ドラゴネット興隆記

椎井瑛弥

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最終章

運河と港の整備

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「今日も大量ね」

 カレンが山と積まれた大木を見ながら言った。運河を通す周辺に生えている木を引っこ抜く作業をしていたからだ。すでに水分が抜かれ、枝を払えば立派な材木として利用できる。

「もう少し効率よく引っこ抜く方法はないかしら?」
「普通に開拓作業をしている者が聞いたら怒りそうだな」

 通常の開拓作業というのは、木を切り倒し、切り株を引き抜かなければならない。根が伸びているから作業が大変だ。ところがカレンは木の根元に抱き付いて立ち上がると、その瞬間にメキッともボコッとも聞こえるような音が出て木が抜ける。そしてそのまま水分を抜くと、その木を邪魔にならない場所に放り投げる。

「効率を考えるのなら、水分を抜くのは後回しにしたらどうだ? とりあえず木を抜くだけ抜いたらいいだろう。すぐに木材として使うこともないはずだ」
「そうね。その線で考えてみる」



◆ ◆ ◆



「どっちが早く二〇〇〇本抜けるかって競争になって」
「さすがにカレンには敵わなかった」
「慣れが違うわ」

 わざとガックリという身振りをしたマリーナの言葉を聞いてカレンが胸を張る。木を抜く慣れといっても、なかなか慣れる機会がないだろうな。

「それなら今日だけで四〇〇〇本近く抜いたのか?」
「ううん、みんなで交代してやったから、一人あたり二〇〇〇本以上。全部で二万本は超えたかな」

 どうやらカレンとマリーナだけでなく、クラースとパウラ、マリエッテとマルリースとマルニクス、レイナウト、マルティーネ、ラーフ、リニ、エルシェの一二人が参加したらしい。妊娠中のローサ以外全員か。

「エルマー、童心に帰って遊ぶというのもいいものだな」
「わざわざ悪いな」
「なになに。孫たちにいいところを見せたくてな」

 クラースとパウラはさらに一回り年をとった格好になったが、見た目は前と同じようにしている。誰だって若いほうがいい。それは竜でも人間でも同じだ。

「それはそうと、そんなに木を抜いてどうするんだ?」
「港を作る際に、砂が流れ出さないように柵を作る。そこで使えるはずだ」

 クラースが言うには、大きな船を港に停泊させようとすると深くしなければならない。だが砂というのは掘っても掘っても波によって元に戻ってしまう。そこで海の中に杭を打ち、横に材木を並べ、砂が動かないようにしてから作業をするらしい。俺はそのあたりは分からないからできる者に丸投げだ。

「あのあたりで暮らす種族が困らないようにだけはしてほしい」
「そこは大丈夫だ。妻や娘を崇めている者たちに対して配慮はする。これまでよりもかなり安全に暮らせるだろう」

 俺が渡している魔物除け。そしてクラースがやろうとしている港の整備。それを組み合わせればそう簡単にあの湾は魔物に襲われることはないということだ。

 しかしいつの間にクラースは作業に加わったんだ? 先日から木を抜く作業をしていて、童心に返るのは楽しいと言っていたが。

 結局湾のほうはクラースとパウラに任せることにした。そのほうが仕事がしやすいだろう。俺でもいいが、パウラがいるだけでみんなが頭を下げる。パウラは困った顔をするが、あのあたりで暮らす者たちにとってはパウラが関わったというだけで価値があるだろう。



◆ ◆ ◆



 これまでは東西に流れるいくつもの川に対し、南北に走る運河を掘って繋げ、その中に町を作るという方法で開拓を進めてきた。だが今回の工事は完全に地形を変える規模になる。盆地の東の端の方に南北に運河を通すからだ。そちらの方にも細い川が何本もあるようなので、それを取り込む形になるんだろうが、これまでよりもかなり長い。

 本来ならブルーノが担当するところだが、彼には国側の工事担当者と一緒に盆地の南東にあるハイデに入ってもらい、こちら側はシュタイナーが責任者を務め、その補佐はマリエル。

「ワシが関わる中で一番大きな工事になりそうですな」
「なかなかこの規模はないだろうな。ブルーノには向こうに行ってもらっている。こっちの方は頼む」
「頼まれましょう。しっかりとやり終えてみせます」

 町を作る場所も決まった。運河の受け入れ側の町はマレンスハーフェン。これまで二〇を超える町が作られたが、まだマレンの名前は使っていなかった。使うとすれば海と関係がある場所だろうと思っていたからだ。

 結局マレンの名前は港がある場所ではなくトンネルのこちら側の出口、新しく大規模な閘門こうもんを設置する町の名前として使われることになった。今の予定ではかなり大きな町になりそうだ。

「俺としては湾や港の名前にしてもいいかと思ったんだが」
「そんな恐れ多い」

 マレンが暮らしていた大陸の北側にある湾には名前が付いていない。彼女たちにはわざわざ暮らしている場所に名前を付ける意味がなかった。種族ごとに集まって暮らしていたので、海人魚族のところ、川人魚族のところ、などのような呼び方で十分だった。

「それで子供の名前は決まったのか?」
「ようやく決まりました」

 マレンとの間にもつい先日男の子ができた。だがまだ名前が決まっていない。急いで決める必要はない。そのうち決まればいいと俺は思っていた。だがマレンは決めていたようだ。

「ケネトはいかがですか?」
「ケネトか。立派に育ちそうだな」

 ローサとカサンドラの祖父の名前。レイナウトたちもよく知っている、少し離れた大陸の偉大な国王の名前。そして俺の母親をこの大陸に連れて来た人物の名前。その名前はアルマン王国風ではケネトと呼ぶ。

 俺は息子に王になってほしいわけではない。だがアルマン王国がゴール王国と和解したように、いつ何が起きるかは分からない。俺としては子供たちが万が一の場合には地位や名誉よりも自分や家族の命を守ってほしいと思う。もちろんそんなことは陛下には言えない。これは俺の心の中で留めておくべきことだ。

「それなら戻り次第領民に伝えよう。新しい息子の名前はケネトだと」
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