると、そこに金の欠片を一つ置きました。そしてその上にケイトのメイスをピッタリと当てます。先端が平らなのでピタリと押さえることができました。この状態で魔力を加えて【衝撃】を発動させれば金箔ができるはずだと考えました。
「それじゃあやってみ——」
ドガガガドガンドゴンッッッ‼‼‼
レイの手にものすごい衝撃が伝わりました。周りのみんなも何が起きたのかとレイの手元を凝視しています。
「あのような音は初めてですわ。まるで連続して使用したような……」
レイは驚きこそしましたが、メイスを手放すようなことはありませんでした。ステータスカードにピッタリと当てていたメイスをゆっくりと持ち上げました。
「……粉々?」
「一瞬だね」
「ご主人さま、すごいです」
「これは跳ね返った衝撃波がメイスでまたはね返されたのかもしれませんわ」
「こいつを使いこなすのにもコツが必要なんだなあ」
レイは微粒子状になった金を見ながらボソッとつぶやきました。ケイトはいつも気軽に使っていますが、先ほどレイの手の中にあったメイスは暴れ馬のようでした。ステータスカードで衝撃が跳ね返った影響は大きいでしょうが、どのようなことにも慣れというのは重要です。
放っておけば金粉が飛んでしまいます。レイはステータスカードを縮めると傾け、金粉を薬用の小壺に入れました。
「これで金粉はできるな。これでハンカチでも染めてみるか」
「はい、染料」
サラから渡された染料を桶に入れ、そこに金粉を加えます。そこにハンカチを入れて、以前と同じように和えます。和え終わったら水洗いして干しました。
翌日、ハンカチを真水で洗ってから乾燥させてみると繊維に金がしっかりと固着していました。
「キラキラしていますわ」
「金粉は落ちないよ」
サラが念のためにもう一度水で洗って確認しています。色落ちもありませんし、金粉が流れ出すこともありません。
「それなら、これでやってみるか。金貨を潰すのは気が引けるから、同じ分量の金を使う」
レイは金貨二〇枚に相当する金の欠片を金粉に変えると、それを使って染める準備を始めます。
「サラは陛下の衣装のデザイン画を用意してくれるか? こういう感じに仕立てたら目立ちそうだと」
「型紙はいらない?」
「陛下の背格好がわからないからな」
「それならスケッチみたいなのを描いておくね」
サラは衣装を考え、レイとシーヴとシャロンは再び染料を作ります。
「それでは、わたくしは陛下が着るに相応しい生地を探してまいりますわ」
「私も一緒に行きます」
ラケルとケイトは絹の生地を仕入れに出かけました。
◆◆◆
「ライナスさん、荷物が届いています」
「どうもありがとうございます」
ライナスの執務室に届いたのは、二人がかりで運ぶような大きな箱でした。その箱を開けると、その中にはレイからライナスへの手紙、そしてしっかりと封がされた包みが入っていました。
「先日の手紙の内容がこれなんだろうな」
ライナスにはランドルフがレイに何を伝えたのかはわかりません。単に手紙の配達を頼まれただけです。それならその返事がこれなのだろうと、手紙を読みました。
「中の包みは先日の手紙の返事になります。陛下によろしくお渡しください、か……」
そうつぶやくと、手紙から包みに視線を向けました。
「これを俺が渡すんだよな?」
ライナスは通信省ではまず使うことはない荷車を事務局まで借りに出かけました。
「失礼いたします。通信省のライナス・ファレルです。弟のレイモンドから陛下へのお荷物が届きました。どうすればよろしいでしょうか?」
「少し待て、確認する」
いくらライナスが王宮で働いていても、そう簡単に国王に面会はできません。宮内省の事務局で要件を伝えると、その場でしばらく待つようにと言われました。
五分ほどすると、職員が戻ってきます。
「陛下がお呼びだ」
「私が行ってもよろしいのですか?」
「届けにくるようにということだ」
ライナスとしてはここで渡して戻りたいところですが、陛下直々にというのであれば行くしかありません。
「失礼いたします。通信省のライナス・ファレルです」
「おお、待っておった。荷物とな?」
「はい、こちらが弟から届いたものです」
ライナスは台車ごとランドルフの従者に渡します。従者はランドルフの許可を取ると包みを開けました。
「おおっ⁉ こっ、これはっ‼」
