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第五章:領主二年目第四部
帰省と家族と新しい町
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「それじゃ、少し帰ってくるわね」
「向こうにしばらくいると思いますが、必ず戻りますので」
「ああ、気をつけてな、二人とも」
領内が落ち着き、ローサとカサンドラが一度里帰りすることになった。カサンドラは家を出てから五〇〇年以上一度も帰っていなかったようなので、帰って結婚の報告をすると言っていた。前から帰るつもりはないと言っていたが、機会があるのなら帰っておいた方がいいだろうと俺が言った。違う大陸の違う国にいるのなら、今後どれだけ親や兄弟姉妹と会えるか分からないからだ。
しかし五〇〇年以上も実家を離れていていきなり戻るというのはどんな気分なのか、俺には全く想像できない。人間なら何世代も変わっているから、自分を知っている者は誰もいないはずだ。そのあたりは長命種と違うところだろうな。
ローサはカサンドラを運ぶついでに一緒に帰省するらしい。何百年か前にも一度帰ったそうだ。そのあたりの感覚が俺には全く分からない。そもそも全力で飛んでいけばそれほど時間はかからないらしい。だが海をいくつも越えるので、船で移動しようとすると相当時間がかかるそうだ。そんな遠いところからカサンドラは来ていたんだな。俺には縁のなさそうな場所だ。
それにしても……ローサはクラースの妻のはずなんだが、クラースと一緒にいるところをほとんど見ない。大抵はこの城にいる。夫婦関係は大丈夫なのかと思ってしまうのは余計なことなんだろうか。あるいはパウラの方に子供ができたから自分は必要ないとか思っていてもおかしくないな。まあそれはお隣のことだ。
さて、ここで逗留していたディオン王たちも帰国した。一度王都サン=エステルまで帰り、年末に自分の退位、そしてリシャール王子の即位の式をしたら、来年からは元エルザス辺境伯領を解体した小さな領地に引っ越す。引っ越したら挨拶に来ると言っていた。また来るのか。
そうしてようやく普段通りのドラゴネットになった。これまでと違うのは赤ん坊たちの泣き声。賑やかなものだ。
「この子たちが大きくなる時には二〇年近くもゴール王国と戦争が続いていたなんて話は聞かないんだろうな」
「そうあってほしいですね」
エルザがセシリアとダニエラをあやしながら言った。
「そういえば、町を増やすと聞きましたが、どこに作るのですか?」
「北だな。俺は西でもいいと思ったが、北の方が便利なんだそうだ」
「北って山の方?」
カレンとアルマが赤ん坊を抱きながら部屋に入ってきた。
「いや、そこまで北じゃない。西から東に向かって何本も川が流れているだろう。ブルーノは一定間隔で川同士を繋ぐことで、盆地の中央部分を網のようにしようと考えているらしい」
見せてもらった図面を見ると、この盆地がチェス盤のように区切られている。山に近い方は魔獣が多いからあまり手を出さず、中央部分をどんどん広げるそうだ。
「それはどういう意味があるんですかっ?」
「ドラゴネットと同じで、城壁で囲みながら町と農地を広げていくのが一つ。他には治水、そして交通のためだな」
盆地の中は魔獣が多いので、町と農地は城壁の中に作るしかない。そうやって少しずつ広げていくつもりらしい。
治水の方は洪水対策だ。ここは雪は少ないが山には降る。そうすると雪解け水が多い。一年を通してそこそこ川の水量が多いから、もし大雨でも降って洪水が起これば北の方の低い土地は水浸しになる。だから川幅を広げ、浚渫し、水は北東方面に流れやすくするそうだ。
もう一つは川を運搬に使うため。幸いなことに凶悪な川の魔物はいない。しかも川幅はそれなりに広く、流れは穏やかだ。だから人や物資の運搬には川を使えばいい。山に近いと川の流れは急になる。だから西よりも北の方が町を作るのには適しているそうだ。
