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第四章:領主二年目第三部
二人の国王(一)
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「ではよろしくお願いいたします」
「了解したと陛下にお伝えいただきたい」
連絡を済ませると役人は帰っていった。何の連絡かと言えば、近々ゴール王国のディオン王がこっちに来るという連絡が届いたので、俺にその対面に参加してほしいということだった。予定通りと言えば予定通りだ。それにディオン王から頼まれているのでそれは問題ない。
大きな問題はないが、本来そのような役割はもっと上の貴族がするはずだ。政務官の役職を貰っていると言っても、たかが男爵が国と国との大きな話し合いで執り成しをすることなど本来はあり得ない。大使を務めるのは伯爵だ。だが俺は大使としてゴール王国に出かけた際にディオン王から直接頼まれ、先ほどはその件でもカミル陛下から確認されたので、ディオン王が陛下に伝えたに違いない。
まあ執り成しと言っても側に控えるくらいだが、それでも目立つのは目立つ。俺は目立ちたいわけではない。これまで目立っていいことがなかったからだ。
◆ ◆ ◆
そうこうしているうちにその日になった。
「出自が分かったので仕方がないのも分かりますけど……私は必要ですか? あらためて考えれば、私はいなくてもいいのではないかと」
「ディオン王からお願いされている。それに孝行できるのは親が生きている間だ。死んでしまえばやりたくてもやれないからな」
「……そうですね。親がいるという実感がないのが問題ですけど」
エルザは困った顔でそう言った。少し前までは親のことなど全く気にしていなかったが、ジョゼフィーヌと知り合ってからはずっと気にしていた。そして望んでいなかったかもしれないが、ゴール王国の王女だと分かった。
……親か。もし父と母が生きていたら……今の俺を見てどう思うだろうか? よくやっていると思ってくれるか、それとももっとしっかりやれと叱責されるか。
俺は全部自分の力でやろうなんて考えてはいない。そんなことは不可能だとは分かっている。だがあまりにも自分以外を頼りすぎるのは問題じゃないかとも思う。特にクラースとパウラとローサ。カレンは妻だからある程度は頼るとして、本来クラースたちは頼ってはいけないのではないかとも思う。
ローサからは『立っている者は親でも使え』という言葉を教えてもらった。誰かに何かを頼む時には、座っている者に頼むよりも立っている者に頼む方が手っ取り早いということだそうだ。『必要は老人をも走らせる』という言い方はある。それに近いか。
いや、俺の親のことを思い返しても仕方がない。考えるべきはエルザの生きている親の方だ。
「それでも親は親だ。とりあえず王城には連れていくが、謁見の間にいる必要はないだろう。控え室で待っていてくれ。ディオン王と個人的な話もあるはずだ」
「はい。それでお願いします」
俺はエルザを連れて王都の屋敷に移動し、そこから馬車で王城に向かった。
王城に着くと、女官たちが腹の大きなエルザに気を遣って万が一に備えていた。俺の妻というよりも、ディオン王の娘だということが伝えられているのだろう。
それから役人の指示に従って貴賓室に案内されると、そこにはディオン王だけではなくてオマケもいた。
「おお、ノルト男爵、手間をかけさせてすまない」
「いえ、手間というほどでもありませんが、どうしてレティシア殿下とジョゼフィーヌが?」
「あら、お義兄様、義理の妹であるこの私を殿下とは、あまりにも他人行儀ではありませんか? さすがに私も少々機嫌を損ねてしましますよ?」
「他人行儀も何も……」
エルザの双子の妹だから義理の妹になるのかもしれないが、向こうは王族、こちらはその隣の国の下級貴族。身分が違う。そしてエルザと同じ口調で令嬢っぽい話し方をされると微妙な違和感がある。令嬢ではなくて王女だが。
「ノルト男爵、ちょっとこっちへ」
俺はディオン王に端へと引っ張られた。その瞬間にレティシア王女がエルザに抱きついていた。
「男爵、レティシアは姉と会えるのをずっと願っていた。そしてようやく会えた。あの時の喜びようはなかなか大変なものだったが」
「そうですね。かなり声が上ずっていましたね」
「だがエルザがアルマン王国に戻ってから、次はいつ会えるのかと煩くてな。つい懇願に負けて連れてきてしまった」
「生き別れの姉ですからね。それは仕方ないとは思います」
「それで申し訳ないが、しばらくそちらで面倒を見てやってほしい」
は?
