ドラゴネット興隆記

椎井瑛弥

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第六章:領主三年目、さらに遠くへ

義父たちの元へ(一)

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「変わりました」
「私も同じく」
「左に同じ」
「私もようやくね」

 ジョゼとコジマとオデットとローサが妊娠した。年末年始に張り切ったからだろうか。

「やはりローサは竜には戻れないのか?」
「戻れないわね。不思議ね」

 竜でも不思議に感じるそうだ。ローサが角などを出していることは見たことはほとんどないが、人の姿のままでも出そうと思えば出せる。カレンと違って出したくなるようなことはないそうだ。だが妊娠すると出なくなるし竜にも戻れなくなる。出産が終わるまで今の姿から変わらない。カレンもそうだった。竜という存在は本当に分からない。

 まあそんなことを言っている俺も、目だけは竜っぽくなったから、今後どのような影響があるかは分からない。とりあえず目の中の虹彩という部分だったか、黒目の中が普通の人間とは違ってしまった。

 さて、オデットとは結局関係を持った。彼女はいつの間にか俺のベッドに潜り込んでいる。最初からそうだった。そして何回目かに抱いてしまった。俺だって健康的な男だ。何度もベッドに裸で潜り込まれれば……な? とりあえず彼女は自分は妻の末席にあると言い、かなり控え目な態度で接してくる。だがコッソリとベッドの中に潜り込む癖は相変わらずだ。

「それなら一度実家に顔を出すべきだろうな」

 ジョゼから聞いた話では、彼女が生まれ変わる前の国ではかなり交通手段が発達していたので、出産前に実家に戻って産むということがあったそうだ。この国では隣町くらいならできるだろうが、それほど安全ではないから難しい。だから遠方から嫁いだ場合、親に孫を見せることが一度もないということはそれなりに多い。

 貴族なら社交があるので王都に集まるが、平民にはそれが難しい。そもそも平民ならそこまで遠い場所に嫁ぐことは多くない。仕事を探しに大きな町へ出るのでなければ。

 妻のうちカレンとエルザ、アルマの三人は子供を産み、クラース、カミル陛下、ディオン殿の三人には子供の顔を見せている。ナターリエはかなり腹の大きさが目立ってきた。予定では三月中だそうだ。ヘルガとアンゲリカとアメリアも妊娠中。この三人は夏頃になるだろう。そして新たにジョゼとコジマとオデットとローサの四人。この四人は冬になる。

 ヘルガは実家から飛び出してきたので連絡するつもりはないと言っている。アンゲリカとアメリアも戻らないつもりで出てきたので大丈夫だと言った。二人の実家は南東部だったはずだ。アンゲリカの実家は酒場をしている。アメリアの実家は普通の家だそうだが、取り替え子だったので地元に居心地の悪さを感じて町へ出てきた。

 ジョゼの実家のヴァジ男爵領は国境を越えてゴール王国に入ってしばらく行ったところ。コジマの実家のマルクブルク辺境伯領は国境のすぐこちら側。オデットの実家のオルクール男爵領はゴール王国の南東部になるので、ヴァジ男爵領から南に行ったところということになる。

 何にせよ相手が貴族なら挨拶をするべきだろう。だが問題は……

「カサンドラとローサの実家にも行った方がいいか?」

 大陸をいくつか越えた先にあるらしい。普通なら行けないが、出産後に乗せてもらって行くことは可能だろう。

「別に必要ないと思います」
「そうそう。気になるなら向こうから来るわ」
「それでいいのか?」

 まあ普通なら会いようがない距離だ。

「ところでエルマー様、王都とドラゴネットでは繋がりましたが、ゴール王国まで離れてしまっても繋がるのですか?」
「あ、そうだな。確認していなかったな」

 エルザの疑問はもっともだ。俺の聞いたところ、[転移]という魔法や竜の持つ力での移動には限度がある。ここから王都かもう少し南くらいが限度なので、八〇〇キロから九〇〇キロくらいだろう。それなら転移ドアにも限度があるかもしれない。