「俺が川底を浚ったり城壁を作ったりする必要があるけどな」
領主は遠慮なく使えと言ったら本当に遠慮なく仕事を割り振ってきた。どうせ町を増やすつもりだから問題ないが、また忙しくなりそうだ。
「ドラゴネットから少し北に同じくらいの大きさの町を作ることになりそうだ」
「そこも二週間で麦が採れるのよね?」
「いや、それはどうしようかと考えているところだ」
「まどろっこしくない?」
「それが普通なんだが」
ドラゴネットの農地は二週間で麦が採れる。だから何人かの貴族とは飢饉の時などの救荒用に売買契約を済ませている。
うちの穀物倉庫は魔道具職人のブリギッタが魔道具に改装したもので、中に入っている麦や芋は古くならない。結局は東町の農地の方にも穀物倉庫や野菜倉庫が増え、順番に消費しているが消費しきれない。余った分は王都で販売したり新街区の飲食店で使ったりしているが、溜まりに溜まっている状態だ。
ただし救荒用として備蓄するのはいいが、運搬手段に問題がある。結局は量と距離の問題があり、俺が異空間に入れて[転移]を使って運ぶしかない。そのためにクラースたちに運んでもらうのも何か違う気がする。
カレンに関しては妻だからということである程度頼むことになるだろうが、義理の両親をあまり荷物運びに使うのはどうかと思う。先日もゴール王国の護衛たちを国境近くまで運んでもらったばかりだ。
ちなみにカレンはハイデで麦刈りを見た後、ドラゴネットの麦しか見ていない。麦というのは秋の終わりに蒔いて次の秋の初めに刈る、長い期間をかけて育てる作物だという実感がほとんどない。
ここは野菜でも何でも育つのが早い。だが気を抜くととんでもないことになりそうだから、常に収穫時期には気をつけないといけない。実はそれはそれで気が抜けないということでもある。ただし放っておいたからといって麦畑から溢れるようなことにはならないそうだ。
落ちた分を勝手に回収してくれる魔道具があれば楽なんだろうが、うちの農民たちは働くのが生きがいだからな。魔道具で仕事が楽になったらもっと農地を広げてほしいと言いかねない。元気が良すぎるのも考えものだ。
「向こうにしばらくいると思いますが、必ず戻りますので」
「ああ、気をつけてな、二人とも」
領内が落ち着き、ローサとカサンドラが一度里帰りすることになった。カサンドラは家を出てから五〇〇年以上一度も帰っていなかったようなので、帰って結婚の報告をすると言っていた。前から帰るつもりはないと言っていたが、機会があるのなら帰っておいた方がいいだろうと俺が言った。違う大陸の違う国にいるのなら、今後どれだけ親や兄弟姉妹と会えるか分からないからだ。
しかし五〇〇年以上も実家を離れていていきなり戻るというのはどんな気分なのか、俺には全く想像できない。人間なら何世代も変わっているから、自分を知っている者は誰もいないはずだ。そのあたりは長命種と違うところだろうな。
ローサはカサンドラを運ぶついでに一緒に帰省するらしい。何百年か前にも一度帰ったそうだ。そのあたりの感覚が俺には全く分からない。そもそも全力で飛んでいけばそれほど時間はかからないらしい。だが海をいくつも越えるので、船で移動しようとすると相当時間がかかるそうだ。そんな遠いところからカサンドラは来ていたんだな。俺には縁のなさそうな場所だ。
それにしても……ローサはクラースの妻のはずなんだが、クラースと一緒にいるところをほとんど見ない。大抵はこの城にいる。夫婦関係は大丈夫なのかと思ってしまうのは余計なことなんだろうか。あるいはパウラの方に子供ができたから自分は必要ないとか思っていてもおかしくないな。まあそれはお隣のことだ。
さて、ここで逗留していたディオン王たちも帰国した。一度王都サン=エステルまで帰り、年末に自分の退位、そしてリシャール王子の即位の式をしたら、来年からは元エルザス辺境伯領を解体した小さな領地に引っ越す。引っ越したら挨拶に来ると言っていた。また来るのか。
そうしてようやく普段通りのドラゴネットになった。これまでと違うのは赤ん坊たちの泣き声。賑やかなものだ。
