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第六章:領主三年目、さらに遠くへ
繋がらない先
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「繋がらないか……」
転移ドアの話ではない。俺とザーラのことだ。
「うちは普通に宿屋をやってきただけです」
「何もおかしなところはないな」
今日はザーラの実家であるエクセンの『白鳥亭』に来ている。彼女の出自におかしなところがないか聞くためだ。だが何もおかしなところはなかった。
「うちは代々このあたりの出身で、妻も近くです。どちらもこのマーロー男爵領の中ですね」
「そうか。何もおかしなところはないな」
「何かうちの家系で気になるところがありましたか?」
「家系ではないのだが……ザーラを妻とすることに決めたのはいいが、何か少し違和感があった」
「それではうちの娘を貰っていただけるということですか?」
マルクさんもズーザンさんも喜色満面だ。他に言いようがない。
「ああ。領地のために頑張ってくれたから希望には応えたいと思っている。ザーラのことを好ましく思っているのは間違いないが、なぜか不思議と妻にすることに抵抗があるから困っている。両親に向かってそう言うのも失礼な話だろうが」
「いえ、少々風変わりな娘でしたので」
「真面目な子なんですけどね」
「真面目でいい子なことは俺にも分かっている。彼女は一途だ。だがどうしても妻にしたいと思えない何かがある。それが喉に刺さった小骨のようになっていて、それさえ分かれば何も問題ないんだが」
マルクさんとズーザンさんの二人が言うには、ザーラは集中するとしっぱなしで他のことに目が向かない子供だったそうだ。だがそんな子供は大勢いるだろう。俺だってあれこれ手を出すよりも何か一つのことに集中して取り組む方が好きだ。
この年になるまで異性に興味を示したことはなかったらしい。だが俺が領地の確認にここを利用して以降、どうも俺のことを気にしていた素振りがあったそうだ。それくらいのものだそうだ。
ザーラに関して何か他に特徴的なことがあったか? 真面目だが押しが強い。性格に関してはそれくらいのものだろう。悪い話は全く聞かない。一途すぎて怖いくらいだが。
髪が赤い。祖母が真っ赤な髪で、そのまた祖母も赤かったそうだ。祖母はズーザンさんの母親だそうで、祖母の祖母まで遡って調べようにもどの町や村の出身かはもう分からないそうだ。ただ一族がマーロー男爵領で生まれて育ったのは間違いないそうだ。
どこの町でも似たようなものだが、遠くまで嫁ぐというのは平民には珍しい。仕事を探して町に出たというのでなければ、多くは生まれ育った町や村の中、せいぜい隣近所の町や村くらいだ。そうでなければ縁がないからだ。
ああ、ザーラは最初から森の掃除屋と話ができたか。森の掃除屋は地面に字を書いたり体の形を文字に変えて人と意思伝達ができる。頭の中だけで意思疎通できるのは俺とザーラ、他には竜だけだ。そういう意味では俺と似ている。似ているから嫌というわけもないだろう。
結局マルクさんとズーザンさんに聞いても分からなかった。二人にはザーラは妻にするつもりがあるとは伝えたが、それがいつになるかはその場では言えなかった。
◆ ◆ ◆
王都にやって来た。これは気分転換だ。久しぶりに新街区を歩く。最近はあまりやっていなかったが、以前はぐるっと一周このあたりを意味もなく歩いていた。店が増えた。人も増えた。かつて貧民街だった面影はないな。
俺がドラゴネットを作ってしばらくしてここで大規模な火事があり、多くの掘っ立て小屋が焼け落た。そこに俺が移住の話を持っていった。その時移住を受け入れた者たちはドラゴネットで暮らしている。結婚して子供ができた者もいるし商売を始めた者もいる。ああ、ヘルガに再会したのもここだったか。何だかんだで今は俺の妻の一人だ。夏には母親になる。
そうやって周りを見つつ歩いていると、不思議な店があった。魔道具店と書かれている。最近できたんだろうな。覗いてみるか。
「いらっしゃい」
扉を開けると機嫌の良さそうな声が聞こえた。店の中を見回してみると、手頃な価格の着火や照明の魔道具、料理用の魔道具などが並んでいる。
「少し覗くだけだが、それでもいいか?」
「見るだけでもどうぞ。ごゆっくり」
どうやら店主はドワーフのようだ。店主か店員かまでは分からないが、高価な商品を扱うなら店主が店頭に立つだろう。
魔道具は奥が深い。俺には詳しいことはわからないが、ダニエルたちに言わせると、単に道具を魔道具にしても意味がないそうだ。魔道具にしたことによってそれまで以上の価値を持たせる必要があると。
例えば部屋を明るくしたければロウソクを使えばいい。だがいつまでも明るく、さらに明るさを自由に変えられるようにするのが照明の魔道具だ。それをロウソクでやろうと思えば、何度も交換したり、本数を増やしたり減らしたりと手間がかかる。トンネルの照明は明るさは変わらないが、伝達路と一緒に設置してから一年以上ずっと内部を照らしている。あれはダニエルの傑作だ。
そのようなことを考えながら店内を見ていると、何の変哲もない棒が目に入った。
「これは?」
そこには棒があった。棒の長さは八〇センチほどで、その真ん中あたりには水晶がはめ込まれていた。
「それは血縁判定具と呼ばれるもので、それぞれの端を握った二人の血縁関係を突き止めるだけの魔道具ですよ」
突き止めるだけって、何とも割り切った言い方だ。こんなものを何に使うんだ?