そこには純白と真紅のグレーターパンダの毛皮が一枚ずつ。それから様々な色に染められた絹。以前のものと違うのは、すべてが淡く光っていたことです。
「これはすごい。まるで輝いているようだ」
「まことに神々しいですな」
普段表情が変わらないハンクス侯爵ですら驚いています。
「むっ、手紙か」
ランドルフは自分宛てに書かれた手紙の封を開けました。
——こちらは新たに金を使って染めたものになります。一国の王に相応しいものと感じていただければ幸いです。
「なるほど。国王専用か」
——他に入れてあるものは、衣装のデザイン画になります。私には陛下の背格好がわかりかねますので、大まかにこのようなデザインにすれば目立つのではないかと、パーティーで話し合って出たものです。型紙は調整してお使いください。
——レイモンド・ファレル
「卿の弟は特殊な才能があるようだな」
「我が弟ながら不思議なものです」
「しかし、ライナス・ファレル。卿にも感謝する。今後も何かあれば力を貸してほしい」
「私でよろしければ」
国王からお褒めの言葉をいただいたライナスは大きく頭を下げると、仕事に戻ることにしました。
◆◆◆
翌週から、ランドルフは服装を一新します。純白の上着の上から赤い毛皮のマントを羽織りました。その全身からは淡く黄金のオーラがにじみ出ていたと伝えられています。
「飽きたわけではないが……少し足りぬな」
秋の初め、彼はダンカン男爵に子爵の爵位を与えました。王族や貴族の間で重宝されているグレーターパンダの毛皮を、安定的に王都に送ることができるようになったからです。
グレーターパンダは領都クラストンから北東にある森にしかいない、珍しい魔物です。その毛皮をうまく漂白すると輝くような純白の毛皮になりますが、毛皮に傷を付けないように狩るのが非常に難しいのです。王都に届けられていた毛皮の多くには傷がありました。ところが、ある時期からまったく傷のない毛皮が届けられるようになったのです。しかも月に五〇〇枚以上も。
貴族たちの推薦もあり、ランドルフはダンカン男爵であるローランドを王都に呼んで子爵にしました。その式典の際にローランドが着ていた衣装が、その場にいた全員の目を引きました。上下ともに誰も見たことがないような鮮やかな赤だったからです。
既存の絹とはまったくちがう光沢を持つその衣装は、謁見の間に飾られた光を受けて、文字どおり燃えているように見えたのです。色こそ違うものの、彼の家族たちもそれぞれ素晴らしい光沢を持つ装いをしていました。
ランドルフはローランド経由で「高貴なる紫」を含む絹の生地を届けさせました。それで仕立てさせると、これまで着ていた衣装の色を「愚者の紫」とでも呼びたくなるほどの違いを感じました。要するに、ランドルフはウキウキしていたのです。
さて、しばらくは王宮内で衆目を集めたランドルフでしたが、彼が喜べたのは束の間のことでした。貴族たちがローランドから生地を購入し、ランドルフの真似をし始めたからです。しばらくすると、貴族の間で華やかな衣装を着るのが当たり前になってしまいました。
さすがに国王の前で紫を着ることはありませんが、それでも王宮内を様々な色の衣装を着た貴族が歩くようになりました。しかも、以前とは違って貴族同士で競い合うのではなく、生地を融通し合うようになったのです。複数の色を組み合わせることも増え、中には青赤黄のストライプの上着を着て、まるでバチカンのスイス衛兵のような見た目の貴族も現れました。
そのような貴族たちを王宮内で目にするようになってから、ランドルフは自分が埋もれてしまった気になり、ここしばらくは気分が沈んでいたのです。
「ハンクス侯爵、余は別に贅沢をしたいわけではないが、国王としてもう少し目立ってもいいと思う」
それは彼の本心です。国王たる者はすべての国民の上に立つ存在だと教えられています。それが埋もれてしまっては歴代国王に申し訳がありません。
「そうでございますな。その生地を用意したのはレイモンドという者でしたか。面白いアイデアを持っているようです。もう少し目立つ工夫を、かの者に聞いてみるというのはいかがかと愚考いたします」
「本人に聞いてみるか……」
「はい。無理にアイデアを出せというのも酷でしょう。いい案があれば教えてもらいたいと、軽い感じで伝えればよろしいかと」
「そうだな。そう書いてみるか」
ランドルフはさっそく手紙を認めると執務室を出ました。
◆◆◆
「はい、どちら様で——ヘェイカァッ⁉⁉⁉」