「この子たちが大きくなる時には二〇年近くもゴール王国と戦争が続いていたなんて話は聞かないんだろうな」
「そうあってほしいですね」
エルザがセシリアとダニエラをあやしながら言った。
「そういえば、町を増やすと聞きましたが、どこに作るのですか?」
「北だな。俺は西でもいいと思ったが、北の方が便利なんだそうだ」
「北って山の方?」
カレンとアルマが赤ん坊を抱きながら部屋に入ってきた。
「いや、そこまで北じゃない。西から東に向かって何本も川が流れているだろう。ブルーノは一定間隔で川同士を繋ぐことで、盆地の中央部分を網のようにしようと考えているらしい」
見せてもらった図面を見ると、この盆地がチェス盤のように区切られている。山に近い方は魔獣が多いからあまり手を出さず、中央部分をどんどん広げるそうだ。
「それはどういう意味があるんですかっ?」
「ドラゴネットと同じで、城壁で囲みながら町と農地を広げていくのが一つ。他には治水、そして交通のためだな」
盆地の中は魔獣が多いので、町と農地は城壁の中に作るしかない。そうやって少しずつ広げていくつもりらしい。
治水の方は洪水対策だ。ここは雪は少ないが山には降る。そうすると雪解け水が多い。一年を通してそこそこ川の水量が多いから、もし大雨でも降って洪水が起これば北の方の低い土地は水浸しになる。だから川幅を広げ、浚渫し、水は北東方面に流れやすくするそうだ。
もう一つは川を運搬に使うため。幸いなことに凶悪な川の魔物はいない。しかも川幅はそれなりに広く、流れは穏やかだ。だから人や物資の運搬には川を使えばいい。山に近いと川の流れは急になる。だから西よりも北の方が町を作るのには適しているそうだ。
「俺が川底を浚ったり城壁を作ったりする必要があるけどな」
領主は遠慮なく使えと言ったら本当に遠慮なく仕事を割り振ってきた。どうせ町を増やすつもりだから問題ないが、また忙しくなりそうだ。
「ドラゴネットから少し北に同じくらいの大きさの町を作ることになりそうだ」
「そこも二週間で麦が採れるのよね?」
「いや、それはどうしようかと考えているところだ」
「まどろっこしくない?」
「それが普通なんだが」
ドラゴネットの農地は二週間で麦が採れる。だから何人かの貴族とは飢饉の時などの救荒用に売買契約を済ませている。
うちの穀物倉庫は魔道具職人のブリギッタが魔道具に改装したもので、中に入っている麦や芋は古くならない。結局は東町の農地の方にも穀物倉庫や野菜倉庫が増え、順番に消費しているが消費しきれない。余った分は王都で販売したり新街区の飲食店で使ったりしているが、溜まりに溜まっている状態だ。
ただし救荒用として備蓄するのはいいが、運搬手段に問題がある。結局は量と距離の問題があり、俺が異空間に入れて[転移]を使って運ぶしかない。そのためにクラースたちに運んでもらうのも何か違う気がする。
カレンに関しては妻だからということである程度頼むことになるだろうが、義理の両親をあまり荷物運びに使うのはどうかと思う。先日もゴール王国の護衛たちを国境近くまで運んでもらったばかりだ。
ちなみにカレンはハイデで麦刈りを見た後、ドラゴネットの麦しか見ていない。麦というのは秋の終わりに蒔いて次の秋の初めに刈る、長い期間をかけて育てる作物だという実感がほとんどない。
ここは野菜でも何でも育つのが早い。だが気を抜くととんでもないことになりそうだから、常に収穫時期には気をつけないといけない。実はそれはそれで気が抜けないということでもある。ただし放っておいたからといって麦畑から溢れるようなことにはならないそうだ。
落ちた分を勝手に回収してくれる魔道具があれば楽なんだろうが、うちの農民たちは働くのが生きがいだからな。魔道具で仕事が楽になったらもっと農地を広げてほしいと言いかねない。元気が良すぎるのも考えものだ。
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