ドラゴネット興隆記

椎井瑛弥

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第六章:領主三年目、さらに遠くへ

妹襲来

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「お姉様‼」
「いや、ここにはいないぞ。それに入る前にはノックくらいしろ」

 叫びながらながら部屋に飛び込んできたのは他でもないレティシア。見た目はエルザと瓜二つだ。エルザは妊娠中は少しふっくらしていたが、今では以前のように戻った。戻ったらさらに区別が付かなくなった。目の前にいるのがレティシアだと分かってはいるが、どう見てもエルザにしか見えない。

「それではどこにいらっしゃるのですか?」
「ディオン殿たちが宿泊しているところだ」

 ここはあくまで貴賓室。転移ドアを設置した場所から小ホールを通って大ホールを通って貴賓室の前を通って進めば来客棟がある。俺はここにある調度品を入れ替えていたところだ。

「それにしてもエルザお姉様とこのようにお会いできるようになるとは、さすがお義兄様です」
「別に俺のおかげでもないと思うが」

 転移ドアなる移動用の魔道具を持ってきてくれたのはローサだ。俺はそれを設置しただけ。設置のために移動したり確認したりはしたがそれだけだ。

 ローサは二組持ってきてくれたので、一組はディオン王の屋敷とドラゴネットのこの城を繋いだ。どちらも小ホールの近くの部屋に設置されている。

 もう一組はブリギッタに渡した。時空間魔法が得意なうちの魔道具職人だ。解体して分析しているそうだ。一番重要な部分は理解できたと言っていた。あの頃は夫のヨーゼフが死にそうな顔をしていた。近日中に完成させると言っていたが、まだ報告がないということはかなり手こずっているのだろう。そうでなければこの国が転移ドアだらけになるほど普及していてもおかしくない。ゆっくりと待たせてもらおう。

 本来ならそこにダニエルもいそうなものだが、妻のレーネとルイーゼが揃って出産したので、現在は三人で子供たちの面倒を見ている。普通の魔道具作りは弟子たちに任せて、子供を楽しませるための魔道具を作っているようだ。うちの子供たちもそれで遊んでいる。

「ですが私だけ除け者なのはひどいと思いますよ」
「それは俺じゃなくディオン殿に言ってほしい。俺は一日待とうと言ったんだぞ」
「それはそうかもしれませんが、そこで翻意を促すのが男というものではありませんか?」

 姉のところに行っていたレティシアを待った方がいいかと聞いたら待たなくてもいいと言ったのはディオン殿だ。ひとしきり俺に文句を言うと少し落ち着いたようだ。

「ところで後ろにいるのがロジーヌ殿とソレーヌ殿でいいのか?」
「はい、こちらがロジーヌ姉様とその夫のイニャス義兄様です。あちらがソレーヌ姉様とその夫のモーリス義兄様です」

 ロジーヌ殿とソレーヌ殿はエルザとレティシアの姉だということもあって、たしかによく似ている。二人がもう少し年を重ねればこうなるだろう。

 レティシアの紹介でお互いに挨拶と自己紹介をする。俺とイニャス殿は何度も顔を合わせているので簡単な挨拶だけだ。

 イニャス殿はディオン殿の下で役人をしている。モーリス殿は隣町で代官をしているそうだ。

「ところでお姉様はどちらに?」
「エルザならディオン殿とクロエ殿と話をしている。案内しよう」

 俺は来客棟に用意したディオン殿たちの客室へとみんなを案内することにした。



◆ ◆ ◆



「おお、レティシアも来たか」
「来たかではありません。大切な娘を放って行ってしまわれるとはどういうことですか?」

 レティシアがディオン殿に文句を言っているが、親子喧嘩なら別の場所でやってくれ。

「まあ、本当にレティシアそっくりね」
「そうね。入れ替わっても分からないくらいね」
「そうでしょう。私も初めてエルザさんの顔を見た時はレティシアにしか思えなかったくらいですから。ああ、もうエルザでしたね」
「やはりそう見えますか?」

 親子喧嘩をよそに女性四人が和気藹々と会話を始めた。

「ええ、試しに入れ替わってみない?」
「そうね。可愛い妹なんだけど、あの子はもう少しお淑やかでもいいと思うのよ。その点ではエルザの方が落ち着いているみたいだから。ねえ、お母様?」
「こんな育ち方をしてしまったのは私の責任ですね。兄のせいであの子が小さいうちにはあまり構うことができなかったものですから。エルマーさん、あの子の面倒も見てくれませんか?」

 三人がそんなことを言うが、やめてほしい。あれが毎日側にいると思うと気が滅入りそうだ。

 レティシアが嫌いなわけではないが、ああいう……口から先に生まれてきたようなタイプは実はあまり得意ではない。エラとかな。彼女はブルーノと結婚したが。

「お母様もお姉様たちも、その言い方はあまりですよ?」
「そう思うならもう少しお淑やかになさい。だから見合いを断られるのです」
「え?」

 レティシアはポカンと口を開けたまま固まった。

見合いをお断りしていたはずですが」
「今だから言えることですが、持って行った見合い話は断られています。王女がを断られるというのは余程のことですよ」

 話を聞くと、レティシアが幼い頃からクロエ殿のところには怪しげな見合い話がいくつも届いていた。もちろんデュドネ経由でだ。見合いの相手の中にはエルザス辺境伯の縁者もいたそうだ。何が何でも取り込もうとしたんだろう。

 その見合い相手を全てディオン殿とクロエ殿が断ったわけではなく、一部はレティシアに回し、彼女自身が断るようにしていたようだ。その間にも怪しげな連中はできる限り理由を付けて中央から排除するようにしていたらしい。

 そういうことが続いたからクロエ殿は信用できる貴族に見合い話を持っていったところ、全て断られたそうだ。理由は喧しいから。

 見合いをして断られるならともかく、見合いそのものを断られる王女なんて俺ですら聞いたことがない。しかも理由が理由だ。ショックを受けたのかレティシアは肩を震わせている。

「こんな屈辱、お義兄様に貰っていただくしか道はありません。お義兄様、ふつつか者ですがよろしくお願いいたします!」
「俺を巻き込むなよ」

 さすがに俺でも遠慮した。

「うーむ、エルマーが貰ってくれれば全てが丸く収まるのだが」
「収めるためだけに隣国の貴族を結婚させるのはいかがなものかと思いますが」
「それが王族というものだ」

 そう言われればそれまでかもしれないが、俺を巻き込まないでほしい。
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