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第六章:領主三年目、さらに遠くへ
道中(一)
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「前方に怪しげな集団がいるそうです」
王都を出て九日目、先頭を行く魔法使いから連絡が入った。怪しげな連中が進路前方の森の入り口に見えると。こういうこともあろうかと、[遠見]という魔法が使える魔法使いが先頭集団に配属されていた。
「まともな連中ではなさそうだな。マリーナ、どうだ?」
俺はロンブスに跨がりながら馬車の中のマリーナに声をかける。マリーナは窓から顔を出すと目を細めて前を見た。
「汚い。武装している。たぶん臭い」
「盗賊団決定だな」
マリーナは俺以上に目がいい。だからここからでも前方の森の近くにいる者たちが盗賊団なのか近くの村に住む者たちなのかが分かる。村の外に出るならそれなりに準備はするだろう。だが村のすぐ近くの森に行くのに武装までする必要はない。
「マリーナ、頼めるか?」
「そろそろご褒美が欲しい」
「膝枕はしてやっているだろう」
「雄の匂いを直に嗅ぎたい」
ずっとこれだ。膝枕をする際にズボンを脱げと言ってくる。
「そろそろ帰りたい」
「……どうしてもか?」
「やる気を出すにも限度がある」
それは分からなくもない。寝るのが好きとはいえ、馬車は揺れる。けっして寝心地はよくない。そしてマリーナにこの仕事を頼んだのは俺だ。その時点でこういうお願いをされるとは思わなかったが。ある程度は譲歩するしかないだろう。
「分かった。だがズボンを脱ぐだけだぞ。余計なことはするなよ?」
「行ってくる」
マリーナは馬車から飛び出すと前方の森へと文字通り飛ぶように走っていった。
「閣下でもままならないことがあるんですね」
そう声をかけてきたのはすぐ近くにいた護衛隊の隊長ミヒャエル。爵位はなく、叩き上げで騎士になった苦労人だ。だからこそ周囲からの評価は高い。
「ままならないことばかりだ。そうでなければ今頃はゆっくりしているはずだ」
「悠々自適の生活ですか?」
「いや、このような大役を任される立場になる以前に、エクディン準男爵の息子として旧領地で領民に混じって畑を耕していたんだろうとな」
何をどう勘違いしたら一度領地を失った準男爵の息子が大領地を貰っい、挙げ句に辺境伯にまでなるのか。一年一年環境が変わるから、来年はどうなるのかと気が気でない。
「私からすると羨ましい限りですが、やはり大変なので?」
俺の考えが贅沢なのは分かっている。羨ましがられるのも当然だ。だが大変なことは分かってほしい。
「父子ともども大公派からずっと目の敵にされ、領地を失ったと思ったら『死の大地』などと呼ばれていた北の盆地を拝領して男爵になり、そこから二年も経たずに間をすっ飛ばして辺境伯だ。何かがおかしくないか?」
「申し訳ありません。ずっと閣下のような幸運に恵まれたいと思っていまして」
ミヒャエルは申し訳なさそうに頭を下げた。
「いや、すまない。俺も言い方が悪かった。ただあまりにも物事が上手く進みすぎている気はする。それを幸運だと呼べばそうなんだろうが、どうも誰かの手のひらの上で上手く踊らされている気がしてならない。ずっとな」
いつからか分からないが、それはずっと感じていた。上手くいきすぎている。もちろん全てが願ったように進んでいるわけではないが、悪いことは起きていない。
「踊らされている、ですか?」
「ああ。ミヒャエルも自分で例えて考えてみてくれ。騎士に成り立ての頃に仕事が終わって王都に戻ったら、陛下から『おお、よくやってくれた。今回の働きによって領地を与えて伯爵にしよう。娘を与えるから王家のために働いてくれ。いずれは宰相を頼むぞ』などといきなり言われたらどうする?」
「……怪しむでしょうね。何の得があるのかと」
「俺が感じているのはそれだ。レオナルト殿下と軍学校で同期だったので、ある程度は殿下が配慮してくれたのは間違いない。それに北の大地を貰って男爵になったのはいい。あの戦争で殿下をお守りできたことは俺の誇りだ。だがそれ以降は明らかに普通ではない。その時その時は精一杯だから気づく余裕はなかったが、今から考えれば明らかにおかしいことが多くてな」