「使い道は?」
「国によってはそういう魔道具がけっこう必要なんですよ」
「血縁を知ることがか?」
「ええ。夫が死んだ後に隠し子がわんさかと現れたという例もありましてね。相続の話がこじれそうな場合に使うようです。この国は長子相続なので問題ないでしょうが、遺産を子供たち全員が均等に分けるという国もありますので、そういう国では重宝されるそうです」
「隠し子がいたら大騒動になりそうだな」
この国の貴族なら跡取りを指名しておけば隠し子が現れようが相続そのものには影響はない。だが金銭的に援助をすることはあるだろう。もっとも本当の隠し子かどうかは誰にも分からないから、書類を偽造して嘘をつくことだってあるだろうし、嘘だと決めつけて突っぱねることもできる。それが分かるらしい。
「分かるのは血の繋がりだけです。だから夫と妻は血の繋がりはないと表示されます」
「ああ、婚姻関係までは分からないんだな」
「そこまで便利ではないそうです」
関係性が分かるものではないのか。しかしザーラのことが気になっていたこのタイミングでこんな魔道具が見つかるとはな。これも何かの縁かもしれない。
なぜ俺がザーラを妻にすることをこれほど気にするのか、理由が分からないからもどかしい。悪い子でないことは分かる。周りもザーラがいい子だと言う。だが妻にしたいとは思えない。その理由が知りたい。そのためなら多少の出費は気にせずにおこう。
「これを買おう」
「ありがとうございます。なかなか売れなくて困っていたところです」
「必ずしも必要なものではないからなあ」
転移ドアの話ではない。俺とザーラのことだ。
「うちは普通に宿屋をやってきただけです」
「何もおかしなところはないな」
今日はザーラの実家であるエクセンの『白鳥亭』に来ている。彼女の出自におかしなところがないか聞くためだ。だが何もおかしなところはなかった。
「うちは代々このあたりの出身で、妻も近くです。どちらもこのマーロー男爵領の中ですね」
「そうか。何もおかしなところはないな」
「何かうちの家系で気になるところがありましたか?」
「家系ではないのだが……ザーラを妻とすることに決めたのはいいが、何か少し違和感があった」
「それではうちの娘を貰っていただけるということですか?」
マルクさんもズーザンさんも喜色満面だ。他に言いようがない。
「ああ。領地のために頑張ってくれたから希望には応えたいと思っている。ザーラのことを好ましく思っているのは間違いないが、なぜか不思議と妻にすることに抵抗があるから困っている。両親に向かってそう言うのも失礼な話だろうが」
「いえ、少々風変わりな娘でしたので」
「真面目な子なんですけどね」
「真面目でいい子なことは俺にも分かっている。彼女は一途だ。だがどうしても妻にしたいと思えない何かがある。それが喉に刺さった小骨のようになっていて、それさえ分かれば何も問題ないんだが」
マルクさんとズーザンさんの二人が言うには、ザーラは集中するとしっぱなしで他のことに目が向かない子供だったそうだ。だがそんな子供は大勢いるだろう。俺だってあれこれ手を出すよりも何か一つのことに集中して取り組む方が好きだ。
この年になるまで異性に興味を示したことはなかったらしい。だが俺が領地の確認にここを利用して以降、どうも俺のことを気にしていた素振りがあったそうだ。それくらいのものだそうだ。
ザーラに関して何か他に特徴的なことがあったか? 真面目だが押しが強い。性格に関してはそれくらいのものだろう。悪い話は全く聞かない。一途すぎて怖いくらいだが。
髪が赤い。祖母が真っ赤な髪で、そのまた祖母も赤かったそうだ。祖母はズーザンさんの母親だそうで、祖母の祖母まで遡って調べようにもどの町や村の出身かはもう分からないそうだ。ただ一族がマーロー男爵領で生まれて育ったのは間違いないそうだ。
どこの町でも似たようなものだが、遠くまで嫁ぐというのは平民には珍しい。仕事を探して町に出たというのでなければ、多くは生まれ育った町や村の中、せいぜい隣近所の町や村くらいだ。そうでなければ縁がないからだ。
ああ、ザーラは最初から森の掃除屋と話ができたか。森の掃除屋は地面に字を書いたり体の形を文字に変えて人と意思伝達ができる。頭の中だけで意思疎通できるのは俺とザーラ、他には竜だけだ。そういう意味では俺と似ている。似ているから嫌というわけもないだろう。
