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第四章:領主二年目第三部
人徳?
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「いやあ、ノルト男爵、さすがですなあ」
「ああ、ツェーデン子爵。何がさすがか分かりませんよ。さすがに疲れましたが」
いやいや、本当に疲れた。一番近くで失言を聞かされるとな。今頃陛下はどうなっているのか。顔が腫れ上がらないといいな。
「いえいえ、とうの昔に両国の姫を妻になさっていたとは。そのような筋書きはこのアルノー・キュンストラー、どんな芝居でも見たことがありませんな」
「こういう言い方をすると誤解を与えてしまうかもしれませんが、姫を娶ったのではなく、娶ったら姫だったことが分かっただけです」
アルマしかりエルザしかり。ナターリエは別だが。
「ははは。まあこれもノルト男爵の人徳でしょう。欲がないほど人も財貨も集まると言われます。私には芸術については欲まみれですので無理ですが」
「人徳ですか……」
俺に人徳がそんなにあるか? 人を騙さない、悪いことはしない、それは父から叩き込まれたことだ。俺も人間だから人並みに欲はあるが、育ちが育ちだけに贅沢にはそれほど興味がない。
美味いものを食べたいとは思うが、それは「不味いものよりも美味いもの」という意味であって、誰も口にしたことがないような、世界中のありとあらゆる珍味を口にしたいなどとは思わない。
服は貴族として恥ずかしくない服装なら問題ないと思っているので、それほどたくさんは持っていない。アメリアたちが何着か仕立ててくれたが、それで十分だ。それにヒラヒラの付いた派手な服には興味がない。
女性関係は……妻たちは美人だな。それは羨ましがられるかもしれない。意図して集めたわけではないが、愛人たちも美人ばかりだ。そちらの欲は人並み以上にあるかもしれない。することはしているからな。
「例えばその上着など、男爵はさらっと着こなしているようですが、背丈がなければ映えないでしょう」
「これですか? これはうちの職人たちが作ってくれたものですね。私は服にはこだわりがありませんので、いつも任せっぱなしです」
「それなら職人の腕がいいのでしょうなあ。男爵の背の高さを引き立てるように仕立てられているようですから」
今回着ている服は全てアメリアが用意してくれたものだ。今は場所が場所なので正装をしている。どちらかと言えば飾り気の少ない礼服で、形や色合いは軍服に近いだろうか。
俺は背が高いので、キラキラした装飾の付いた貴族服は似合わないこと夥しい。ただでさえ怖がられることがあるのに、さらに威圧感まで出てしまう。それよりも地味な方が落ち着く。
アメリアは「装飾が少ない服の方がエルマー様には絶対に似合います」と言ってこれを仕立ててくれた。俺よりも服に関しては詳しいから完全に任せているが、採寸のたびに抱きつかれ、そのままベッドに行くとこが多かった。採寸だけで五日ほどかかったか。
アメリアは染織を仕事にしていたが、仕立てはやっていなかった。だがいつの間にか仕立ても覚えたそうだ。「愛する殿方の服を仕立てられるのは仕立て屋の特権ですから」と言われれば悪い気はしない。もう少ししたら真剣に子供を作ることを考えないといけない。
「ところで男爵、ところどころに使われている黒い毛皮は何ですかな?」
「これはうちの領地にいる魔獣の熊の毛皮です」
襟や肩、袖口などには毛皮が使われている。
「最近男爵の商会で販売されているあの毛皮ですか?」
「ええ。丈夫なので擦れやすい場所に使っていますね」
さすがにこの礼服にはそれほど使われていないが、普段着は肘や膝にも熊の毛皮が使われている。
「私もいくつか購入しましたが、すでに商品として加工されたものばかりでしたな」
「もし丸々一匹がよろしければ、都合しますが」
「よろしいですか?」
「ええ。商会の方に言っておきましょう。領地の特産として向こうでは販売しています」
「なるほど。丸ごと欲しければノルト男爵領まで行けば手に入るということですな?」
「そうです」
「では今回だけ王都の方で買わせていただけますか? その後はうちの商人を向かわせましょう」
俺とツェーデン子爵のやり取りを聞いていた何人かが、やはり同じように毛皮を欲しがった。ツェーデン子爵だけ優遇するわけにはいかないので、彼らの屋敷にも一度は商会から売りに行かせることにした。その後は同じく、必要ならドラゴネットまでどうぞとなった。
王都で売れば売れるのは分かっているが、俺としてはより多くの貴族の御用商人にドラゴネットまで来てほしい。すでに金は十分にあるが、それだけには何の役にも立たないということを理解できるようになった。
金は手元に置いておいても価値のある金属だというくらいしか意味がない。それで物を買えば買った店が潤う。潤った店は商品を仕入れる。仕入れ先の場所は物を買ってもらって潤う。そうすればその土地の農民や職人が潤う。
金は回る。逆に言えば、回らなければ金貨でも銅貨でも同じだ。単なる金属だ。重いだけだ。手持ちの資金で何ができるか。売れるものをどれだけ作り出すことができるか。ドラゴネットでは麦と芋と野菜と魔獣の肉を食べている限りは死なないから金の価値が曖昧になる。
金がなくて麦が買えない領地もある。だがうちが無償で提供するのは領民たちの働きを蔑ろにするようなもので、それに他の貴族としてもうちに頼りすぎるようでは何かあった時に困るだろう。