レオナルト殿下が俺を信用して色々と仕事を任せてくれたことが一因なのは間違いない。だが屋敷の地下の話など、どう考えても最初から仕組まれていたと思えるようなことは多い。俺がその屋敷を手に入れるのを分かっていた誰かがエクムント殿に吹き込んだかのように。
「ですが閣下にとって悪くない結果になってたのですよね?」
「そうだ。だからこそ怪しんでいる。幸運ばかり続くとむしろ怪しく思わないか?」
「そうですね。クジが一〇回連続で当たれば、明らかに仕込まれていると」
「そういうことだ。ただ誰が何のためにそんなことをしているのか、俺にはサッパリ分からない。俺を喜ばせて何の得になるのかと」
そういう話をしていると前方の森のあたりがカッと光り、少しすると爆発音が聞こえた。土埃が上がっている。
「まあ運も実力のうちなどと言われるが、不必要に運がよすぎるとその実力が本物なのかどうか、自分でも疑いたくなるものだ」
「何となくですが閣下の苦労というか心労が理解できた気がします」
運に恵まれた。そう言い切ってしまえばそれまでだ。だが生まれつきそこまで環境がよくなかった俺にとっては、都合がよすぎる人生というのは怪しく思えてしまう。マリーナのことだってそうだ。彼女がローサに付いてやって来たのは分かっている。だが俺に興味を持つというのは理解できない。そもそも元にいた大陸には竜はたくさんいたはずだ。そして彼女は俺が竜の血を引いていると言った。だがそういう人間も向こうの方が多いだろう。この大陸にはクラースとパウラ、そしてカレンしか竜はいなかったわけだから。そんなことを考えているとマリーナが戻ってきた。
「下品な顔が下種なことを口にしたからみんな燃やして埋めた」
「そうか。片付けの手間が省けたな」
「それなら約束。さあ」
「今はまだ待て。約束は守る」
「分かった」
マリーナが求めたズボンを脱いでの膝枕をいつどこですべきか、護衛よりもそんなことが気になるとは思わなかった。結局彼女しか頼める相手がいなかったから頼んだわけだが。
王都を出て九日目、先頭を行く魔法使いから連絡が入った。怪しげな連中が進路前方の森の入り口に見えると。こういうこともあろうかと、[遠見]という魔法が使える魔法使いが先頭集団に配属されていた。
「まともな連中ではなさそうだな。マリーナ、どうだ?」
俺はロンブスに跨がりながら馬車の中のマリーナに声をかける。マリーナは窓から顔を出すと目を細めて前を見た。
「汚い。武装している。たぶん臭い」
「盗賊団決定だな」
マリーナは俺以上に目がいい。だからここからでも前方の森の近くにいる者たちが盗賊団なのか近くの村に住む者たちなのかが分かる。村の外に出るならそれなりに準備はするだろう。だが村のすぐ近くの森に行くのに武装までする必要はない。
「マリーナ、頼めるか?」
「そろそろご褒美が欲しい」
「膝枕はしてやっているだろう」
「雄の匂いを直に嗅ぎたい」
ずっとこれだ。膝枕をする際にズボンを脱げと言ってくる。
「そろそろ帰りたい」
「……どうしてもか?」
「やる気を出すにも限度がある」
それは分からなくもない。寝るのが好きとはいえ、馬車は揺れる。けっして寝心地はよくない。そしてマリーナにこの仕事を頼んだのは俺だ。その時点でこういうお願いをされるとは思わなかったが。ある程度は譲歩するしかないだろう。
「分かった。だがズボンを脱ぐだけだぞ。余計なことはするなよ?」
「行ってくる」
マリーナは馬車から飛び出すと前方の森へと文字通り飛ぶように走っていった。
「閣下でもままならないことがあるんですね」
そう声をかけてきたのはすぐ近くにいた護衛隊の隊長ミヒャエル。爵位はなく、叩き上げで騎士になった苦労人だ。だからこそ周囲からの評価は高い。
「ままならないことばかりだ。そうでなければ今頃はゆっくりしているはずだ」
「悠々自適の生活ですか?」
「いや、このような大役を任される立場になる以前に、エクディン準男爵の息子として旧領地で領民に混じって畑を耕していたんだろうとな」