従者とともに部屋に現れたランドルフを見て、ライナスは思わず声を上げました。いくら王宮で働いているとはいえ、このように国王と対面する機会は多くはありません。国王は忙しいのです。酒色にふけって務まるような立場ではありません。
「うむ。ライナス・ファレル、お主にこの手紙を送ってもらいたい」
「は、はい。送り先はどちらになりますか?」
「クラストンの冒険者ギルドだ。宛先はお主の弟になっておる」
「それでしたら、弟の家に直接送ることもできます。それでよろしいですか?」
「むっ。それならそれで頼む。これは手間賃だ」
ランドルフは机に金貨を置きました。
「陛下から受け取るわけには……」
「いや、これはあくまで個人的なことだ。国事に関することではないからな。その手を止めさせたという謝罪も含まれておる」
ランドルフはそう伝えると、そのまま部屋から出ていきました。それを見届けたライナスは、金貨を手に取ってしげしげと眺めます。
「これは……使えないよなあ……」
彼はその金貨を大切そうに紙に包むと、マジックバッグに保管することにしました。
◆◆◆
コツコツ
「ん? 鳥か?」
レイの耳に窓を叩く音が聞こえました。外を見ると、窓の外に鳥が一羽止まっていました。体の下に何かがぶら下がっています。
「クルッポー」
「ああ、ありがとう」
レイが手紙を受け取って頭を撫でると、小さなカップで水を与えます。その鳥は一度翼を広げて挨拶すると、そのまま南に飛び去りました。
「レイ様、お手紙ですの?」
「ああ、王都から……陛下?」
「まあ!」
「らしい。直接の送り主は兄さんだけど」
封筒を開けると、その中にはライナスからの手紙が一枚、そしてもう一つ、派手な装飾のある立派な封筒が入っていました。これがランドルフからの手紙です。レイはそれを大切そうに開けました。
——先日は大変立派な生地を送ってもらい感謝に堪えない。その件で卿には一つ相談がある。
——話は簡単で、現在卿が染めた絹が王宮内で流行しておる。余は卿から送ってもらった紫の生地を愛用しておるが、皆が同じような衣装を着るようになったので、目立たなくなってしまった。無理は言えぬが、威厳を出すための工夫があれはぜひ教えてもらいたい。これは手間賃である。
——ランドルフ
そのような手紙と一緒に二〇枚の金貨が入っていました。
「威厳を出すためって、それで金貨二〇枚か?」
「でも王様って目立ってナンボって感じはするよね」
「人の前に立つのであれば目立つように心得よと父に教わりましたわ」
「あの紫そのものはそこまで目立つ色ではありませんからね」
ランドルフたちが口にする「高貴なる紫」という色は貝紫とも呼ばれるロイヤルパープルのことです。これを着ていれば王族というわけではなく、この色に染めるのには手間と金がかかるのでその名前が付けられています。
「ということで、何かアイデアはないか?」
そもそもレイには国王がイメージができていません。頭にあるのは、王冠を被ってマントを着て王笏を手にしている、ベタすぎる姿です。それは式典のイメージかもしれません。国王が日常的に王宮内で目立つための工夫と言われてもレイには思い浮かばなかったのです。まさかネオンで光らせることもできないでしょう。
「レイにとっての王様のイメージって?」
「そうだなあ。国王なんて会ったことはないからふわっとしたイメージだけど、王冠を被ってマントを着て王笏を持ってる感じだな。肩章の付いた軍服っぽいのもあったか?」
「ロングジャケットのタイプもアリだね」
サラは紙にそのイメージを描きました。コスプレの軍服っぽいとレイは思いましたが、この世界ならアリでしょう。
「マントはパンダの毛皮を染めるのはどう? あれを染めたらインパクトはあるよ」
「そんなに重くないからそれはアリだな。それも候補にしようか」
「糸を染めてから織るのはどうです?」
「それはもうあるんだ。このあたりでは見かけないけど」
ラケルが言ったように、生地を染めるのではなく、糸を染めてから織るのは王都などの大都市では存在します。だからチェックやストライプもあります。ただし、手間がかかるので庶民向けではありません。庶民が着るのは一枚の布を染めてから仕立てた服ばかりです。
「旦那様、染料に金を融かして入れることはできませんか?」
「金は無理だな。溶かして入れたら高温で染料が燃えるはずだ。冷めてからでは意味がないしなあ」