「面倒ですか」
「姉と一緒にいたいそうだ。しばらくの間エルザの近くに置いてやってもらえないだろうか」
「近くにですか。それは領地の方でということですか?」
「そうだ。一度連れていって、エルザの暮らしぶりを見せてやってほしい」
「まあ陛下の方で問題がないのでしたら」
いいのか? 姉の近くにいたいとか子供じゃあるまいし……と思ったが、小さい頃から聞かされていた、会えるかどうかも分からなかった生き別れの姉か……。まあいいか。
「それでジョゼフィーヌが付き人ですか」
視線を戻すと、レティシア王女がエルザに抱きつき、それをジョゼフィーヌが気遣っているのが目に入った。
「いや、ジョゼフィーヌはヴァジ男爵から預かって連れてきた」
「預かって?」
「ああ。これは彼からの書簡だ。男爵に直接手渡してほしいと。娘の将来の話だと」
「嫌な気しかしませんが拝見します」
俺はその手紙を開け、一枚目に目を通した瞬間に目眩を覚えた。
「了解したと陛下にお伝えいただきたい」
連絡を済ませると役人は帰っていった。何の連絡かと言えば、近々ゴール王国のディオン王がこっちに来るという連絡が届いたので、俺にその対面に参加してほしいということだった。予定通りと言えば予定通りだ。それにディオン王から頼まれているのでそれは問題ない。
大きな問題はないが、本来そのような役割はもっと上の貴族がするはずだ。政務官の役職を貰っていると言っても、たかが男爵が国と国との大きな話し合いで執り成しをすることなど本来はあり得ない。大使を務めるのは伯爵だ。だが俺は大使としてゴール王国に出かけた際にディオン王から直接頼まれ、先ほどはその件でもカミル陛下から確認されたので、ディオン王が陛下に伝えたに違いない。
まあ執り成しと言っても側に控えるくらいだが、それでも目立つのは目立つ。俺は目立ちたいわけではない。これまで目立っていいことがなかったからだ。
◆ ◆ ◆
そうこうしているうちにその日になった。
「出自が分かったので仕方がないのも分かりますけど……私は必要ですか? あらためて考えれば、私はいなくてもいいのではないかと」
「ディオン王からお願いされている。それに孝行できるのは親が生きている間だ。死んでしまえばやりたくてもやれないからな」
「……そうですね。親がいるという実感がないのが問題ですけど」
エルザは困った顔でそう言った。少し前までは親のことなど全く気にしていなかったが、ジョゼフィーヌと知り合ってからはずっと気にしていた。そして望んでいなかったかもしれないが、ゴール王国の王女だと分かった。
……親か。もし父と母が生きていたら……今の俺を見てどう思うだろうか? よくやっていると思ってくれるか、それとももっとしっかりやれと叱責されるか。
俺は全部自分の力でやろうなんて考えてはいない。そんなことは不可能だとは分かっている。だがあまりにも自分以外を頼りすぎるのは問題じゃないかとも思う。特にクラースとパウラとローサ。カレンは妻だからある程度は頼るとして、本来クラースたちは頼ってはいけないのではないかとも思う。
ローサからは『立っている者は親でも使え』という言葉を教えてもらった。誰かに何かを頼む時には、座っている者に頼むよりも立っている者に頼む方が手っ取り早いということだそうだ。『必要は老人をも走らせる』という言い方はある。それに近いか。
いや、俺の親のことを思い返しても仕方がない。考えるべきはエルザの生きている親の方だ。
「それでも親は親だ。とりあえず王城には連れていくが、謁見の間にいる必要はないだろう。控え室で待っていてくれ。ディオン王と個人的な話もあるはずだ」
「はい。それでお願いします」
俺はエルザを連れて王都の屋敷に移動し、そこから馬車で王城に向かった。
王城に着くと、女官たちが腹の大きなエルザに気を遣って万が一に備えていた。俺の妻というよりも、ディオン王の娘だということが伝えられているのだろう。
それから役人の指示に従って貴賓室に案内されると、そこにはディオン王だけではなくてオマケもいた。
「おお、ノルト男爵、手間をかけさせてすまない」
「いえ、手間というほどでもありませんが、どうしてレティシア殿下とジョゼフィーヌが?」
「あら、お義兄様、義理の妹であるこの私を殿下とは、あまりにも他人行儀ではありませんか? さすがに私も少々機嫌を損ねてしましますよ?」
「他人行儀も何も……」
エルザの双子の妹だから義理の妹になるのかもしれないが、向こうは王族、こちらはその隣の国の下級貴族。身分が違う。そしてエルザと同じ口調で令嬢っぽい話し方をされると微妙な違和感がある。令嬢ではなくて王女だが。
「ノルト男爵、ちょっとこっちへ」
俺はディオン王に端へと引っ張られた。その瞬間にレティシア王女がエルザに抱きついていた。
「男爵、レティシアは姉と会えるのをずっと願っていた。そしてようやく会えた。あの時の喜びようはなかなか大変なものだったが」
「そうですね。かなり声が上ずっていましたね」
「だがエルザがアルマン王国に戻ってから、次はいつ会えるのかと煩くてな。つい懇願に負けて連れてきてしまった」
「生き別れの姉ですからね。それは仕方ないとは思います」
「それで申し訳ないが、しばらくそちらで面倒を見てやってほしい」
は?
「面倒ですか」
「姉と一緒にいたいそうだ。しばらくの間エルザの近くに置いてやってもらえないだろうか」
「近くにですか。それは領地の方でということですか?」
「そうだ。一度連れていって、エルザの暮らしぶりを見せてやってほしい」
「まあ陛下の方で問題がないのでしたら」
いいのか? 姉の近くにいたいとか子供じゃあるまいし……と思ったが、小さい頃から聞かされていた、会えるかどうかも分からなかった生き別れの姉か……。まあいいか。
「それでジョゼフィーヌが付き人ですか」
視線を戻すと、レティシア王女がエルザに抱きつき、それをジョゼフィーヌが気遣っているのが目に入った。
「いや、ジョゼフィーヌはヴァジ男爵から預かって連れてきた」
「預かって?」
「ああ。これは彼からの書簡だ。男爵に直接手渡してほしいと。娘の将来の話だと」
「嫌な気しかしませんが拝見します」
俺はその手紙を開け、一枚目に目を通した瞬間に目眩を覚えた。
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