ドラゴネット興隆記

椎井瑛弥

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第五章:領主二年目第四部

麦の話

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 農民たちがこの一年近くかけて色々な植物を調べたところでは、小麦だろうが何だろうが、畑に落ちた種が一日で芽を出すということは滅多にないそうだ。土に穴を空けて種を蒔かなければ翌日に芽が出ることはない。だがこぼれた実を踏んで土に埋まればそこからは生えるらしい。

 言われてみれば当然なのかもしれないが、草でも花でも、種がどこか別の場所からか飛んできて勝手に生えるというのは普通にあることだ。だが畑では勝手に生えた草や花がとんでもない勢いで育つことはほとんどない。勝手に生えたものは普通の速さでした育たないそうだ。

 麦を刈らずに放置すればどうなるかというのも試したらしい。この場合、麦の穂から種が落ち、一部はそこからまた芽が出たそうだが、ほとんどはなくなった。おそらく鳥のエサにでもなったんだろう。

 俺としては農民たちがしっかりと食べられる分が収穫できればそれでいい。備蓄は確保した上で余った分は販売し、その金を領地のために役立てる。まあ売っても売っても増えるのが問題だが。

 ここまではそれでも問題がなかった。だが町が大きくなるにつれ、ちょっとした問題が出てきた。移民のことだ。

 到着した移民の人数次第だが、新しく町ができることは決まっている。そこでどのように麦を育てるかで意見が分かれた。

 ドラゴネットでは二週間で麦が収穫でき、他の町では八か月から九か月かかる。同じ面積に作付けしたとすると、同じ期間での収穫量は一六倍になる。これではドラゴネット以外の町は何のために麦を育てているのかが分からなくなる。自分たちが育てなくても十分な収穫量があるからだ。

「育ちすぎて問題になるのですね」
「ああ、差が大きすぎるからな。他の場所で作る意味がなくなってしまう」

 みんな遠慮なしに麦蒔きをするからな。麦蒔きと刈り入れに生きがいを感じているらしい。彼らの希望を聞いて農地を三倍に広げたくらいだ。

 西町の農地は最初に作った農地だ。人口五〇〇人を念頭に置いて、税を払っても十分に領民が食べられるだけは作ろうとしたのがあの場所だ。

 現在は人口が一三〇〇人程度。農地が三倍に広がったから、普通の速度で育っても十分食べられるくらいになっているはずだ。

 さらに年に二〇回は麦蒔きと収穫をするので、人口が二〇倍になっても計算上は問題ない。実際には麦以外の作物や魔獣の肉もあるから、食糧事情についてはさほど心配はしていない。問題は今後どこでどのようにして作物を育てるかということだ。

「ああ、ナターリエはどう思う?」

 ちょうど入ってきたナターリエの意見も聞くことにした。

「麦ですか……。いくつかドラゴネットと同じように麦を育てる町を作って、それ以外の町では麦は育てないというのはいかがでしょうか?」
「そうだなあ、やっぱりそれしかないよなあ。今の倍あれば人口が一〇倍でも二〇倍でも全く問題ないけど、それをどこにするかがな」
「何か問題でも出ているのですか?」
「出るかもしれないという話が出ていてな」

 実はドラゴネットの西町の農地、つまり最初に作った農地やため池などを新しい町に移そうという話が出ている。移民が来るという話があるから、ここより北に新しい町を作り、麦の栽培はそこに任せ、領都は商業を中心にすればいいという意見もある。

「町が大きくなるにつれ、そろそろ先のことを考えた時に、ドラゴネットの農地をどうするかという話になったんだ。ここは領都だが領地の玄関口にもなる。外から来た人たちを受け入れる商業地になりつつある。竜の鱗を使えば問題ないとすれば、農地は引っ越してもいいんじゃないかって話が出てな」
「でもお城はここですよねっ?」
「動かすのは無理だし、安全のためにはもっと奥の方がいいんだろうけどな」

 俺が領地の一番手前に町を作ってしまったのが原因といえば原因だ。天然の堀に使える川があるならここを選ぶのはおかしくないだろう。それに北に行けば魔獣が増えるからな。

 とりあえず堀代わりの川や運河、城壁、農地などは用意を始めている。農地をドラゴネット仕様にするかどうかはまだ決めていない。

 俺の代、息子の代、そうやってどんどんと北へ北へと、いずれは盆地いっぱいに領地を広げられればいい。

「土地はいくらでもある。だから農地も確保できる。こんな場所が立派な穀倉地帯になったくらいだから、もっと北でも十分育つはずだ」
「領都を北に移したりはしないの?」
「城はこのままにして、俺たちが新しい町に引っ越すのはありだろうが、一年やそこらではなあ」

 この町には思い入れがあるからな。一年で引っ越そうとは思わない。引っ越すとすれば子供にここを譲ってからだろうな。

 ここで畑をしている者たちが引っ越してもいいと言うかどうか、新しくやって来る者たちが畑をしたいと言うかどうか、返事次第でどうなるかが分からないというのが現状だ。

 俺が領主なんだから最終的には俺が決めるんだが、農民たちの多くは元エクディン準男爵領から来た者たちだ。彼らがそれでいいと言えばそれでいいが、そうでなければ追い出してしまうことにもなりかねない。

「いっそ町と畑をごっそり動かせたら楽なんだが」
「さすがにそれは無理でございましょう」
「クラースたちでも無理だろう」

 町を大きくするのは簡単なようで難しい。人が増えればそれだけで考え方も増える。また役場で話し合いだな。
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