異世界は流されるままに

椎井瑛弥

文字の大きさ
上 下
123 / 178
第6章:夏から秋、悠々自適

第15話:店と商品開発、そして娘

しおりを挟む
「……薬屋か」
「細かいとこは始めてみてからでいいんじゃない?」
「無理をして毎日お店を開ける必要はないと思いますわ」
「たしかに、無理して一般向けにする必要はないか。開ける日もあるというくらいで」

 どうして薬屋の話をしているかというと、薬屋っぽいことを始めることになったからです。

 ~~~

「レイさん、お願いします。薬をっ! もっと薬をっ! あれがないとダメなんです~~~」
「そんな中毒患者みたいに言わないでくださいよ」

 薬剤師ギルドのダーシーがレイたちの家に押しかけてきました。頼み事の内容は、レイが作ったおかしな持続性体力回復薬の販売量を増やすことです。店として使える建物があるのならもっと作れるはずだと押しかけてきたのです。
 市場や店で販売するなら、商人ギルドの販売許可証が必要になります。市場のほうは無料ですが、店舗を構えるなら有料になります。ポーションや薬などの販売をするなら薬剤師ギルドの許可証が必要です。こちらも有料ですが、レイはすでに登録しています。いつ店を開いても問題はありません。

「ファンが多いんですよ。あれを使うと頭がスッキリするって」
「作り方は教えましたし、俺がいなくてもできるんじゃないですか?」

 レイは作り方を薬剤師ギルドに教えました。ギルドのほうが人の手は多いはずです。材料もあるはずなので、いくらでも作れるはずだと思っても不思議ではありません。

「それが、みんなで作っても思ったほど効果がないんですよ~~~」
「わかりましたわかりました。増やしますから常用はやめてくださいよ」

 勢いに負けて、レイは増産を約束しました。ただ、自分抜きで作った場合に効果がないというのが気になったので、詳しく聞くことにしました。
 レイから作り方を教わったメンバーで作ったところ、一度体力は回復しましたが、それだっけだったとダーシーは説明しました。要するに、回復量の多い体力回復薬というだけです。持続性がありません。魔法で出した水を使って丁寧にすり潰し、同じように作っていることをレイは確認しました。何も違いはありません。だから理由がわかりません。

「よく考えたら、本来はそれが正しいんじゃないかと思いますけどね」
「それはそうかもしれませんが、眠くならないというのはすごいですよ。仕事の効率が上がりっぱなしで」
「あんまり頼りっきりにならないでくださいね。体を壊しますよ」
「それは『俺の子を産むまで健康でいろよ』ということですか?」
「違います」

 デスマーチの際の疲労軽減用です。なかなかブラックな使用目的ですね。

「ちなみにですね、濃度五倍の微濃縮タイプも作りました。こちらはごく普通の体力回復用です」
「……でも五倍あるんですよね? それで微濃縮っておかしくないですか?」
「他にいい言い方がなかったんですよ。二〇倍が濃縮タイプ、一〇倍が弱濃縮タイプなので」
「レイさん、濃縮しないと気が済まないんですか?」

 ~~~

 このようなやり取りがあり、仕方なく増産することになりました。それなら店でも始めたらいいのではないかという流れになり、なんとなく薬屋になったのです。薬屋というよりもドラッグストアですね。

「精力剤は商品として十分売れるでしょう」
「豊胸剤も売れるに違いありませんです!」

 豊胸薬を作ってからそれほど日が経っていませんが、ラケルは二センチ、シャロンは一センチ大きくなりました。実はサラも一センチ大きくなりました。サラとラケルは年齢的なものもあるだろうとレイは思っていますが、サンプル数が少なすぎてよくわかりません。筋トレの影響も否定できないからです。

「毛皮は要望があったから、少し売ろう」
「パンダ?」
「いや、あれは問題になりそうだから、別の毛皮で。それでも真っ白だから、俺たちのパンダの毛皮が十分に紛れそうだ」

 木を隠すなら森の中。グレーターパンダの真っ白な毛皮を目立たなくするには、他の魔物の真っ白な毛皮をたくさん売ればいいのです。それがグレーターパンダなのかスパイラルディアーなのか、そんなことは気にならなくなるでしょう。

「あまり手間がかからない、売れる商品をたまに販売するってことでいいか」
「旦那様、あまり開ける日数が少ないと、行列ができるのではありませんか?」
「多少は煽るのもありだとは思うけど、待ちが長すぎるのは好きじゃないな」

 日本でのことですが、店に入るまでに何時間もかかるような列ができる店の前をレイは通ったことがありましたが、そのやり方に疑問を持っていたのです。
 列に並ぶのは客の勝手でしょう。嫌なら別の店を選べばいいだけです。しかし、待たせすぎるというのは、客や周囲の店のことを考えていないと思っていたのです。客を待たせるよりも、整理券を配ったり予約制にしたり、他にやり方はあるだろうと。レイがグレーターパンダをせっせと狩っているのも、その考えがあってのことです。もちろん、店の商品とは違うことくらいは理解しています。

