ドラゴネット興隆記

椎井瑛弥

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第五章:領主二年目第四部

ゴール王国からの移民(一)

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「我々をお受け入れいただきましたこと、誠に感謝いたします」

 そう言って頭を下げたのはマルクブルク辺境伯の娘のコジマと、ゴール王国からやって来た貴族の娘たち。彼女たちは五〇〇〇人を超える移民を連れてやって来た。その中には途中で加わったアルマン王国の国民も混じっているようだ。

 今の領民の四倍近い人数がいきなりやって来た。さすがに五〇〇〇人が寝泊まりするだけの場所はないので、寝泊まりできる場所を仮に作るように指示した。

「話は聞いている。ここで何をするかは後でゆっくりと考えるとして、しばらくは体を休めてくれ。長旅ご苦労だった」
「いえ、男爵様に再びお会いできることを一日千秋の思いで待っておりました。苦労と呼ぶほどでもありません。ここにいる娘たちも同じでございましょう」
「そ、そうか……」
「はい‼」

 目の前のコジマ、そしてその後ろにいる者たちが一斉に頭を下げた。

 事の起こりはマルクブルク辺境伯から手紙が届いたことだった。先の戦争の際にどうも俺は辺境伯に気に入られたらしく、あれからも娘を貰ってほしいという手紙が届いたことがあった。彼の末娘のコジマは非常に気が強く、自分よりも弱い男には興味がないと言って実家でゴロゴロしていたようだ。「私を妻にしたくば私に勝て」と言っていたそうだが、俺が竜を従えていると父親から聞いて俺に興味を持ち、何とか俺と会う機会を探していたらしい。

 彼女と会ったのは一度。国境近くでの戦争の後、一度マルクブルク辺境伯領の領都エルシャースレーベンまで行った時。その時はコジマを押し付けられそうになったので、屋敷に一泊させてもらってすぐに王都へ移動した。

 単にコジマを押し付けられそうになっただけなら突き返すこともできたが、ここに来る正当な理由があるなら突き返すわけにはいかない。俺としては男爵が辺境伯の娘を貰うことはできないと、これまで爵位を理由にして断っていたが、政務官として大使を務めたことで爵位は問題ではないと辺境伯は思ったようだ。さらに辺境伯は俺がコジマを突き返せないだけの理由を作った。それがゴール王国からの移民だ。

 ノルト男爵領は男爵領としてはあまり大きくはない。土地はいくらでも広げられるが、領民の数は娼婦たちがやって来た今でも一三〇〇人程度だ。俺としてはもっと領民が欲しいと思っていた。それがエルザからディオン王に漏れていた。ディオン王は家と土地と仕事が手に入り食べるのに困らない場所があると言って、旧エルザス辺境伯領とその周辺から移民を募った。

 エルザス辺境伯領はたしかに広い。領民も多い。だがエルザとレティシア王女の一件があって以降、マルクブルク辺境伯領への侵攻が続き、領地そのものがかなり疲弊していたそうだ。夫を失った妻、恋人を失った女性、子供を失った親、親を失った子供などもいる。そして経済の立て直しにはそれなりの時間がかかるということだった。

 エルザス辺境伯領だけではなく、その近くにも多くの領地がある。ヴァジ男爵はエルザス辺境伯からの要求は可能な限り断っていたらしいが、そうできない貴族は多いだろう。貴族には派閥がある。巻き添えを食って疲弊した領地も多かったそうだ。

 それに、いきなり移住を命じられたのなら反発する者も多かったかもしれないが、国王直々にエルザス辺境伯を断罪し、今いる場所よりも暮らしやすい場所があると伝えられたのなら、「食べ物も十分にないここにいるよりは」と考えた者が多かったそうだ。そして集まった移民たちを率いてやって来たのが、ローサが脅かした貴婦人たちの娘たちを中心とした三五人だった。

 貴族の娘は実家の役に立つのが当然だと教えられているので、親から言われたことに従うのはそれほど苦にはならないそうだ。彼女たちは母親から俺の話を聞いた上で納得し、旧エルザス辺境伯領で集められた移民たちを率いてアルマン王国に入った。

 この娘たちはたちはマルクブルク辺境伯領に着くと辺境伯に挨拶した。それに辺境伯が乗っからないわけがない。しかもコジマが俺に興味を持ったのなら、諸手を挙げてここに向かわせたのが簡単に想像できる。コジマが案内役になり、移民を率いて王都へと向かった。

 マルクブルク辺境伯領から王都、そしてさらにドラゴネットに来るまでにはいくつもの領地を通る。大公派の貴族の領地は解体され、多くの小さな貴族領に再編されている。領主は以前に比べればずいぶんマシな貴族に変わったと思うが、それでも町には食いっぱぐれる者はいる。俺が領民を欲していると知っている彼女たちは、そのような者たちも誘いながらドラゴネットに到着した。

 移民たちには自分たちができる仕事を選ぶようにと言うつもりだが、問題はここにいるコジマと貴族の娘たちだ。貴族の娘たちは移民のまとめ役、コジマはさらにそのまとめ役になっている。例え彼女たちやその親たちの意図が見え透いていたとしても、今さら追い返すことはできない。コジマも含めて三六人の貴族の娘も受け入れるしかない。

「ところで閣下、我々はいつ閣下のベッドにお伺いすればよろしいですか? 一斉でよろしいですか?」

 コジマが真面目な顔をして俺にそんなことを聞いた。
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