 たしかにどこまで遠くても繋がると考えるのはおかしいだろう。それならカサンドラとローサの実家とも繋がる。船という輸送手段を使う意味がなくなりそうだ。

 俺はもう少ししたらこの転移ドアの片方をこの城に置き、もう一方をコルム大公、つまり前ゴール王国国王のディオン殿の屋敷に置くつもりでいた。いたのはいいが、そこまで繋がるかどうかを試していなかった。どこかあれくらい遠い場所で試しやすい場所となると……ジョゼのところか。コジマのところでもいいが、遠い方がいいからな。

「ジョゼ、少しいいか?」
「はい、何でしょうか?」

 相変わらず声をかけると手を挙げる。前世からの癖はいまだに抜けないらしい。

「今度ディオン殿の屋敷にあの転移ドアを置くことになるが、国境の向こう側まで転移できるかどうかが不安でな。それで一度お前の帰省も兼ねて試させてもらえないか?」
「サン=サージュですか? もちろん大丈夫です」



◆ ◆ ◆



「おお、そうでしたか」
「よかったわね、ジョゼ」
「はい」
「姉さん、おめでとうございます」
「ありがとう、アルベール」

 ジョゼの両親のベルナール殿とメリザンド殿に妊娠の報告をしている。前は会わなかった弟のアルベールもいる。彼はまだ一〇歳で、少し前から社交を始めたそうだ。そしていずれは男爵を継ぐために、領内の各町を回って勉強しているそうだ。

「それで今日お願いに上がったのは……」

 俺は三人に転移ドアのことを説明した。コルム大公の屋敷に置くことになるので、そこよりも少し遠いこの町で試させてほしいと。

「上手くいけば一度ノルト男爵領を見てもらうのもありだと思いまして」
「娘の嫁ぎ先です。行けるものなら一度行ってみたいものですな」

 ベルナール殿が乗り気なようなので、さっそく設置させてもらうことにした。場所はこの応接室の壁際。壁の前に立てて扉を開ける。

「おかえりなさいませ」

 そこにはヨアヒムが待っていた。

「ああ、ただいま。問題なさそうだな。今からジョゼのご家族に来てもらう」
「畏まりました。準備はできております」

 ヨアヒムが立ち去ると、俺はもう一度扉を抜けてヴァジ男爵邸へと戻った。

「問題ありません。ではこれからノルト男爵領のドラゴネットへ移動していただきます。ジョゼは一番後ろを頼む」
「はい。ところでラザールたちも同席させても問題ありませんか?」

 ラザールというのは男爵に使える従者で、男爵の身の回りを世話をしている。外出するなら同行するのが従者だ。

「さすがに男爵殿の家族だけというわけにもいかないな。使用人を連れていくのも大丈夫だ」
「分かりました。ではラザール。何人か父上たちに同席させてください」
「承知いたしました」

 俺を先頭にしてその後ろに男爵の家族、その後ろに使用人たち。一番後ろはジョゼに任せた。



◆ ◆ ◆



「ほほう、ここが……」
「何もないと言えば何もないでしょう」

 今は城の三階に来ている。そこまで上がればこの領地が見渡せるようになっている。周囲三六〇度、どこを見ても山に囲まれている。

「竜が飛んでいますな」
「ああ、あれは……マルリースか。四人姉弟の中で一番よく動くのが彼女ですね」

 落ち着きがないと姉たちに怒られることもあるが、多少落ち着きがなくてもいいんじゃないかと俺は思う。

「向こうから飛んできたのはグリフォンですか?」
「ええ、盆地の中は魔獣が多いので、寄ってこないように調査のためにグリフォンを使っています」

 竜を除けばこの盆地あたりで一番強いということだ。対等に戦えるのはマンティコアくらいだろうと。マンティコアは獅子に近い特徴があるそうで、基本的に単独で狩りを行う。だからグリフォンが二匹いれば襲われることはほとんどない。俺はそのようなことをベルナール殿に説明した。
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