融けた金の温度を下げて液体のままにする技術など、レイは聞いたことがありません。常温で液体の金属なら水銀がありますが、危険すぎて使えないでしょう。そもそも、毒物扱いされていますし、レイには入手手段がわかりません。
「溶かさずに金を混ぜることはできないです?」
「溶かさずに混ぜる……」
「金粉はどうですか?」
「金粉か。染料に混ぜ込んで染めたら……流れるよなあ」
シーヴが言ったように、染料に金粉を混ぜたとして、金粉が生地に残るかどうか。普通なら表面に付着するだけで、洗えば流れてしまうでしょう。
「一度やってみたら? 金ならいっぱいあるんだし」
「いっぱいあるけどな」
ここは異世界です。訳のわからない染め方でとんでもない生地ができました。それなら金粉が生地に馴染むこともあるかもしれません。それに、金なら山のようにあります。ゴールドゴーレムの胴体という素材が。一部は筋トレ用のダンベルになっていますが、残りはそのまま保管されています。
「それじゃあ、一度やってみるか。でも、どうやって金粉を作るかだな。まずは金箔か?」
「金の欠片を叩いて金箔を作ってからすり潰したらできない?」
誰も金粉の作り方までは知りません。金箔なら叩けばいいはずという大雑把なアイデアが出ました。
「レイ様、それでしたらわたくしのメイスはいかがですか? これならどれだけ硬いものでもあっという間にペッタンコになりますわ」
「そうだな。それを借りるか」
「でもどこで叩くのです? 床でやったらゴーレムのように割れそうです」
ぺか
ニコルが同意します。ニコルは元がゴールドゴーレムですが、それでもケイトの自称メイスで砕けました。グレーターパンダの頭は吹き飛びます。コンクリートの床くらい、簡単に割れるでしょう。
「叩き台にはこれがある」
レイはステータスカードを取り出しました。
「ステータスカードです?」
「ああ。ステータスカードは絶対に壊れない。それと石を投げて確認したんだけど、衝撃がほとんどそのままの力ではね返されるから反対側には抜けない」
ステータスカードに石を投げてわかったところでは、時速五〇キロで当たった石は五〇キロのまま跳ね返されるということです。もちろん重力には逆らえませんので、手に返ってくるわけではありませんが。
「俺のステータスカードを使って、試してみよう。無理なら別のやり方を考える」
レイがステータスカードを大きめに広げると、そこに金の欠片を一つ置きました。そしてその上にケイトのメイスをピッタリと当てます。先端が平らなのでピタリと押さえることができました。この状態で魔力を加えて【衝撃】を発動させれば金箔ができるはずだと考えました。
「それじゃあやってみ——」
ドガガガドガンドゴンッッッ‼‼‼
レイの手にものすごい衝撃が伝わりました。周りのみんなも何が起きたのかとレイの手元を凝視しています。
「あのような音は初めてですわ。まるで連続して使用したような……」
レイは驚きこそしましたが、メイスを手放すようなことはありませんでした。ステータスカードにピッタリと当てていたメイスをゆっくりと持ち上げました。
「……粉々?」
「一瞬だね」
「ご主人さま、すごいです」
「これは跳ね返った衝撃波がメイスでまたはね返されたのかもしれませんわ」
「こいつを使いこなすのにもコツが必要なんだなあ」
レイは微粒子状になった金を見ながらボソッとつぶやきました。ケイトはいつも気軽に使っていますが、先ほどレイの手の中にあったメイスは暴れ馬のようでした。ステータスカードで衝撃が跳ね返った影響は大きいでしょうが、どのようなことにも慣れというのは重要です。
放っておけば金粉が飛んでしまいます。レイはステータスカードを縮めると傾け、金粉を薬用の小壺に入れました。
「これで金粉はできるな。これでハンカチでも染めてみるか」
「はい、染料」
サラから渡された染料を桶に入れ、そこに金粉を加えます。そこにハンカチを入れて、以前と同じように和えます。和え終わったら水洗いして干しました。
翌日、ハンカチを真水で洗ってから乾燥させてみると繊維に金がしっかりと固着していました。
「キラキラしていますわ」
「金粉は落ちないよ」
サラが念のためにもう一度水で洗って確認しています。色落ちもありませんし、金粉が流れ出すこともありません。
「それなら、これでやってみるか。金貨を潰すのは気が引けるから、同じ分量の金を使う」
