ドラゴネット興隆記

椎井瑛弥

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第四章:領主二年目第三部

二人の国王(三)

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 いきなり退位の話が出たので多少はざわついたが、カミル陛下が手で制して収まった。

「話は分かったが、その年でもう引きこもるのか?」
「いや、余にも多少は欲があってな。娘が見つかったのなら、今までより近い場所に住みたいと思うようになった」
「は? まさか、この国に来るのではないだろうな?」

 カミル陛下が驚いたように聞く。ディオン王の性格ならそう言い出してもおかしくはない。俺の目の前で王位を投げ出したからなあ。

「さすがにそれはない」

 ディオン王は苦笑いをしながら答えた。

「エルザス辺境伯領は先日全て差し押さえた。近いうちに解体し、八つほどに分けることになった」
「なるほど、その一つに引っ越すつもりだな」
「そうだ。王位は息子のリシャールに任せ、余は一代限りの大公として小さな領地を治める。領地の広さは男爵領からせいぜい小さな子爵領くらいだ」

 国の一番端か。一番影響力を考えなくてもいい場所だろう。戦争さえないのならのんびりできる場所だ。しかも関係が修復すれば悪い場所ではないはずだ。今後は行き来も増えるだろう。

「国境近くなら中央への影響を考えなくてもいいということだな」
「うむ、それもあるが、もう一つ理由があってな」
「もう一つ?」
「ああ、我が娘を娶った男に、いずれはその領地を譲ろうと思う」

 ディオン王はそんなことを言って俺の方を見た。

 待て。そんな話は聞いていない。みんなが俺を見ているだろう。そう言いたいが、さすがに国王同士の話し合いに口を挟むのは非礼になる。そもそもすでに嫁いだ娘がいただろう。そっちに譲ってくれ。

「ちょっと待て、ノルト男爵はやらんぞ。今後は国の柱になる。今でも政務官で、息子の代の宰相候補だ」
「それならお前のところも国境近くに一つ領地を用意すればいいだろう。それぞれの国境の近くに領地を持たせればいい」
「ん? んん? ああ、なるほどな。橋渡しか」

 国王同士ではなく旧友同士の話し方になってないか? 宰相も少し困った顔をしている。困る前に、勝手に話を進めるなと言ってくれ。

「そうだ。こっちの領地とそっち領地の間は国境以外は何もないが、いくつか町を作って埋めればいいだろう。少々形はいびつだが、それなりの規模の領地になる」
「そう言えば、マルクブルク辺境伯もノルト男爵に礼がしたいと言っていたな。娘か金か土地かと言っていた。今後戦争をしなくていいのなら町の一つや二つくらいは喜んで割譲するだろう」

 まだ娘を押しつけるのを諦めていなかったのか? 俺は何度も断ったぞ。失礼な言い方だが、娘を押し付けられるなら金の方がまだマシだ。

「陛下、ノルト男爵が困った顔をしていますので、そろそろ話を戻していただければと」
「おお、すまんすまん。ノルト男爵、すぐにどうこうという話ではない。いずれのことだ」
「いえ、いずれでも困るのですが」

 思わず口を出してしまった。領地が増えて喜ばない貴族はいないだろうが、国の一番北と南を貰うなんてことはまずないだろう。飛び地というのはないことではないが、そこまで極端な飛び地はないはずだ。[転移]を使えば移動はできるが、それ前提で領主をするのもおかしい。

 それに国境の両側に領地を貰っても、間はそれなりに離れている。一〇キロ二〇キロどころではない。無理やり繋げばヴルストソーセージのように細長い領地になりそうだ。

「ノルト男爵、いずれにせよ両国から何かしらの礼はせねばならん。うちのナターリエ、ゴール王国のエルザ、両国の王女を娶っているわけだからな」
「それは確かにそうですが」
「それにゴール王国は一人だが実質うちは二人だ」
「何っ? カミル、余はそんな話は聞いていないぞ」
「うむ。実は隠し子がいたが、それが彼に第三夫人として嫁いでいる。エルザと同時期で、もうじきそちらにも子供が生まれるようだ」

 また広間がざわつく。今度は公の場で失言か?

「それならうちはレティシアも付ける。エルザと同じ顔だから問題ないだろう」

 数と顔の問題じゃないだろう。これ以上話を続けると、さらにボロが出るぞ。そう思って宰相の方を見ると、諦めてくれと言わんばかりに首を横に振られた。

「陛下、そろそろ話を切り上げませんと、王妃殿下に怒られますよ」

 さすがにそろそろ勘弁してもらいたいので、また口を挟んだ。

「おお、それは勘弁願いたい。ディオン、この件はとりあえずまた後ほどな」
「うむ、時間はあるだろう。ゆっくり話を詰めようではないか」

 何とかなったか。だがこんな場所で隠し子のことを口にしたわけだから、王妃殿下に怒られるのは間違いないだろう。
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