「開けたいと思った日だけ開ければいいと思いますわ。客に媚びる必要はありませんもの」
「媚びはしないけど、次はいつ開けるのかと言われるのもなあ」

 レイは人がいいので、なし崩し的に毎日開けることになりそうです。でも、それでは意味がありません。

「朝市に出すのもありではないですか?」
「そうか。そっちを使うのもありだな」

 無理して店で売る必要はありません。朝市に出してもいいのです。売り切れたら終わりにすれば問題ありません。

「ミードも売れそうなら売ったら?」
「そんなに量はできないと思うぞ」

 うかつなことを口にすべきではないとレイが思ったのは、その数日後のことでした。

 ◆◆◆

 ぶ~~~ん

 レイの耳に虫の羽音が聞こえました。もはや聞き慣れたモリハナバチの羽音です。
 モリハナバチは魔物ですが、植物の受粉をしてくれるので益虫とみなされています。街中にいても誰も手を出しません。出しませんが、ここは家の中です。しかも、体長が三センチほどあります。どこから入ってきたのでしょうか。

「旦那様、手紙のようです」
「手紙?」

 シャロンの手のひらに降りたモリハナバチの働き蜂が紙片を持っていました。

「え~と、『娘が生まれた』と。娘?」
「新しい女王蜂が生まれたのでは?」

 続きを読むと、これまでの巣を新しい女王蜂に譲り、前の女王蜂が一部の働き蜂と一緒に森を離れる分封ぶんぽうが行われることになりました。そのため家を持っているレイに場所を用意してほしい。そのように書かれています。

「どう思う?」
「蜂蜜採り放題では?」

 ぶんぶんぶん

 シャロンの手のひらの上で働き蜂は首を縦に振ります。

「場所ってあの巣が収まるくらいあればいいのか?」

 ぶんぶんぶん

「分かった。こっちに来てもらっていい。でも一度に移動すると大騒ぎになるから少しずつ来てくれ」

 モリハナバチは無害な魔物ですが、それでも怒れば刺します。毒だってあります。体が大きいだけに針も太く、刺されれば痛いどころではありません。

 ◆◆◆

 先日の働き蜂の訪問から三日後、働き蜂たちに守られながらディオナがやってきてテーブルに降りました。

 ぶぶっ

 羽を振りながらディオナが前脚を上げて挨拶します。

「場所を考えておいたんだけど、庭の端でもいい。家の中なら、四階が一番使ってないから選びたい放題だぞ。雨も当たらないし」

 レイがそう言うと、ディオナは庭を見てから三階と四階を飛び回り、それから四階の一番奥の部屋に降りました。

「ここか」

 ぶん

『窓から出入りできるので都合がいい』
「それならここは好きに使ってくれ。必要なものはあるか?」
『自分たちで用意できる』
「分かった」

 しばらくすると、働き蜂たちが続々と入ってきました。さながら養蜂場にでもなったような光景です。

「俺たちは冒険者だから、昼間は家にいないことも多い。なにもないと思うけど注意してくれ」
『家を守るのは妻の務め』
「……誰が妻だって?」

 ぶっ

 ディオナは前脚で自分を差した。みんなには心なしかディオナの顔が赤いように思えました。

『ディオニージアは私とレイの娘』
「どうやって?」

 何がどうなればそうなるのか、レイにはまったくわかりません。いくら意思疎通ができるとはいえ、いつ自分は魔物の娘を持つことになったのだろうと。ところが、レイの周囲はそれほど驚いていません。驚いたとすれば、「またか」という驚き方でしょう。
 レイたちが驚くのを見て、ディオナは説明しました。レイはディオナと同じ皿に入ったミードを飲みました。もちろんレイは何もしていません。ディオナですら理屈は理解できないようですが、そこで魔力の交換が行われた結果として娘ができたそうです。ミードは女王蜂を生むための儀式に必要だったのです。

「そういうことですか。たしかに、蜂蜜には強壮作用もありますからね」
「でも、さすがレイだね。魔物まで、しかも人型ですらないとか」
「まさかあれがそうだとは」

 どう考えてもおかしいと思ったレイですが、そういうものだと聞いて、それ以上考えるのはやめました。生きていくためには割り切りは大切です。

「とりあえず、窓は少しだけ開けたままにしておいて、他は塞ぐ。出入り口はそれでいいか?」

 ディオナを含め、モリハナバチたちが窓から出入りできるように、少しだけ開けた状態で固定します。四階なので問題はないかもしれませんが、雨や雪が入らないように工夫をしつつ、ある程度は塞ぐことにします。
 ダストシュートを使うことも考えましたが、何かの都合で扉が閉まったしまうと、モリハナバチの力では開かないので、窓を使うことにしたのです。
 レイは部屋の床に木の板を敷き詰めました。床板の敷いてある方向に対して垂直に並べ、床を補強していきます。これはゴブリンやオークの棍棒ではなく、店の内装や什器にでも使おうと買っていた木材です。
 働き蜂たちがその上に木の枝を使ってジャングルジムのようなものを作ると、それを骨格にしてさっそく巣作りを始めました。