まだまだ俺は領主としては半人前だ。いや、一〇分の一前ですらないかもしれない。自分だけで無理なら、どこかに協力を求めるのも有効だろう。さて、どこに求めるか……。
「ああ、ツェーデン子爵。何がさすがか分かりませんよ。さすがに疲れましたが」
いやいや、本当に疲れた。一番近くで失言を聞かされるとな。今頃陛下はどうなっているのか。顔が腫れ上がらないといいな。
「いえいえ、とうの昔に両国の姫を妻になさっていたとは。そのような筋書きはこのアルノー・キュンストラー、どんな芝居でも見たことがありませんな」
「こういう言い方をすると誤解を与えてしまうかもしれませんが、姫を娶ったのではなく、娶ったら姫だったことが分かっただけです」
アルマしかりエルザしかり。ナターリエは別だが。
「ははは。まあこれもノルト男爵の人徳でしょう。欲がないほど人も財貨も集まると言われます。私には芸術については欲まみれですので無理ですが」
「人徳ですか……」
俺に人徳がそんなにあるか? 人を騙さない、悪いことはしない、それは父から叩き込まれたことだ。俺も人間だから人並みに欲はあるが、育ちが育ちだけに贅沢にはそれほど興味がない。
美味いものを食べたいとは思うが、それは「不味いものよりも美味いもの」という意味であって、誰も口にしたことがないような、世界中のありとあらゆる珍味を口にしたいなどとは思わない。
服は貴族として恥ずかしくない服装なら問題ないと思っているので、それほどたくさんは持っていない。アメリアたちが何着か仕立ててくれたが、それで十分だ。それにヒラヒラの付いた派手な服には興味がない。
女性関係は……妻たちは美人だな。それは羨ましがられるかもしれない。意図して集めたわけではないが、愛人たちも美人ばかりだ。そちらの欲は人並み以上にあるかもしれない。することはしているからな。
「例えばその上着など、男爵はさらっと着こなしているようですが、背丈がなければ映えないでしょう」
「これですか? これはうちの職人たちが作ってくれたものですね。私は服にはこだわりがありませんので、いつも任せっぱなしです」
「それなら職人の腕がいいのでしょうなあ。男爵の背の高さを引き立てるように仕立てられているようですから」
今回着ている服は全てアメリアが用意してくれたものだ。今は場所が場所なので正装をしている。どちらかと言えば飾り気の少ない礼服で、形や色合いは軍服に近いだろうか。
俺は背が高いので、キラキラした装飾の付いた貴族服は似合わないこと夥しい。ただでさえ怖がられることがあるのに、さらに威圧感まで出てしまう。それよりも地味な方が落ち着く。
アメリアは「装飾が少ない服の方がエルマー様には絶対に似合います」と言ってこれを仕立ててくれた。俺よりも服に関しては詳しいから完全に任せているが、採寸のたびに抱きつかれ、そのままベッドに行くとこが多かった。採寸だけで五日ほどかかったか。
アメリアは染織を仕事にしていたが、仕立てはやっていなかった。だがいつの間にか仕立ても覚えたそうだ。「愛する殿方の服を仕立てられるのは仕立て屋の特権ですから」と言われれば悪い気はしない。もう少ししたら真剣に子供を作ることを考えないといけない。
「ところで男爵、ところどころに使われている黒い毛皮は何ですかな?」
「これはうちの領地にいる魔獣の熊の毛皮です」
襟や肩、袖口などには毛皮が使われている。
「最近男爵の商会で販売されているあの毛皮ですか?」
「ええ。丈夫なので擦れやすい場所に使っていますね」
さすがにこの礼服にはそれほど使われていないが、普段着は肘や膝にも熊の毛皮が使われている。
「私もいくつか購入しましたが、すでに商品として加工されたものばかりでしたな」
「もし丸々一匹がよろしければ、都合しますが」
「よろしいですか?」
「ええ。商会の方に言っておきましょう。領地の特産として向こうでは販売しています」
「なるほど。丸ごと欲しければノルト男爵領まで行けば手に入るということですな?」
「そうです」
「では今回だけ王都の方で買わせていただけますか? その後はうちの商人を向かわせましょう」
俺とツェーデン子爵のやり取りを聞いていた何人かが、やはり同じように毛皮を欲しがった。ツェーデン子爵だけ優遇するわけにはいかないので、彼らの屋敷にも一度は商会から売りに行かせることにした。その後は同じく、必要ならドラゴネットまでどうぞとなった。
王都で売れば売れるのは分かっているが、俺としてはより多くの貴族の御用商人にドラゴネットまで来てほしい。すでに金は十分にあるが、それだけには何の役にも立たないということを理解できるようになった。
金は手元に置いておいても価値のある金属だというくらいしか意味がない。それで物を買えば買った店が潤う。潤った店は商品を仕入れる。仕入れ先の場所は物を買ってもらって潤う。そうすればその土地の農民や職人が潤う。
金は回る。逆に言えば、回らなければ金貨でも銅貨でも同じだ。単なる金属だ。重いだけだ。手持ちの資金で何ができるか。売れるものをどれだけ作り出すことができるか。ドラゴネットでは麦と芋と野菜と魔獣の肉を食べている限りは死なないから金の価値が曖昧になる。
金がなくて麦が買えない領地もある。だがうちが無償で提供するのは領民たちの働きを蔑ろにするようなもので、それに他の貴族としてもうちに頼りすぎるようでは何かあった時に困るだろう。
まだまだ俺は領主としては半人前だ。いや、一〇分の一前ですらないかもしれない。自分だけで無理なら、どこかに協力を求めるのも有効だろう。さて、どこに求めるか……。
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