ドラゴネット興隆記

椎井瑛弥

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第六章:領主三年目、さらに遠くへ

再訪

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「今後ともよろしくお願いします」
「こちらこそよろしく頼む」

 目の前にいるのは川人魚族のアレタを中心に、マーメイドやマーマン、二足歩行のトカゲのようなリザードマン、下半身が魚のセイレーン、下半身がヘビのラミア、下半身が竜のデルピュネなど、主に水辺で暮らす種族が集まっていた。なおマーメイドやマーマンというのは総称で、その中には川人魚族と海人魚族がいるらしい。俺には分からないが、お互いにすぐに分かるそうだ。

 それ以外にも下半身が犬のスキュラ、腕での代わりに鳥の翼が生えているハーピー、見た目は二股に分かれた巨大なニンジンのようなマンドレイク、上半身が女性で下半身が植物のアルラウネ、三つの頭がある巨体のカークスなどが後ろにいる。全員がこの盆地の北東にある、海に繋がる地域に暮らしているということだった。

 この中の半分以上はこの国では魔物として扱われるが、こうやって面と向かって話ができるなら問題ないだろう。辺境伯となった今ではそのあたりの差配は任されている。

「アレタ、お前たちの暮らす地域の者たちは、全体としてはどう考えているんだ? あくまで住む場所は別で取り引きがしたいのか、それとも生活の範囲が重なってもいいのか、そういうことだ」

 単に商売の相手と考えているのか、それとも同じ場所で暮らす仲間になってもいいと思っているのか、それだけで全然違う。

「交流を求めない者も一定数はいます。ですが多くは交流を求めていて、できればもっと広い場所で生活がしたいと」
「それなら問題ない。だがこの短期間でそれだけ意見がまとまるというのは、何か理由でもあるのか?」

 例えばアルマン王国は国としては北にあって寒い。ゴール王国は暖かい。もしゴール王国がうちの国にどうかと言ったとして、アルマン王国の国民がごっそりと移住することはあり得ない。

「実はですが……どの種族も子供ができにくくなっているようなのです。生まれても幼いうちに亡くなることも増えてきました」
「それは栄養面か、あるいは血が濃くなっているのではないか?」
「それは薄々と感じていました」

 アルマン王国では親子や兄弟姉妹での結婚は禁じられている。いとこ同士でも避けるべきで、はとこ同士でもできれば避けた方がいいと言われている。もっとも田舎に行くと禁止されているかどうかという前に相手がいないという問題があるそうだが。

「血が濃くなりすぎると色々な問題があるとは聞いている。だがあの地域を出て他の種族と交流を増やすことはできなかったのか?」

 これは純粋な疑問だった。海があるならそちらから回って別の国に交流を求めることも可能なはずだ。

「海はあります。ですが危険な魔物が多く、浅い湾から遠く離れることはできません。東は危険な山が続き、西は魔物がたくさんいます。私たちはその間にある狭い川の周囲や湾の内側で細々と暮らしていますので」

 そうか。彼女たちの暮らす川はカレンたちの家がある山の東にある。その北には海があって外に出ることもできるが、海の魔物が強いので危険がある。西はそれこそグリフォンやマンティコアなのど危険な魔物が多い。東は延々と山が続き、水辺で暮らす彼女たちには超えるのは無理だった。

 一方で盆地の中はそこまで危険ではないが、水から上がれば魔獣が多い。いくら水の中に潜れば大丈夫でも、熊に挟み撃ちされれば助からないだろう。長期に同じ場所で暮らせる場所はそれほど多くはない。

 今回ここまでやって来る間に魔獣に襲われたことがあったそうだが、それも二度だけで、リザードマンとカークスたちが撃退したらしい。

 カークスは三つの頭がある巨人族で、火を吐くこともできる。見た目は厳つい種族だが、優しい性格で、戦うよりも畑の世話の方が好きだそうだ。そうは言っても戦うことはできるので、仲間に危険が近づけば排除できるくらいの力はある。

「分かった。それならいずれは町を増やすか広げるかしよう。すでに一部では水辺で暮らす種族が暮らしやすいようにしてあるし、そのためだけの町も作っている。場所が足りなければいくらでも相談してくれ」
「ありがとうございます」

