ドラゴネット興隆記

椎井瑛弥

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第三章:領主二年目第二部

寄り道と王城での報告

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「ねえ、時間があるなら遊んで帰りましょうよ」

 俺にそう言ったのは人妻だ。知らない人が聞けば勘違いしそうな誘い文句だな。

「終わったからいいとして、移動はどうするんだ?」

 行きはサン=サージュとサン=エステルにしか入らなかった。どうやらローサはそれでは不満のようだ。

「エルマーは[移動]って魔法は知らない?」
「[移動]? [転移]じゃなくてか?」
「そう、[移動]。目に見える範囲にパッと移動する魔法」

 ローサによると、[移動]という魔法は[転移]の簡略版と言えばいいのか劣化版と言えばいいのか。[転移]は一度行ったことのある場所を指定して移動できる。[移動]は視界に入った場所にのみ移動できる。劣化版は言い方が悪いか。相互補完のような形だな。

 もしかしたら始めてカレンに会った時、いきなり目の前に現れたのがそれだったのかもしれない。いや、カレンは魔法は使えなかったから、あれも竜の持つ力か。

「エルマーの[転移]はそもそも竜の力と魔法の[転移]が混ざってるみたいだから普通とはちょっと違うけど、要するに[移動]なら視界の端まで移動できるってわけ」
「それを使ってローサが運んでくれると」
「エルマーができればそれが一番いいと思うけど、今日は私が運ぶわ。[転移]と同じで二人までなら運べるから。

 エルザは昨日のうちにドラゴネットに帰した。先にカレンたちに簡単に事情を説明してもらい、それから体を休めてもらうことにした。ここにいるのは俺とローサとヘルガのみ。

「数日程度遅れても影響はないな。ヘルガもそれでいいか?」
「はい、もちろんです。まだ旦那様と一緒にいられますからね」

 ヘルガが俺の腕を取って自分の腕に絡ませる。

「熱いわねえ」
「ローサだってクラースと仲がいいだろう」
「まあね」

 大人しめのパウラと元気のいいローサ。

「私はいいけど、パウラはもうちょっと弾けてもいいと思うのよ」
「弾けたパウラはパウラじゃないだろう」

 お嬢様っぽいパウラがいきなりはっちゃけたらみんなが驚くぞ。

 クラースはのんびりして物怖じせず、堂々としている。だが酒を飲むと陽気になってたまに口が軽くなる。空を飛びながら火を噴いて、山向こうにあるエクセンの住民たちが不安がったこともあった。

 パウラはお嬢様然とした外見で、騒いだり焦ったりするのを見たことはない。だが怒らせると怖いそうだ。ローサは軽い話し方をするが、軽薄とかそのような感じではない。少し言葉遣いが問題なことはあるが。先ほどの「遊んで帰る」発言とかな。

 カレンはパウラとローサのちょうど二人の中間だろうか。見た目はパウラ寄りで、中身はローサに近い。俺よりも若いから今でも社会勉強中だ。いずれもっと色々な場所に連れていってやりたいと思う。

「それじゃそろそろ入るか」
「冒険者ってのも乙なものね」
「普段しないことをするのはワクワクしますね」

 自由に動くなら貴族じゃなくて冒険者だろうということで、王都にいる間に三人で冒険者として登録し、そうやって町に入ることにした。

 それから三日かけて俺たちは王都ヴァーデンに戻った。そこからローサとヘルガにはそのままドラゴネットに戻ってもらった。俺は大使としての仕事が終わったと陛下に報告するために王城へ向かった。



◆ ◆ ◆



「こちらがディオン王からの書簡になります」
「ご苦労だった」

 俺が陛下に書状を渡すと、陛下はその場で読み始めた。そして一つため息をついた。

「ふう。なるほどな。ノルト男爵、ディオン王たちと話をしてどう思った?」
「この件については、お二人ともかなり後悔されていらっしゃいました。特に両国の将兵に犠牲が出たことについて謝罪したいと言っておられました」
「だろうなあ。聞いているとは思うがディオン王は退位すると書いてある。年も余よりも少し上だが大きくは変わらんだろう。余もそのうちレオナルトに譲るつもりだが」

 生前に国王が王太子に王位を譲るのはおかしなことではない。だがまだ若いうちに譲るのはそれほど多くはないと聞いている。国王が六〇から七〇の間、王太子が四〇から五〇の間で国王になるのが多いらしい。それよりも一世代若いのは若すぎると俺は思う。

「何にせよ男爵には色々と迷惑をかけた。レオナルトの希望で政務官になってもらった上に、あれは貧民街スラムの件で無理を言ったようだからな。しばらくは余とあれの方からは無理を言うつもりはない。領地の方でゆっくりしてくれ」
「はい。ありがとうございます」

 陛下の執務室を出て王城の通路を歩く。行き交う役人たちが俺を見て頭を下げる。こちらも軽く手を上げて返事をする。俺も偉くなったものだ。王城に入るたびに毎回そう思う。この違和感はそう簡単にはなくならないのだろうな。

 初めて入ったのはレオナルト殿下の誕生パーティーの時。あの時は場違い感がひどかった。周りからの視線も「準男爵の息子ごときがなぜいる?」とか「さっさと出て行け」というものが多かった。

 ご令嬢たちがせっかくめかし込んでやって来たのに、殿下は俺に近づいてきた。公式のパーティーでは目下から目上に話しかけるのは非常に失礼なことなので、令嬢たちから殿下に声をかけることはできない。殿下から声がかかるのを待つしかない。そんな中で準男爵の息子にすぎない俺が長々と殿下と話をしていたから、視線が矢のように突き刺さる突き刺さる。あれはむしろ槍だったか。殿下が離れると、俺は胃袋にご馳走を詰められるだけ詰めて帰った。

 次は殿下の親衛隊長を任命された時だった。あの頃はまだ大公派が王城内にも多かったから、相変わらず居心地が悪かった。そして軍学校で殿下の同期だったというだけで親衛隊長を任された俺に対する風当たりもそれなりに強かった。あの時は百騎長のロルフとハインツ、そして百人隊長のヴァルターがよく動いてくれた。何人かはどうしようもないのがいたが、大半は真面目に動いてくれた。

 戦闘が始まる前に「危なくなったら兵を逃して自分も逃げろ」と指示していたのがよかったのか、あの戦争が終わって死んだ部下は思ったよりも少なかった。指揮系統が滅茶苦茶だったので戦場でちりぢりになったが、何だかんだで無事に帰ってきたらしい。あまり連絡は取れていないが、百騎長と百人隊長をしていた二〇人のうち、一二、三人は男爵や準男爵になったそうだ。その中には先ほどの三人も含まれる。

 そんな面倒ごとも大公派がいなくなって一掃された。そして今後はゴール王国との戦争も起きなくなるだろう。そうなれば国は安定に向かうだろう。貴族が減り、様々な場所で人手が足りない。今は色々なところから人手をかき集めているそうだ。貴族の次男や三男などが貴族待遇で取り立てられて役人になったりもするだろう。

 ゴール王国との国境付近は戦争のせいで空白地帯になっているが、いずれはあのあたりにも領地ができるかもしれない。時間はかかるだろうが、いい方向へ向かっていくだろう。
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