ドラゴネット興隆記

椎井瑛弥

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第二章:領主二年目第一部

変わる街区

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 うちの屋敷の近くにあった貧民街スラムが整備され、新しくて綺麗な街区に生まれ変わりつつある。放っておくと荒れる可能性があるから、商会が雇った清掃担当者を巡回させている。

 元々が広場や道に勝手に建物を用意して住んでいたので、道がなくなっていたことになる。ただでさえ人が近寄りたくない場所なのに加え、袋小路があちこちにできて迷いやすいとなれば、普通の者ならまずその区画には入らない。そこを整理した。

 その結果として人の流れが変わり、かつて貧民街スラムだった場所には外から人が来るようになった。その理由の一つが飲食店街だ。けっして上等な食事を出す場所ではないが、教会が商会に金を払って炊き出しを行なっている体裁になっている。うちの内部で金が動いているだけだが。

 食事と言ってもそれほど上等なものではない。一番安い店はパンとズッペスープともう一皿で銅貨一枚という破格の値段だ。味を考えれば安いのは間違いない。さすがに銅貨一枚の店だけにするわけにもいかないので、安い店から高い店まで用意している。それでも他の場所よりも安いだろう。

 王都で食事をすると金がかかる。屋台でたまに見かけるとてつもなく不味いズッペスープで銅貨一枚くらいだ。あれは料理の経験のない者が、とりあえず屋台を始めた時に出す屋台だ。誰からも教わっていないのでほとんどが不味い。塩さえ使えばいいだろうという味付けだ。

 学生時代、特に意味があった訳でもないだろうが、たまたま男連中が集まって町中を散策したことがある。そんな時にブルーノが調子に乗って屋台で銅貨一枚のパンとズッペスープに手を出した。ご丁寧にみんなの分を一緒に。どうなったかは分かるだろう。

 俺は美味いものは美味いと思うが、不味いと思うものはそれほど多くはなかった。多少の好き嫌いはあったが、それでも口にしないことはなかった。だが世の中には不味いものはいくらでもあると知った。だが出された食事を捨てるなんて貧乏貴族の息子にはあり得ない。みんなの分も含めて全て俺の胃袋に入った。腹を壊すことはなかったが、屋台で売っている料理はきちんと見極めないと危険だと知った時だ。

 話がずれたが、普通の食事でもそれなりに金がかかり、美味いものを食べたければかなり金がかかるということだ。それに泊まる木賃宿ですらそれなりの値がする。だから貧民街スラムができる。

 食事についてはドラゴネットで大量に作られている麦や野菜を使った。一番安い店ではさすがに肉を贅沢に使うことはできないが、ヴルストソーセージなどを作る際に出る切れ端などを細かく刻んで入れている。

 ハーマンたちは無駄なく肉を削ぎ落とそうとしているが、それでも骨にくっっいていることもある。それらを集めておいて王都で使うことにしている。

 野菜は飲食店用に作られるようになった。ドラゴネットで暮らしている者の中にはかつて貧民街スラムで暮らしていた者もいる。自分たちは新しい生活を手に入れたが、まだ王都の貧民街スラムで生活をしている者たちのために使ってほしいと思い、育てる野菜の量を増やしたそうだ。

 パンについては最初はリリーとイーリスに教わっている者たちが練習として焼いたものが中心になつていた。だが二人の指導が上手なのか比較的失敗が少なかった。それなら王都で用意した方がいいだろうと、飲食店の近くにパン屋を作り、リリーたちの弟子の一部にはそこでパンを焼いてもらうことになった。



◆ ◆ ◆



「ほー、立派な博物館だな」
「横に広げるのではなく五階建てにしました」

 博物館が完成した。早いのは俺とクラースが基本的な部分は建てたからだ。開館はまだだが、今日は特別客として国王陛下とご家族、そして貴族の関係者を招いている。一階から四階に展示室、五階はレストランなどがある。五階は五階でも、周辺の建物よりも一段と高くなっているので、窓から向かいの屋敷しか見えないなんてことはない。

「うむ、立派だ。私はここに入り浸るぞ」
「旦那様、開館はまだでございです」
「少しくらいいいではないか。な、ノルト男爵」

 ツェーデン子爵はいつもと同じようだ。

「エルマー殿、これはガラスではありませんね?」
「ええ、竜の鱗を薄く伸ばしたものです。薄くてもガラスよりも丈夫です。光の反射がないので、中にあるものがよく見えます」
「それは贅沢な使い方ですが、たしかにありと言えばありですね。それに昇降機もいいですね」

 デニス殿は骨董や美術品よりも、この博物館で使われている魔道具に興味があるようだった。

 ある程度の数を展示しようとするとどうしても面積は必要になる。だが無駄に博物館だけ大きくはできないので五階建てにし、階段もあるが昇降機も取り付けた。これで足が悪くて階段がつらい者でも問題ないだろう。

 展示室内は他の美術館や博物館と大きな違いはない。特徴があるとすればレストランだ。

「こちらのレストランでは、マルセル・ハイメンダールの食器を使用したします。ご希望の器でお出ししますが、料理の内容によっては無理な場合もございますが、その際はご容赦ください」
「なお気に入られた食器はそのまま購入していただくことも可能です。本日のところはこちらで選んだ食器を使用いたしますが、どのような食器があるかは壁際に見本がございます」

 ラーエルとアグネスの二人は、最も尊い方々をもてなすということでいつもに増して気合いが入っている。

「当博物館では支援者を募集しています。一定の金額をお支払いいただくことで、その日から一年間は入館が無料になり、またお食事や食器の購入代金について割引きが受けられます」
「後援会に入っていただいた方のみを招待する行事も計画しています。詳細については未定ですが、近日中に決まる予定です」

 この説明をしているのはバルナバスとマルクスの二人で、文化省から出向という形で来てもらっている。結局クラースの家にあった骨董は量が多すぎて調査が追いつかず、とりあえず焼き物のみを調べてもらい、まずはそれを展示することになった。今後二人には調査と並行して展示も担当してもらうことになる。

 二人が来てくれることになったのはツェーデン子爵の紹介ではあるが、実は文化省が現在抱えている問題とも関係している。それは貴族たちの持っていた美術品が多すぎたことだ。

 大公派の貴族が持っていた財貨は国に接収された。それは問題ない。だが集めに集めたその美術品を、一度整理して一覧にし、販売するか展示するか、その調査が追いついていないそうだ。人手が足りないなら在野の研究者を呼べばいいと俺は思うが、王立の博物館や美術館ではそれは難しい。金ではなく立場の問題だそうだ。紹介状の問題だな。

 役人にするためには厳格な身分調査が必要で、それをすると在野の研究者の大半はそこで引っかかって死角を満たさなくなる。ただ優秀な者は多い。彼らを何とか利用できないか。それでうちの博物館に白羽の矢が立った。

 この博物館はあくまで俺が所有している。ここに国が接収した美術品や骨董品を持ち込む。文化庁から調査のための役人が出向し、さらに在野の研究者を雇い入れて合同で調査する。調査が終わったものは一定期間この博物館で展示させてもらい、その後は国に返す。

 こんな面倒なことをするくらいなら役人を雇う際の身分照会をもっと簡単にすればいいと思うが、そうするとおかしな者が入り込む可能性があるので簡単には増やせない。面倒なことだ。

 しかしまあ、今年も何とか無事に半分が終わりそうだ。後半も同じように無事であってもらいたいものだな。
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