ドラゴネット興隆記

椎井瑛弥

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第五章:領主二年目第四部

ゴール王国からの移民(二)

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 一斉って……三六人がか? さすがの俺でも死ぬぞ?

「どうしていきなりベッドの話になる?」

 そもそもいきなり話が飛んだ。まずはここに来て何をするかという話だ。

「父から閣下が竜を従えていると聞き、その瞬間から私の体が閣下の子を求めています。できる限り早く種付けをしていただければと思います」
「コジマ、はっきりと言えばいいわけじゃないぞ?」
「言いたいことははっきりと言うようにと父から教わっています」

 これは剛直な武人の娘だな。それで片付けていいかどうかは分からないが、ジョゼフィーヌよりも遙かに真っ直ぐだ。ジョゼフィーヌはまだ柔らかい。

「コジマ、一つ訂正しておく。俺は竜を従えているわけではない。あくまで妻とその家族が竜だったというだけだ。俺が好き勝手できるわけではなく、仲良くしているというだけだ」
「はっ。承知いたしました。今後は言動に気をつけます」

 みんな温厚だが、怒らせたら国の一つや二つは簡単に滅ぶだろう。岩や鉄が溶けるような炎を吐くからな。それに竜の姿で踏まれたら俺なんてペッタンコになるだろう。

「辺境伯からは何と言われている?」
「できる限り早く子を成すようにと。後ろにいる娘たちの中にも、おそらくそれに近いことを親から言われている者もいるでしょう。そこまでいかなくても、実家の役に立てと仄めかされているはずです」

 そう言ってコジマが振り向くと、後ろの娘たちの何人かは大きく頷いた。追い返せないのは分かっているが、だからと言って受け入れるのも気が引ける。

「俺にその気がないと言えばどうする?」
「ここで命を絶つ所存です」
「やめろ! 重すぎる!」

 コジマが懐剣を出して前に置いた。よく愛が重いという言葉を聞くが、これがそうか?

「ナターリエ、彼女たちをどうすればいいと思う?」
「そうですね。まずコジマさんは受け入れるしかないかと」
「……やはりそうなのか?」

 それは一番聞きたくなかったんだが……。

「南部の大貴族との縁です。あなたはいずれ北部の大貴族になるでしょうが、南部では人脈はまだ少ないかと思います。ここは多少のことには目を瞑って、彼女を受け入れるのが得策でしょう」

 ナターリエの言葉を聞いた瞬間にコジマが一層頭を下げた。これは拒否するのは無理だな。

「分かった。コジマはそう扱おう。ではゴール王国から来た娘たちは?」
「彼女たちの場合は、しばらく働きぶりを見てからどのような扱いにするかを決めてもいいかと思います」
「しばらくか……。三か月から半年くらいでいいか?」
「はい。試用期間としては妥当かと」

 これまで俺が相手をした中で令嬢然としていたのはナターリエくらいのものだった。令嬢ではなく王女だったが。それ以外は妻にせよ愛人にせよ、親しみやすさの方が大きかった。なぜか一緒に来たシビラもそうだな。一方で今回やって来た貴族の娘たちはという雰囲気を持っていた。

「我が君よ、少しよろしいでしょうか?」

 俺がどうすべきか考えていると、コジマの側にいた小さな女の子が手を挙げた。

 我が君?

「いいぞ。名前は?」
「オルクール男爵の四女オデットと申します。非才なる我が身の発言をお許しいただき、感謝の念に禁じ得ません」
「言いたいことを言えばいい」
「はっ。我々の多くは我が君の側にいるようにと両親から言われておりますが、何が何でも子を授かれと言われていないはずです。そう匂わされた者が多いとは思いますが」

 若いのにしっかりとした娘だな。「我が君」とか「非才なる我が身」とか、年配の武人みたいな話し方をする娘だ。俺よりもマルクブルク辺境伯と話が合いそうだ。年齢は分からないが、ナターリエよりも下に見える。だがコジマのすぐ横にいてここで手を挙げると言うことは、小柄だが年が上なのか、それとも根がしっかりしているのかのどちらかだろう。

「そうか。嫌なら無理にそうしろとは俺も言わない」
「いえ、嫌というわけではございません。私個人といたしましては、できれば我が君の寵愛にあずかりたいと思っております。ですが納得していただいた上で子を授かるのが一番だとも理解しております。今後の働きによってお決めいただければと」
「それは、俺がお前たちを自分のものにしたいと思えるようになったらそうしてほしい、ということか?」
「はい。その方が我々もやり甲斐がありますので」

 七人は強制されたが、残りは親からここに来るようにと言われてやって来ただけの主体性のない娘たちかと思ったら、意外にそうでもないようだ。特にこのオデットという娘は小さいのにしっかりしているな。少ししっかりしすぎているか。

「それなら何ができる? この領地は何もかも足りていない」
「ここにいる者は皆読み書き計算ができます。貴族の娘であれば領地経営についての基礎も身に付けているはずです。それに音楽や美術に関しましても一通りは仕込まれております。確認を取ったところ全員が生娘のようですが、当然ベッドでのマナーも知識としては持っております」
「……最後のはどうでもいいが、一通りの知識はあるのか。まあ聞いているとは思うが、まだこの領地には町はここしかない。他の領地には存在する代官などもいない。それでどう働くつもりだ?」

 俺は嫌みでもなくそう聞いた。最低限はあるがそれ以上はない。彼女たちに何ができるのかという話だ。

「今回の移民によって、もう一つ二つくらいは町を作ることも可能でしょう。そうなれば代官や役人を始めとして、このドラゴネット以上の人手は必要になります。そこで私たちが役に立ちましょう」
「なるほど。役人をしつつこの領地を支える人材を育てるということだな?」
「はい。知識は使わなければ一欠片のパンよりも無価値でしょうが、使い方によっては宝石よりも価値が出るでしょう」

 人材育成。要するに学校だ。しかも役人を育てる学校。役人としてはブルーノとライナー、そしてアルマの育ての父であるカールくらいしかいない。これまでそれで何とかなっていたが、このままでは駄目なことくらいは俺にでも分かっていた。だが圧倒的に人が足りない。

 優秀な人材は貴重だ。どんな貴族でも簡単には手放さない。例えばエクムント殿を引き抜けば王城が困るだろう。高給を餌にして引き抜けば、引き抜かれたところと問題になることがある。

 今は面倒な貴族は減ったとはいえ、それでも貴族は貴族だ。体面を気にする。俺だって他の貴族と問題を起こしたくはない。あの温厚なデニス殿だって、エクセンから役人を引き抜かれればいい顔をしないだろう。

「よし、分かった。ここで当面は役人のような仕事をしつつ、役人になれそうな人材を育てる立場になってもらう。この町は他とは色々と違うところがあるから戸惑うことも多いだろう。しばらくは無理をせずに慣れてくれ」
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