ドラゴネット興隆記

椎井瑛弥

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第五章:領主二年目第四部

オデットによる道中記

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 エルザス辺境伯領に到着しました。ここまでは貴族の娘の一人として扱われましたが、ここからは移民団と合流して北へ向かいます。馬車はありますが全員が乗れるほどの荷馬車がありませんので、徒歩と馬車を交代でということになります。

 はい、そこのアナイスさん、何をへたり込んでいるのですか? まだ一時間くらいしか歩いていませんよ? え? まあたしかに馬車は増えました。ですがそれは小さな子供や高齢者のためです。私たちのためではありません。

 貴族であるとか平民であるとか、男であるとか女であるとか、そのようなことは関係ありません。足が動くなら歩く、歩けなくなれば馬車に乗る。ただそれだけです。置いていきますよ? そう、両親から貰った二本の足は動かすためにあるのです。座り込むためではありません。元気に動かしましょう。

 私は子供の頃から健脚です。足に自信があるという言い方をすると誤解を招くかもしれませんが、どれだけ歩いても疲れるということがありません。貴族の娘らしくないと言われればそうかもしれませんが、頑丈な体に産んでくれた両親には感謝しかありません。

 エルザス辺境伯領から北上してアルマン王国に入ると、まず最初にあったのがマルクブルク辺境伯領。ここで領都のエルシャースレーベンに立ち寄って辺境伯に挨拶しましたが、そこでまた一人増えることになりました。辺境伯の娘のコジマという女性です。

 コジマさんは私よりも年上で、剣が非常に得意だそうです。案内役をしたいと言って私たちに同行してくれることになりました。それで問題ないのかと思っていると、辺境伯が「王都へ向かうならこの国の貴族の娘がいる方がいいだろう。それとこれは駄賃だ。馬でも食料でも買ったらいい」と言って金貨と銀貨が詰まった袋、そして移動のための荷馬車や荷車や食料などを渡してくれました。

 辺境伯を太っ腹な方だと思いましたが、よく聞けば馬も馬車も領軍の補給部隊が使うものだそうです。食料も備蓄だそうです。それをもう使うことはないだろうと渡してくれたのです。それを聞いた瞬間、もう戦争は起こらないのだと安心しました。

 エルザス辺境伯領では道ばたに座り込んだ者がかなりいました。場合によっては家も仕事も家族も失ってしまい、ここから先は死を待つだけ、そこに私たちが来たわけです。一方で国境を越えたマルクブルク辺境伯領はそれほど生活に困った者たちはいなさそうです。

 戦争を仕掛けていた我が国の方が貧しくなり、戦争を仕掛けられていたアルマン王国の方が生活が豊かです。最初から何かがおかしかったのでしょう。

 それからさらに北上して二週間後に王都のヴァーデンに到着しました。コジマさんが国王陛下に謁見を申し込み、コジマさんと私の二人で陛下にお会いしました。そこでさらに荷馬車を用意してもらえることになりました。これも国軍所有のものだそうです。到着後はノルト男爵に任すようにと伝えられました。

 王都から北にまだ二、三週間ほどあるそうです。これまで二か月半ほど旅をしてきました。多少はみんなにも疲れが見えますが、ゴール王国は北国です。寒さがひどくなる前に到着したいところですので、ここが踏ん張りどころです。荷馬車もかなり増えましたので、負担は減るでしょう。

 ああ、アナイスさん。場所が空きましたので座ってもかまいませんよ。あ、いいのですか? そうですそうです。一日あたりたった三〇キロから四〇キロ程度ですからね。ここまでざっと二五〇〇キロ、あと五〇〇キロから六〇〇キロほどです。要は慣れです。

 私は子供の頃に王都まで歩いて行ったことがあるくらいです。人間歩けばどこかには到着します。地面は続いているわけですので。川があれば泳いで渡ればいいのです。泳げなければ練習すればいいのです。何も空を飛べと言っているわけではありません。地面の上を二本の足で進めと言っただけです。

 足がですか? いえ、スラッとして綺麗な足だと思いますが、それが何か? ちんちくりんとバカにされたことのある私に対する嫌みですか? 違う? ああ、筋肉なんて誰にでも多かれ少なかれあるものです。それに歩けないよりも歩ける方がいいでしょう。向こうに着いてからどのような生活になるのか分かりません。野山を走り回って猪や熊を狩るかもしれません。足手まといになりたくなければ走れるようにしておきましょう。

 途中の町でたまに移住希望者が加わりました。どうやらアルマン王国でも色々と問題があったようで、王都の周辺では大貴族の領地が解体されて、子爵家や男爵家がたくさんできたようです。そうするとどうしても生活に困る人が出るようで、この移民団と一緒に北に向かいたいと。食糧にも余裕がありますので、みなさんと話し合って受け入れることになりました。

 山の麓にあるマーロー男爵領に着きました。ここから山を越えればようやくノルト男爵領。でもこの山はさすがに……と思っていたらトンネルがありました。そのトンネルのことを教えてくれたのが、マーロー男爵の娘のシビラさんでした。背の高さは私と同じくらいでしょうか。年齢としては私よりも下ですが。

 この子はノルト男爵と仮の婚約をしているそうで、いずれは正式に妻になりたいのだとか。ノルト男爵の話を聞くと、見た目はちょっと怖いけれど優しい人だそうです。

 シビラさんの案内でトンネルに入りましたが、ビックリするくらい長いトンネルです。一〇キロ以上あるそうですが、中には魔道具が設置されていて暗くはありません。このトンネルはノルト男爵が土魔法を使って一人で掘ったのだとか。この真っ直ぐさは几帳面な性格の表れなんでしょう。

 ノルト男爵領に入ると、遠くには二つの円が繋がったような形をした町が見えました。あれがドラゴネットですか。そして北の方にも町を準備しているところだそうですが、今はあの丸の中に町があるだけだそうです。この山に囲まれた範囲が全て領地だそうで、どの貴族領よりも大きいそうです。伸び代がある領地ですね。

 周りには何もありませんが、立派なお城があるようですし、麦も実っているようです。「この時期では普通に見えてしまって面白みがありません」とシビラさんがションボリしていましたが、どういうことでしょうか? 秋に麦が実るのは普通ではありませんか? ゴール王国は暖かいのでもう少し早いですが。

 さて、これからお城に向かってノルト男爵に謁見です。私にはアルマン王国の細かな作法は分かりませんので、全てコジマさんにお任せします。適材適所は基本です。私はゴール王国からやって来た者たちの代表として、男爵の期待に沿えるように働くのみです。

 さあ、我が君よ。間もなく参ります。
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