レイは金貨二〇枚に相当する金の欠片を金粉に変えると、それを使って染める準備を始めます。
「サラは陛下の衣装のデザイン画を用意してくれるか? こういう感じに仕立てたら目立ちそうだと」
「型紙はいらない?」
「陛下の背格好がわからないからな」
「それならスケッチみたいなのを描いておくね」
サラは衣装を考え、レイとシーヴとシャロンは再び染料を作ります。
「それでは、わたくしは陛下が着るに相応しい生地を探してまいりますわ」
「私も一緒に行きます」
ラケルとケイトは絹の生地を仕入れに出かけました。
◆◆◆
「ライナスさん、荷物が届いています」
「どうもありがとうございます」
ライナスの執務室に届いたのは、二人がかりで運ぶような大きな箱でした。その箱を開けると、その中にはレイからライナスへの手紙、そしてしっかりと封がされた包みが入っていました。
「先日の手紙の内容がこれなんだろうな」
ライナスにはランドルフがレイに何を伝えたのかはわかりません。単に手紙の配達を頼まれただけです。それならその返事がこれなのだろうと、手紙を読みました。
「中の包みは先日の手紙の返事になります。陛下によろしくお渡しください、か……」
そうつぶやくと、手紙から包みに視線を向けました。
「これを俺が渡すんだよな?」
ライナスは通信省ではまず使うことはない荷車を事務局まで借りに出かけました。
「失礼いたします。通信省のライナス・ファレルです。弟のレイモンドから陛下へのお荷物が届きました。どうすればよろしいでしょうか?」
「少し待て、確認する」
いくらライナスが王宮で働いていても、そう簡単に国王に面会はできません。宮内省の事務局で要件を伝えると、その場でしばらく待つようにと言われました。
五分ほどすると、職員が戻ってきます。
「陛下がお呼びだ」
「私が行ってもよろしいのですか?」
「届けにくるようにということだ」
ライナスとしてはここで渡して戻りたいところですが、陛下直々にというのであれば行くしかありません。
「失礼いたします。通信省のライナス・ファレルです」
「おお、待っておった。荷物とな?」
「はい、こちらが弟から届いたものです」
ライナスは台車ごとランドルフの従者に渡します。従者はランドルフの許可を取ると包みを開けました。
「おおっ⁉ こっ、これはっ‼」
そこには純白と真紅のグレーターパンダの毛皮が一枚ずつ。それから様々な色に染められた絹。以前のものと違うのは、すべてが淡く光っていたことです。
「これはすごい。まるで輝いているようだ」
「まことに神々しいですな」
普段表情が変わらないハンクス侯爵ですら驚いています。
「むっ、手紙か」
ランドルフは自分宛てに書かれた手紙の封を開けました。
——こちらは新たに金を使って染めたものになります。一国の王に相応しいものと感じていただければ幸いです。
「なるほど。国王専用か」
——他に入れてあるものは、衣装のデザイン画になります。私には陛下の背格好がわかりかねますので、大まかにこのようなデザインにすれば目立つのではないかと、パーティーで話し合って出たものです。型紙は調整してお使いください。
——レイモンド・ファレル
「卿の弟は特殊な才能があるようだな」
「我が弟ながら不思議なものです」
「しかし、ライナス・ファレル。卿にも感謝する。今後も何かあれば力を貸してほしい」
「私でよろしければ」
国王からお褒めの言葉をいただいたライナスは大きく頭を下げると、仕事に戻ることにしました。
◆◆◆
翌週から、ランドルフは服装を一新します。純白の上着の上から赤い毛皮のマントを羽織りました。その全身からは淡く黄金のオーラがにじみ出ていたと伝えられています。
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雨で視界が悪いなか、信号無視をした車との接触事故で命を落としてしまう。
女神に即断即決で異世界転生を決められ、パパっと送り出されてしまうのだが、幸いなことに女神の気遣いによって職業とスキルを手に入れる──生産職の『調合師』という職業とそのスキルを。
異世界に転生してからふたりの少女に助けられ、港町へと向かい、物語は動き始める。
調合師としての立場を知り、それを利用しようとする者に悩まされながらも生きていく。
そんな与一ののんびりしたくてものんびりできない異世界生活が今、始まる。
