ドラゴネット興隆記

椎井瑛弥

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第四章:領主二年目第三部

盆地についての謎

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「エルマー君は恩師使いが荒いですからね」

 そう言いながらも嬉々として森の方へ向かっていくのは職人たちの護衛の指南役をしているエラ・カペル。恩師と呼べるかどうかはともかく、軍学校時代の教師であることは間違いない。実家が大公派であることで軍学校を首になり、ここへ来れば仕事があるだろうとやって来た、小柄ながらも図々しい元教師だ。

 そのエラだが、調査隊の護衛を鍛えるという仕事は十分に務めている。護衛たちはずいぶんと怪我が減ったようだ。さらにダニエルとヨーゼフとブリギッタが馬に使う疲労軽減の魔道具を作ってくれたので、行動範囲が広がっている。たまにクラースやパウラが同行して、調査隊を[転移]で連れて帰ってくれるので、思った以上に遠くまで行けるようになっているらしい。

 この領地は周囲を山に囲まれた盆地になっているが、山頂を線で結ぶと、およそ直径二五〇キロの円状になるようだ。アルマン王国のどの貴族領よりも大きい。そうは言っても実際に使っているのは南の端にあるごく一部だけだが。

 どうしてこのような形になっているのかが分からないが、クラースが言うには、おそらく何らかの爆発が起きた可能性があるということだった。クラースがここに来た時にはすでにこのような状態だったそうだ。

 爆発があったとすれば領地が危険なことになるかもしれないと思ったが、火山などではなく魔法的な爆発ではないかということだった。つまり遠い昔に盆地の中心部で大きな爆発があり、その場所にあった土が吹き飛ばされて周囲の山を作った可能性があると。

 なぜそういうことが言えるかというと、あまりにも丸すぎる、底が平らすぎる、そしてここだけが凹んでいるからということだった。爆発と言っても地面が大きくえぐられたわけではなく、表面が薄く削られるように吹き飛ばされて周囲に寄せられたのではないかとクラースは言った。

 正直なところ、二五〇キロを吹き飛ばす力なんて想像できないが、可能は可能だそうだ。それは魔石が関係するらしい。

 魔石は主に魔獣に存在する。魔物にはなぜか存在しない。クラースが知っていることとしては、二本足で頭がいい魔物は、姿勢を保つためにも力を使う必要があり、思った以上にそこに魔力を使うらしい。人間に魔石がないのも同じだそうだ。魔獣は四本足で歩き、頭はあまり良くない。だから余分な魔力が魔石になるらしい。

 ちなみに竜くらい魔力が多いと、頭の善し悪しに関係なく魔石ができるらしい。魔石は頭か心臓のところにできると。

 その魔石だが、魔力を蓄えたものなので、壊そうとすると爆発することがある。だから穴を掘るのに使われることもあるそうだ。その威力は魔石に蓄えられた魔力によって威力が変わるらしいので、大きな魔石にしっかりと魔力を蓄えれば、大穴を開けることも可能だそうだ。ただし普通はもったいないのでそのようなことはしない。

 魔石は魔力を込めすぎると割れることがあるが、その場合はヒビから漏れて散ってしまうらしいので、爆発は起こらないらしい。今まで何回か割ってしまったが、爆発しなかったのはそういうことらしい。

 そう考えると、かつてこの地に途轍もなく大きな魔石を持つ魔獣がいて、何らかの事情によりその魔石が破壊されてこの一帯が消し飛んだ。そしてそれから時が経って川が流れ、植物が生え、魔獣が戻ってきた。そうなったのではないかと。

 この国を真上から見ると、半円の少し上に小さな円があるように見えるらしい。ローサは「すすきに月」と言っていたが、どうやらすすきの生えた丸い山の上に月が昇っている絵があるらしい。

 ちなみにこの盆地から北へ向かうと、海岸線まで何千キロも山が続いているそうだ。西を見ても数百キロ、東を見ても数百キロはそうらしい。アルマン王国はこのあたりでも一番北にある国だが、何かの都合でそのさらに北で爆発があったのかもしれないと。

 そしてこの盆地の生態について、クラースとパウラとローサも交えて意見交換会が行われた。

 まず魔獣とは野生の獣が魔力の影響で魔物化したもの。それ以外は魔物になる。このあたりは俺の知っていたことと同じだった。

「クラース、盆地には魔物はいないよな?」
「ほとんど見かけないな。北の山裾あたりにはいくらでもいるが」
「盆地より南にはゴブリンやオークしかいないぞ」
「アルマン王国もゴール王国もあれから見てみたけど、弱い魔物しかいなかったわね。魔獣は盆地の中だけ?」
「やっぱりローサもそう思ったか。盆地の外にも多少は魔獣はいたが、ここほど多くはなかった」

 俺は子供の頃に住んでいたハイデの場所を示しながら言った。

「魔物は魔獣に比べると頭がいいですからね。ある程度強い魔物は縄張りを作ってそこから出ませんし、弱い魔物は私たちを恐れて離れるのでは?」
「だがそれなら盆地の中でよくないか? ゴブリンやオークは盆地の南にはいても中にはほとんどいないんだが」
「おそらく魔獣のエサになっている可能性があります。たまに死骸はありますよ」
「なるほど。いることはいるのか」

 ドラゴネットを作ってからは、俺は見たことがなかったはずだ。狩りに出かけることもなくなったからな。

「ええ。ゴブリン、オーク、オーガ、トロルあたりは見かけました」
「あれじゃない? 自分で自分の身を守れるレベルの魔物は盆地の北で縄張りを作って、盆地の中に入ったら魔獣に襲われて、逃げ出した魔物のうちで生き残れたものが盆地の南へ行っていると」
「なるほど。そうやって南へと行くこともあり得るわけか」

 弱肉強食ではなく、適者生存に近いか。その環境に適合できるものだけが残ったと。

「クラース、一つだけ気になっていたんだが、ペガサスは魔獣じゃなくて魔物なのか?」
「人の分け方としては魔物になる。獣が魔力の影響で巨大化したものが魔獣で、それ以外が魔物だからな。ちなみにペガサスには魔石がない。魔法を使うから消費されるのだろう」
「なるほど。馬に羽があるだけじゃないのか」
「逆の可能性もあるそうだ。ペガサスが羽を失い、魔法を失い、知恵を失い、獣に成り下がったのが馬だと」
「それは聞いたことがなかったな」

 もしかしたら以前父や俺が乗っていたヴィムや今のロンブスが、実はペガサスの末裔だったとしたらそれはそれで面白いな。
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