「って、もう巣作りか」
『隣の部屋に蜂蜜を並べる』
「それなら棚を用意しておく」

 レイは隣の部屋に移動すると、蜂蜜ブロックを並べるための棚を作ることになりました。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

勇者召喚に巻き込まれた俺はのんびりと生活したいがいろいろと巻き込まれていった

九曜
ファンタジー
俺は勇者召喚に巻き込まれた 勇者ではなかった俺は王国からお金だけを貰って他の国に行った だが、俺には特別なスキルを授かったがそのお陰かいろいろな事件に巻き込まれといった この物語は主人公がほのぼのと生活するがいろいろと巻き込まれていく物語

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

神の子扱いされている優しい義兄に気を遣ってたら、なんか執着されていました

下菊みこと
恋愛
突然通り魔に殺されたと思ったら望んでもないのに記憶を持ったまま転生してしまう主人公。転生したは良いが見目が怪しいと実親に捨てられて、代わりにその怪しい見た目から宗教の教徒を名乗る人たちに拾ってもらう。 そこには自分と同い年で、神の子と崇められる兄がいた。 自分ははっきりと神の子なんかじゃないと拒否したので助かったが、兄は大人たちの期待に応えようと頑張っている。 そんな兄に気を遣っていたら、いつのまにやらかなり溺愛、執着されていたお話。 小説家になろう様でも投稿しています。 勝手ながら、タイトルとあらすじなんか違うなと思ってちょっと変えました。

魔力無しだと追放されたので、今後一切かかわりたくありません。魔力回復薬が欲しい?知りませんけど

富士とまと
ファンタジー
一緒に異世界に召喚された従妹は魔力が高く、私は魔力がゼロだそうだ。 「私は聖女になるかも、姉さんバイバイ」とイケメンを侍らせた従妹に手を振られ、私は王都を追放された。 魔力はないけれど、霊感は日本にいたころから強かったんだよね。そのおかげで「英霊」だとか「精霊」だとかに盲愛されています。 ――いや、あの、精霊の指輪とかいらないんですけど、は、外れない?! ――ってか、イケメン幽霊が号泣って、私が悪いの? 私を追放した王都の人たちが困っている?従妹が大変な目にあってる?魔力ゼロを低級民と馬鹿にしてきた人たちが助けを求めているようですが……。 今更、魔力ゼロの人間にしか作れない特級魔力回復薬が欲しいとか言われてもね、こちらはあなたたちから何も欲しいわけじゃないのですけど。 重複投稿ですが、改稿してます

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

追放貴族少年リュウキの成り上がり~魔力を全部奪われたけど、代わりに『闘気』を手に入れました~

さとう
ファンタジー
とある王国貴族に生まれた少年リュウキ。彼は生まれながらにして『大賢者』に匹敵する魔力を持って生まれた……が、義弟を溺愛する継母によって全ての魔力を奪われ、次期当主の座も奪われ追放されてしまう。 全てを失ったリュウキ。家も、婚約者も、母の形見すら奪われ涙する。もう生きる力もなくなり、全てを終わらせようと『龍の森』へ踏み込むと、そこにいたのは死にかけたドラゴンだった。 ドラゴンは、リュウキの境遇を憐れみ、ドラゴンしか使うことのできない『闘気』を命をかけて与えた。 これは、ドラゴンの力を得た少年リュウキが、新しい人生を歩む物語。

(完結)もふもふと幼女の異世界まったり旅

あかる
ファンタジー
死ぬ予定ではなかったのに、死神さんにうっかり魂を狩られてしまった!しかも証拠隠滅の為に捨てられて…捨てる神あれば拾う神あり? 異世界に飛ばされた魂を拾ってもらい、便利なスキルも貰えました! 完結しました。ところで、何位だったのでしょう?途中覗いた時は150~160位くらいでした。応援、ありがとうございました。そのうち新しい物も出す予定です。その時はよろしくお願いします。

妾の子だった転生勇者~魔力ゼロだと冷遇され悪役貴族の兄弟から虐められたので前世の知識を活かして努力していたら、回復魔術がぶっ壊れ性能になった

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
◆2024/05/31   HOTランキングで2位 ファンタジーランキング4位になりました! 第四回ファンタジーカップで21位になりました。皆様の応援のおかげです!ありがとうございます!! 『公爵の子供なのに魔力なし』 『正妻や兄弟姉妹からも虐められる出来損ない』 『公爵になれない無能』 公爵と平民の間に生まれた主人公は、魔力がゼロだからという理由で無能と呼ばれ冷遇される。 だが実は子供の中身は転生者それもこの世界を救った勇者であり、自分と母親の身を守るために、主人公は魔法と剣術を極めることに。 『魔力ゼロのハズなのになぜ魔法を!?』 『ただの剣で魔法を斬っただと!?』 『どうやってあの年齢であの強さを手に入れたんだ……?』 『あいつを無能と呼んだ奴の目は節穴か?』 やがて周囲を畏怖させるほどの貴公子として成長していく……元勇者の物語。

処理中です...