ドラゴネット興隆記

椎井瑛弥

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最終章

港の完成と人を使うことの意味

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 俺はクラースと一緒にラドミラスハーフェンにやって来ている。ようやく港のある町の名前が決まった。この領地の一番北、今後は大陸外との窓口になる町だ。最初はリサ殿の名前を考えたが、そうすると俺との関係を疑われることもあり得るということで、ラドミラの名前を冠することになった。

「なかなか他では見ない光景だな」
「これは他国でも見たことがないな」

 俺たちはリサ殿がクレーンと呼ぶ装置と呼べばいいのか建物と呼べばいいのか、それがいくつもある光景を眺めていた。

「クラースでもそうなのか?」
「うむ。人を使うのが領主の務めというのが根本にある。人というのは仕事があって食事ができ、適度な娯楽があれば余計なことは考えない」
「反乱や暴動だな?」
「そうだ」

 仕事がないというのはそういうことを引き起こす可能性がある。だから領主は領民に仕事を与えなければならない。

「この国はあまり傭兵は使わないようだが、それでも多少はいるだろう」
「下級兵士は傭兵みたいなものだな」

 以前はゴール王国との間で頻繁に戦争があった。そのために兵士の募集が常に行われていた。兵士は傭兵とは違うはずだが、この国では実際にはあまり違いはない。

 平和になると兵士が余る。仕事を失った兵士たちが別の仕事に就いてくれればいいが、場合によっては盗賊になって村を襲う。それを防ぐためには別の仕事をあてがう必要がある。

「だが、常に忙しくさせておくのも難しいぞ」
「もちろんそうだ。忙しすぎても不満が溜まるので都合が悪い。適度に息が抜け、そこに金をかけずに楽しめる娯楽があればさらに文句は減る。領地が広がってきた今こそ、娯楽を考えてはどうだ?」
「娯楽か……」

 仕事で金を得て、その金で食料品などの必需品を買い、余った分を娯楽に回す。それが続けば民は大人しくなる。仕事ばかりでは不満が出るだろう。しかしな……この領地に限れば、領民たち、特に麦畑に関わっている者たちは忙しければ忙しいほど喜ぶ。あいつらはおかしい。それでも仕方がない部分はある。旧エクディン準男爵領ではギリギリ食べていけるかどうかだったからだ。

 この盆地に来てからはいくらでも作物ができる。麦が二週間ごとに収穫できる。種を蒔いて収穫することが喜びになっているので、あれはあいつらの娯楽と呼べるかもしれない。それでも領主としてはたまには休めと言いたい。

「娯楽といえば、うちにあるのは遊泳場くらいか。新しくやって来た者たちは、前からいる者たちが冬でも水の中で泳いでいるのを見て驚いているな。女性向けには温水の遊泳場もあるが」
「普通の人間は雪が降る真冬に泳ぐことはない。まあ水のほうが外の空気よりも温かいかもしれないが。それは別として、娯楽は考えておいたほうがいいぞ。身を持ち崩さない範囲なら賭博場でもいいだろう。男は娼館があるが、女性向けはないだろう」
「男娼はいないな」

 ドラゴネットを始め、すべての町には娼館がある。男女比を考えると、男のほうが多いからだ。アデリナが連れてきた娼婦たちは、一部は身請けされて領民の妻となっているが、そのまま娼婦を続けている者もいる。新しく娼婦になる者もいる。

 そういえば、クリスタはドラゴネットの娼館で人気が急上昇中らしい。サキュバスだからな。

「男娼も考えておくか。それ以外に男女に関係なく娯楽を増やすと」
「うむ。言い方は悪いが、与えすぎず奪いすぎず、その上で暮らしやすい町を作るということだ。この領地は不思議とそれが成り立っている」

 クラースはそう言ってくれるが、実際はどうだ? 仕事は選り好みしなければいくらでもある。

 まずは麦を始めとした作物だ。もはやこの国を支えていると言っても過言ではないほどの麦や野菜が作られている。内部が拡張された倉庫が次々と増えているが、それですら溢れかけている。ブリギッタと弟子たちが町から町へと移動しながら倉庫を増やしている。

 次は木材だろうか。これも開拓でいくらでも出る。カレンたちが地面から引っこ抜いて水分を抜き、枝を払って運ばれる。領内でも家を建てるのに使われるが、丈夫で建材に向いているということで、領外に向けて販売される。

 盆地の東の山では琥珀、そして北西の山では岩塩が採れる。山裾に村があり、そこを拠点にして採掘が行われている。品質が高いと人気の商品だ。

 そして忘れてはいけないのが魔道具。ダニエルやブリギッタたちが作っている魔道具は、値段的には他よりも高いが壊れにくいと人気だ。マリーナが監修として参加しているので間違いないだろう。魔道具職人ギルドには魔道具職人になりたいと門を叩く者が絶えないらしい。

「武器を手にするか、それともすきくわを手にするか。何を持つかに違いはあるが、生活に満足していれば領民は領主に対して不満は持たない。とにかく仕事を減らしてはならない。あれは港で働く労働者を減らす可能性があると思ったので忠告したまでだ」
「俺も最初はそう思った。だが、意外に揺れるからな。押さえるのに人が必要だ」
「そのようだな」

 重い荷物を人力ではなくロープで釣り上げて運ぶことができるというのは一見すると楽そうだ。それでも置き場所を定める係が必要になる。結局は仕事内容が変わっただけで、人はそれほど減っていない。それでも重労働が減ることになるので、その影響は大きいだろう。

「真面目にやるとすれば、領地一つを治めることすら大変な仕事だろう」
「そうだな。先が見えないというのは大変だな」
「そうだ。先が見えないからこそ真面目に取り組まなければならない。ましてや治めるのが一つの領地でなく国全体であれば、その苦労は数倍で済むような程度ではないということだ」

 国王は自分で細かな指示ができない。その土地を治める貴族に対して命令する。貴族のまとめ役が国王になる。その苦労は並大抵のものではないだろう。それはそうだが……。

「クラース、ひょっとして、陛下から何か言われたのか?」
「国王からではなく、先王からだ。息子が大変そうなので、誰かに話し相手でもさせてくれと。それとなくしかるべき人物の耳に入るようにしてほしいと」

 それでか。どうして領地の話から国の話へと急に変えたのかと思った。少し無理やり感があったからな。

「明日にでも王城へ行く。それと、今度先王陛下にお会いしたら、こんな時だけ遠回しに伝えるのはやめろと言ってくれ」
「そうしよう。それにしても人というのは大変だな」
「竜には竜で大変なこともあるだろう」
「うむ。それもそうか」

 クラースとパウラには悩みは少ないようだが、この大陸以外で暮らしていた竜たちにはそれぞれに大変な思いをしていたと聞いている。崇められたり恐れられたり。

 領地を取り上げられた時には理不尽な権力に怒りを感じた。その時のことを思い出してみると、大公派は俺のことをかなり危険視していたのだろう。だから力を削ぎたかった。それは分かるが納得はできないな。

 俺としては……できる限り真っ当な領主としてこの土地を治めながら陛下の役に立つ、というのが貴族としてあるべき姿だろう。俺にそうさせてほしいものだ。
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