※2話から登場人物の描写に入りますので、のんびりと読んでいただけたらなと思います。
※サブタイトル追加しました。
拝啓、お父様お母様 勇者パーティをクビになりました。
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弱い、使えないと勇者パーティをクビになった
16歳の少年【カン】
しかし彼は転生者であり、勇者パーティに配属される前は【無冠の帝王】とまで謳われた最強の武・剣道者だ
これで魔導まで極めているのだが
王国より勇者の尊厳とレベルが上がるまではその実力を隠せと言われ
渋々それに付き合っていた…
だが、勘違いした勇者にパーティを追い出されてしまう
この物語はそんな最強の少年【カン】が「もう知るか!王命何かくそ食らえ!!」と実力解放して好き勝手に過ごすだけのストーリーである
※タイトルは思い付かなかったので適当です
※5話【ギルド長との対談】を持って前書きを廃止致しました
以降はあとがきに変更になります
※現在執筆に集中させて頂くべく
必要最低限の感想しか返信できません、ご理解のほどよろしくお願いいたします
※現在書き溜め中、もうしばらくお待ちください
僕の従魔は恐ろしく強いようです。
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僕は生まれつき体が弱かった。物心ついた頃から僕の世界は病院の中の一室だった。
僕は治ることなく亡くなってしまった。
心配だったのは、いつも明るく無理をして笑うお母さん達の事だった。
そんな僕に、弟と妹を授ける代わりに別の世界に行って見ないか?という提案がもたらされた。
そこで勇者になるわけでもなく、強いステータスも持たない僕が出会った従魔の女の子
処女作なのでご迷惑かける場面が多数存在するかもしれません。気になる点はご報告いただければ幸いです。
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プロローグと小説の内容を一部変更いたしました。
異世界へ全てを持っていく少年- 快適なモンスターハントのはずが、いつの間にか勇者に取り込まれそうな感じです。この先どうなるの?
初老の妄想
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17歳で死んだ俺は、神と名乗るものから「なんでも願いを一つかなえてやる」そして「望む世界に行かせてやる」と言われた。
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神は喜んで(?)俺の願いをかなえてくれた。
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そう、俺の夢は銃でモンスターを狩ることだったから。
俺の旅は始まったところだが、この異世界には希望通り魔法とモンスターが溢れていた。
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だが、俺の希望とは違って勇者もいるらしい、それに魔竜というやつも・・・
いつの間にか、おれは魔竜退治と言うものに取り込まれているようだ。
神にそんな事を頼んだ覚えは無いが、勇者は要らないと言っていなかった俺のミスだろう。
それでも、一緒に居るちっこい美少女や、美人エルフとの旅は楽しくなって来ていた。
この先も何が起こるかはわからないのだが、楽しくやれそうな気もしている。
なんと言っても、おれはこの世の全てを持って来たのだからな。
きっと、楽しくなるだろう。
※異世界で物語が展開します。現世の常識は適用されません。
※残酷なシーンが普通に出てきます。
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神様からのギフト(チート能力)で無双します。
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50歳目前、突然異世界生活が始まる事に。原因は良く聞く神様のミス。私の身にこんな事が起こるなんて…。
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