結局マルクさんとズーザンさんに聞いても分からなかった。二人にはザーラは妻にするつもりがあるとは伝えたが、それがいつになるかはその場では言えなかった。
◆ ◆ ◆
王都にやって来た。これは気分転換だ。久しぶりに新街区を歩く。最近はあまりやっていなかったが、以前はぐるっと一周このあたりを意味もなく歩いていた。店が増えた。人も増えた。かつて貧民街だった面影はないな。
俺がドラゴネットを作ってしばらくしてここで大規模な火事があり、多くの掘っ立て小屋が焼け落た。そこに俺が移住の話を持っていった。その時移住を受け入れた者たちはドラゴネットで暮らしている。結婚して子供ができた者もいるし商売を始めた者もいる。ああ、ヘルガに再会したのもここだったか。何だかんだで今は俺の妻の一人だ。夏には母親になる。
そうやって周りを見つつ歩いていると、不思議な店があった。魔道具店と書かれている。最近できたんだろうな。覗いてみるか。
「いらっしゃい」
扉を開けると機嫌の良さそうな声が聞こえた。店の中を見回してみると、手頃な価格の着火や照明の魔道具、料理用の魔道具などが並んでいる。
「少し覗くだけだが、それでもいいか?」
「見るだけでもどうぞ。ごゆっくり」
どうやら店主はドワーフのようだ。店主か店員かまでは分からないが、高価な商品を扱うなら店主が店頭に立つだろう。
魔道具は奥が深い。俺には詳しいことはわからないが、ダニエルたちに言わせると、単に道具を魔道具にしても意味がないそうだ。魔道具にしたことによってそれまで以上の価値を持たせる必要があると。
例えば部屋を明るくしたければロウソクを使えばいい。だがいつまでも明るく、さらに明るさを自由に変えられるようにするのが照明の魔道具だ。それをロウソクでやろうと思えば、何度も交換したり、本数を増やしたり減らしたりと手間がかかる。トンネルの照明は明るさは変わらないが、伝達路と一緒に設置してから一年以上ずっと内部を照らしている。あれはダニエルの傑作だ。
そのようなことを考えながら店内を見ていると、何の変哲もない棒が目に入った。
「これは?」
そこには棒があった。棒の長さは八〇センチほどで、その真ん中あたりには水晶がはめ込まれていた。
「それは血縁判定具と呼ばれるもので、それぞれの端を握った二人の血縁関係を突き止めるだけの魔道具ですよ」
突き止めるだけって、何とも割り切った言い方だ。こんなものを何に使うんだ?
「使い道は?」
「国によってはそういう魔道具がけっこう必要なんですよ」
「血縁を知ることがか?」
「ええ。夫が死んだ後に隠し子がわんさかと現れたという例もありましてね。相続の話がこじれそうな場合に使うようです。この国は長子相続なので問題ないでしょうが、遺産を子供たち全員が均等に分けるという国もありますので、そういう国では重宝されるそうです」
「隠し子がいたら大騒動になりそうだな」
この国の貴族なら跡取りを指名しておけば隠し子が現れようが相続そのものには影響はない。だが金銭的に援助をすることはあるだろう。もっとも本当の隠し子かどうかは誰にも分からないから、書類を偽造して嘘をつくことだってあるだろうし、嘘だと決めつけて突っぱねることもできる。それが分かるらしい。
「分かるのは血の繋がりだけです。だから夫と妻は血の繋がりはないと表示されます」
「ああ、婚姻関係までは分からないんだな」
「そこまで便利ではないそうです」
関係性が分かるものではないのか。しかしザーラのことが気になっていたこのタイミングでこんな魔道具が見つかるとはな。これも何かの縁かもしれない。
なぜ俺がザーラを妻にすることをこれほど気にするのか、理由が分からないからもどかしい。悪い子でないことは分かる。周りもザーラがいい子だと言う。だが妻にしたいとは思えない。その理由が知りたい。そのためなら多少の出費は気にせずにおこう。
「これを買おう」
「ありがとうございます。なかなか売れなくて困っていたところです」
「必ずしも必要なものではないからなあ」
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