何をどう勘違いしたら一度領地を失った準男爵の息子が大領地を貰っい、挙げ句に辺境伯にまでなるのか。一年一年環境が変わるから、来年はどうなるのかと気が気でない。
「私からすると羨ましい限りですが、やはり大変なので?」
俺の考えが贅沢なのは分かっている。羨ましがられるのも当然だ。だが大変なことは分かってほしい。
「父子ともども大公派からずっと目の敵にされ、領地を失ったと思ったら『死の大地』などと呼ばれていた北の盆地を拝領して男爵になり、そこから二年も経たずに間をすっ飛ばして辺境伯だ。何かがおかしくないか?」
「申し訳ありません。ずっと閣下のような幸運に恵まれたいと思っていまして」
ミヒャエルは申し訳なさそうに頭を下げた。
「いや、すまない。俺も言い方が悪かった。ただあまりにも物事が上手く進みすぎている気はする。それを幸運だと呼べばそうなんだろうが、どうも誰かの手のひらの上で上手く踊らされている気がしてならない。ずっとな」
いつからか分からないが、それはずっと感じていた。上手くいきすぎている。もちろん全てが願ったように進んでいるわけではないが、悪いことは起きていない。
「踊らされている、ですか?」
「ああ。ミヒャエルも自分で例えて考えてみてくれ。騎士に成り立ての頃に仕事が終わって王都に戻ったら、陛下から『おお、よくやってくれた。今回の働きによって領地を与えて伯爵にしよう。娘を与えるから王家のために働いてくれ。いずれは宰相を頼むぞ』などといきなり言われたらどうする?」
「……怪しむでしょうね。何の得があるのかと」
「俺が感じているのはそれだ。レオナルト殿下と軍学校で同期だったので、ある程度は殿下が配慮してくれたのは間違いない。それに北の大地を貰って男爵になったのはいい。あの戦争で殿下をお守りできたことは俺の誇りだ。だがそれ以降は明らかに普通ではない。その時その時は精一杯だから気づく余裕はなかったが、今から考えれば明らかにおかしいことが多くてな」
レオナルト殿下が俺を信用して色々と仕事を任せてくれたことが一因なのは間違いない。だが屋敷の地下の話など、どう考えても最初から仕組まれていたと思えるようなことは多い。俺がその屋敷を手に入れるのを分かっていた誰かがエクムント殿に吹き込んだかのように。
「ですが閣下にとって悪くない結果になってたのですよね?」
「そうだ。だからこそ怪しんでいる。幸運ばかり続くとむしろ怪しく思わないか?」
「そうですね。クジが一〇回連続で当たれば、明らかに仕込まれていると」
「そういうことだ。ただ誰が何のためにそんなことをしているのか、俺にはサッパリ分からない。俺を喜ばせて何の得になるのかと」
そういう話をしていると前方の森のあたりがカッと光り、少しすると爆発音が聞こえた。土埃が上がっている。
「まあ運も実力のうちなどと言われるが、不必要に運がよすぎるとその実力が本物なのかどうか、自分でも疑いたくなるものだ」
「何となくですが閣下の苦労というか心労が理解できた気がします」
運に恵まれた。そう言い切ってしまえばそれまでだ。だが生まれつきそこまで環境がよくなかった俺にとっては、都合がよすぎる人生というのは怪しく思えてしまう。マリーナのことだってそうだ。彼女がローサに付いてやって来たのは分かっている。だが俺に興味を持つというのは理解できない。そもそも元にいた大陸には竜はたくさんいたはずだ。そして彼女は俺が竜の血を引いていると言った。だがそういう人間も向こうの方が多いだろう。この大陸にはクラースとパウラ、そしてカレンしか竜はいなかったわけだから。そんなことを考えているとマリーナが戻ってきた。
「下品な顔が下種なことを口にしたからみんな燃やして埋めた」
「そうか。片付けの手間が省けたな」
「それなら約束。さあ」
「今はまだ待て。約束は守る」
「分かった」
マリーナが求めたズボンを脱いでの膝枕をいつどこですべきか、護衛よりもそんなことが気になるとは思わなかった。結局彼女しか頼める相手がいなかったから頼んだわけだが。
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