ドラゴネット興隆記

椎井瑛弥

文字の大きさ
上 下
287 / 345
第五章:領主二年目第四部

移民たちとの会話

しおりを挟む
「領主様、お世話になっています」

 新しく領民になった者たちと話し合う。すでに以前のように集まって宴会というのはないが、それでも新しい町に出向いて何かないかを確認する。

 領主がウロウロしていれば落ち着かない者もいるだろうが、確認したところ概ね安心して新しい町に馴染み始めたようだ。

「ああ、みんなの具合はどうだ?」
「おかげさまで安心して暮らせます。以前は子供たちが食べる物すら十分にありませんでしたので」
「そうか。ここにいる限りは食べる物で困ることはない。体が戻って働けるようになったらできることをしてくれればいい」
「ありがとうございます」

 移民の中にはアルマン王国の者もいたが、大半はゴール王国、それもエルザス辺境伯領やその周辺で暮らす者たちだった。

 エルザス辺境伯は好き勝手にやっていたようで、食糧事情はかなり悪かった。毎年の戦争で税の負担が多く、移民たちの多くは痩せ細っていた。その彼らが国境を越えてここまでやって来たわけだ。途中で体調を崩した者もいたようだが、何とか助け合って全員無事に到着できたそうだ。そして今は体を休めている。

 ずっと歩きなら大変だっただろうが馬車もある程度はあったようだ。それにエルザス辺境伯領を出た後、マルクブルク辺境伯領と王都で荷馬車を提供してもらったそうだ。他にも食料や酒や薬も貰ったそうだ。そうでなければ何割かは途中で倒れたのではないかとオデットは言っていた。

 辺境伯も陛下も、戦争のための備蓄を放出してくれた。もちろん兵士たちは治安維持のために巡回しているから、彼らが消費する分は必要だが、大軍を動かす必要が減るとなれば備蓄をある程度は減らすだろう。いくら保存できるものでも、いずれは悪くなるからな。

 彼らが乗ってきた荷馬車と馬については俺が好きに処分してもいいと連絡を受けた。だからそれを使って陸上交通にも力を入れ始めた。

 これまで領内には川や運河を使った交通網を広げてきた。山の南へはペガサスを使い、魔獣狩りにはグリフォンを使う。実は陸上交通が一番の弱点だった。今後は領内で乗合馬車を増やせばいいな。



◆ ◆ ◆



 さて、領主としては働き手はいくらでも欲しいが、無理して働いて倒れても仕方がない。年内くらいは体を休め、来年から働いてもらえばいいと俺は考えている。

 もちろんすでに働いている者もいて、中には働けない者の分まで頑張ると息巻いている者もいる。

 新しい町は三つ増えた。ドラゴネットに近い方からエルザスキルヒェン、アルマンハイム、ナターリエンブルクだ。誰がどこに住むかは自分たちで決めさせた。トンネルを抜けてマーロー男爵領に行こうと思わない限りは移動の必要はないからだ。

 町から町へは安心して移動できる。魔獣が入らないようにできているからだ。馬車なら一時間もかからずに隣町に行けるようになった。

 アルマン王国内の道に比べればかなり整備ができている。これもブルーノのおかげだ。

「まあ趣味が高じてってことだけど、自分の考えが結果に繋がるのはいいね」
「ブルーノは真面目にやりさえすれば結果は出せるからな。エラ、手綱はしっかりな」
「分かってます。は気を抜くとすぐに調子に乗りますから」

 大方の予想通り、ブルーノはエラと結婚することになった。つい先日のことで、式は来年だ。周りの反応は「やっぱり!」か「まだしてなかったのか?」かのどちらかだった。

 そうは見えないがブルーノはこの町では上から数えた方が早いくらいの立場だ。だから結婚祝いに家を贈った。ドラゴネットの西部、新しく家が広がったあたりに大きめの家を用意した。

「ちょっと広すぎると思うけどね」
「あなた、増やせばいいんですよ、増やせば」
「う、うん」
「とりあえず来年には一人増えます」

 完全に尻に敷かれているな。

 一方でライナーにも相手ができたらしい。ゴール王国からやって来た貴族の娘だということは噂に聞いた。まあ結婚すれば分かるだろう。

 お調子者のブルーノと違ってライナーの方は落ち着いた人柄だから、貴族の令嬢の中には気が合う者もいるだろう。ブルーノもライナーも、一人と言わずに何人でも娶ってくれと思う。

 ブルーノが設計した町の中でエルザスキルヒェンはドラゴネットに近いだけあってアルマン王国出身者が多く、アルマンハイムとナターリエンブルクはゴール王国の出身者が多い。どうしても近くに住んでいた者同士が集まるからそうなるだろう。

 そうは言っても新しい住民だけで生活させるのは不安がある。だから貴族の娘たちを中心にした相談役を設けることになった。

「おおお、おはようございます~」
「ああ、ミリヤム、頑張っているようだな」
「はい。元気なのが取り柄ですので~」

 彼女はミリヤム。アルマン王国の南東部の出身だそうで、王都で働こうと町を出たところ途中で移民団と出会い、そのまま合流してこちらに来た。

 まだ小さいのによく働いていると聞いている。読み書き計算も覚えているので、いずれはその才能を使えるような仕事に就いてくれればいい。

 問題は俺が怖いのか、俺を見た瞬間に毎回ビクッとしてどもるのが習慣になっている。何度も顔を合わせているわけだからそろそろ慣れてくれてもいいんだがな。

 このミリヤムも相談役の一人としてナターリエンブルクにいる。利発な子供で住民たちからも可愛がられているようだ。

「何か相談などは受けていないか?」
「今のところはないようですね。むしろお世話になりすぎて困るそうです」
「この領地にいれば食べるは困らない。他とは色々と違うところが多いから戸惑うとは思うが、徐々に慣れてくれればいい。何か言われたらそう言ってやってくれ」
「分かりました~」

 ミリヤムは走っていった。走らなくてもいいんだけどな。そんなに俺が怖いか?
しおりを挟む

処理中です...