 アレタたちは新しく作った町アレティウスを中心に暮らすことになった。スキュラやハーピー、マンドレイク、アルラウネたちは水がなくても問題ないので、他の町で暮らしても問題はない。



◆ ◆ ◆



「エルマー様、我々に未来を与えていただきありがとうございます」
「ありがとうございます」

 目の前にはアレタともう一人、海人魚族のマレンという女性がいた。二人が俺に向かって恭しく頭を下げる。

「いや、前にも言ったかもしれないが、こういうのは縁だろう。たまたまアレタがドラゴネットに着いた。そこで俺と話をした」
「ですがもし悪徳な貴族であれば、私たちを捕まえて見世物にすることもあると聞きました」
「それは……以前ならその可能性もあったかもな」

 誰とは言わないが、大公派でそういうことをやりそうな貴族は何人かいただろう。

「もしそうなっていれば、我々川人魚族と海人魚族はあの地で少しずつ数を減らし、いずれは誰もいなくなった可能性もあります。そのような可能性ではなく、明るい未来を与えてくれたのはエルマー様です」

 また頭を下げた。あまり畏まられても困るんだが。

「アレタ、お前は一族の中では若手だろう。そんなに気にすることはない。時代を育てていくのはお前たち若い世代だ」

 俺がそう言うと、アレタとマレンは驚いたように俺の顔を見た。

「……エルマー様、ひょっとして私やマレンを若手の代表だとお思いですか?」
「違うのか?」

 どう見ても若手だろう。アルマほど若くはないがラーエルやアグネスよりは下だと思った。エルザやヘルガ、あるいはアメリアあたりと近いのではないかと。

「私は川人魚族の代表をしています。ここに来た者たちはみんな私よりも若い子たちです」
「私も海人魚族の代表で、一番年上になります」
「……それは見た目が若いのか、それとも本当に若いのか、どちらなんだ?」
「おそらくですが、エルマー様のような人間より寿命が長いせいかと。私は今年で六二になります。マレンは……」
「五三です」

 本当に異種族の年齢というのは見た目だけでは分からない。あまり年齢のことを口にすると拗ねるから言わないが、カサンドラは七〇〇歳を超えている。ローサでも五〇〇歳は過ぎているらしい。俺からすると二人とも一〇代後半から二〇代前半にしか思えないが。

 ドワーフの職人のライムントとカスパー、それにシュタイナーはかなり上らしい。ドワーフは若くてもひげを生やして年上に見えるからな。ドワーフたちは二〇〇歳から三〇〇歳ほどの寿命らしい。

 川人魚族も海人魚族も見た目は若いままで止まり、高齢になると目元や鱗に違いが出てくるそうだ。エルフに近いのか。

 それとは別に魔力が多いと寿命が延びるというのは本当らしい。だから俺も平均的な人間よりは長生きはできそうだ。それでもいつまでも領主をしようとは思わないが。

「二人とも一族の代表としてこちらに来ました。里の方には私よりも年上の者もおりますが、あの場所を離れたくないと言いましたので、私よりも若い者を全員引き連れてこちらに参りました。一族を分けた形になります」
「はい。喧嘩別れをしたわけではありませんが、あの地に残って自分たちの血を守ろうとする一派と、外に出て新しい血を取り入れようとする我々ということになります」
「そういうわけで、川人魚族の代表アレタ、そして隣にいる海人魚族の代表マレンはエルマー様の子種を頂きたいと思います。よろしくお願いします」

 お願いしますと言われても、はいそうですかとこの場で答えるわけにはいかない。

「言いたいことは分かるが、俺でなくてはいけないのか?」
「と言いますと?」
「この町で暮らす間に自分に相応しい相手が見つかるかもしれないということだ」
「それはそうなのですが……」

 こちらに来たばかりで顔見知りがいないというのは関係しているだろう。そのうち親しく接してくれる相手が出てくると思うから、それを待てばいい。俺を相手にというのは領主だからだろう。

「別に二人を嫌っているとか、そういうことではない。しばらくこの土地で領民たちに交じってゆっくり暮らしてみて、相手はそれからでも遅くはないはずだ。二人のことを好いてくれる相手が現れるだろう」
「分かりました」
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