ドラゴネット興隆記

椎井瑛弥

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第六章:領主三年目、さらに遠くへ

謀略(既成事実)

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 昨日はレティシアも到着してかなり騒がしい一日になった。彼女は王女として人前で声を出すことが多かったからだろうか、よく声が通る話し方をする。常に彼女の声がどこかで聞こえていたと言っても過言ではないだろう。声そのものは双子の姉のエルザと全く同じだが、エルザの声が城の中に響き渡ることは滅多にない。

 俺は別にレティシアが嫌いなわけではない。あの元気の良さは場の雰囲気を良くするのに役立つはずだ。ただ少々喧しいのが気になる。初めてレティシアを見た時はエルザが王女だったらこうだったんだろうと思ったが、生き別れの双子の姉に会えた喜びからか、次に会った時以降はやたらとよく喋るようになった。俺のことを「お義兄にい様」と呼び、それなりに信用してくれるようだった。そして転移ドアでエルザと会える機会が増えたからだろう、前にも増して親しみを持ってくれるようになった。

 ディオン殿もクロエ殿もレティシアの相手に俺はどうかと思っていたようだが、俺としてはあまり騒がしいのは好きじゃない。俺はそう思っていたし、お二人にも俺に無理やり押し付ける感じはなかった。だから



◆ ◆ ◆



「お義兄様、あ~ん」
「……」

 朝食の場では隣に座ったレティシアがフォークに刺したヴルストソーセージを俺の口元に運んできた。

「あら、お気に召しませんか?」
「……いや、嫌いではないけどな」
「口移しの方がよろしいですか?」

 近くではディオン殿とクロエ殿、ロジーヌ殿、ソレーヌ殿がニコニコとしている。イニャス殿とモーリス殿は気の毒そうな視線を向けている。そしてエルザも。

「エルマー様、すみません。断るに断れず……」
「いや、気づかなかった俺の責任なのは分かっている。頭では理解はしているが、自分の中で納得できていないだけだ」

 俺の妻たちのうち、カレン、エルザ、アルマの三人はすでに出産した。現在は使用人たちの手を借りながら育児中だ。貴族はあまり子育てには関わらないということだが、やって悪いわけではない。だから俺も時間があれば子供たちと遊んだりしている。ナターリエはもう少ししたら臨月だと言われている。

 他の妻たちも多くが妊娠した。俺が抱くのはすでに母親になったカレンとエルザとアルマ、そして普段は王都にいるラーエルとアグネスの五人になる。ラーエルとアグネスは王都だから、ここで俺が抱くのはカレンとエルザとアルマの三人。それで分かるだろう。

 昨日の夜はエルザの順番だった。ベッドに入ってきたエルザを抱きしめてキスをして胸に手をやり、そしてエルザでないことに気づいた。胸の硬さが違ったからだ。そこから先には進まなかったが、それでもキスをしたことに変わりはない。

 それでどうしてレティシアがエルザになりすましていたのかというと、ディオン殿とクロエ殿がエルザに頼んだからだった。エルザとしても双子の妹に相手が現れないのは多少は気になる。しかも実の両親からの頼みとなれば断りにくいのも分かる。でも俺に黙って首を縦に振ってしまったので、このように申し訳ない顔をしていた。

 俺にも話は理解できる。だがさすがに騙し討ちのようにされれば、どこにこの感情を持っていけばいいかが分からない。今はそういう状況だった。

「エルマー殿、今さらかもしれないが、貴殿の身に起こったことはゴール王国ならだと言っておこう。アルマン王国では珍しいかもしれないが」

 イニャス殿は気遣わしげにそう言った。どこにでもあるようなこととは何だ? そんなことを考えるとモーリス殿も頷いている。ロジーヌ殿とソレーヌ殿も頷いているのは……ああ、なんだろう。もしかしたらクロエ殿もそうだったのか? まさか国王にそんなことをして無事に済むとは思えないが。

「夜這いとは少し違うが、女性が男性の寝室に忍び込み、愛を語って受け入れられればその男性の妻になるという風習があったそうだ。その名残で意中の男性の寝室に忍び込むという習慣がある。
「ひょっとしてオデットが忍び込んだのもそれでしょうか?」

 俺がオデットの方を見ると彼女は頷いてから口を開いた。

「一般的ではないと聞いて驚いたところです」
「アルマン王国では聞いたこともなかったぞ」
「エルマー殿、オルクール男爵の娘なら知っていてもおかしくはない。地方では今でも忍び込む習慣がある」
「はい。そういうものだと母から教わっておりました」

 イニャス殿の説明で腑に落ちた。オデットはいつの間にか裸でベッドに潜り込んでいた。その時に一緒に寝ていたアメリアが驚いてベッドから落ちた。

 さらに説明を聞くと、今ではその夜這いをして愛を語るという風習は残っていないそうだが、女性が男性の寝室に入ることで結婚の申し込みを受け入れたのと同じことになるのだそうだ。断るつもりなら最初から入らないように前に誰かを立たせて止めるか、そもそも玄関で追い返すらしい。門前払いというのは女性にとってなかなかキツいのではないか?

 それでも女性側がその妨害を排除して寝室に辿り着くことができれば、その瞬間にめでたく結婚成立ということになる。ゴール王国ではアルマン王国よりも女性の立場が強く、意見もハッキリと口にする。ただしそれをやりすぎるとヘルガに向かって暴言を口にしたご婦人たちのようになるそうだ。

 とりあえず俺には落ち度はないはずだ。レティシアにもない。彼女はそういうものだと思ってやっただけだ。ディオン殿もクロエ殿もゴール王国の出身なのでそういうものだと思っている。エルザも実の両親からそうだと言われれば仕方がないと思うだろう。

「……分かった。レティシア、俺の妻になってくれるか?」
「お義兄様っ!」

 食事中なので行儀作法的にはどうかと思うが、レティシアが俺に抱きついてきた。そしてディオン殿が音頭を取って拍手が起きた。エルザは今でも微妙な表情だが、まあ仕方がない。

 しかし風習というのは見聞きしているだけでは分からない。ナターリエの姉のビアンカ殿下がシエスカ王国に嫁げば、アルマン王国とシエスカ王国はさらに交流が増えるだろう。そうなった時に手痛い失敗をしないように、詳しい者からよく聞いておいた方がいいな。
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