ドラゴネット興隆記

椎井瑛弥

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第二章:領主二年目第一部

骨董品の扱い(一)

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「旦那様、ツェーデン子爵から手紙が届いております」
「ツェーデン子爵? もう屋敷の件は問題ないはずだが」

 屋敷に着くとヴェルナーから手紙を渡された。立派な装飾が施された手紙だ。あれからは特に何もやり取りはなかったが、何か問題でも出たのだろうか。

 この屋敷の土地を買った時、何の気なしに地下を調べたら怪しい地下通路が見つかった。それが子爵と面識を得たきっかけで、あの事件の後で子爵から高級酒の樽がいくつも届いた。

 俺に貴族の知り合いは少ないので、数少ない知人と言える。彼は文化省で働いているので、文化・芸術関係の仕事を得意としている。多少行動や言葉が芝居じみていて大袈裟なこともあるが、人柄は問題ない。善人そのものだ。貴族でなければ役者になりたかったと言っていた。

 手紙を見ると、まるで劇の台詞せりふかと思えるような挨拶が続いた後、頼み事が書かれていた。

「……ああ、殿下から聞いたのか」
「何か問題でもありましたか?」
「いや、ドラゴネットの城で使っていた食器のことだ」
「食器ですか」

 行啓の際にクラースのところから運んできて使わせてもらった食器はマルセル・ハイメンダールの作品で、かなり希少で高価だそうだ。俺は芸術や骨董には詳しくないので、名前を聞いたことがあったようななかったような、その程度だった。貧乏貴族にはそのような話題は縁がなかったからだ。俺にとっては皿はあくまで皿だが、ハイメンダールの作品は家を売り払ってでも欲しがる者がいるそうだ。

 絵画でも何でもよく似たものだろうが、本人が生きている間に作品の価値が認められるのはほんの一握りだと言われている。大半は死んでからようやく評価されるものだ。世間ではハイメンダールもそれと同じだと思われていた。

 行啓のために貴賓室を整えようとした時、同行者もかなり多くなりそうだから、調度品だけではなく食器も借りてきた。同じ模様の物が多かったから助かった。それが全てハイメンダールの作品だったわけだ。

 ところがハイメンダールとは陶芸家としてクラースが一時期使っていた名前で、本人から適当に売り払って金にして、必要なところに使ってほしいと言われた。

 本人がいいなら問題ないが、どこにどれだけ売り払うかが問題になる。価値が下がりすぎると困る者もいるだろう。資産だと考える貴族は多いはずだから、大きく値が崩れない程度に売らなければならない。

 ツェーデン子爵からの手紙の内容だが、ハイメンダールの食器などを見る機会を作ってくれないかという依頼だった。クラースは売っていいと言っているから、彼が望むなら売ってもいいが、どれだけの金額にするべきか。

「ヴェルナー、陶芸家ハイメンダールの名前は知っているか?」
「はい。貴族の方でしたら欲しがる方は多いでしょう。裕福な商家でもぜひ欲しいと思う人は多いと聞きます」
「その価値を落としすぎない程度にある程度の量を売るにはどうしたらいいかと考えてているところだが、いい考えはあるか?」
「……ある程度の量とは、どれくらいお持ちですか?」
「一〇や二〇ではない。儲けるためではなく、寄付をするために売ろうと思う」

 出し惜しみしすぎても価値が上がったままになり、売りすぎると価値が下がり、すでに所有している者が困るかもしれない。俺は見たことがないが、金貨一〇〇枚に相当する魔貨と呼ばれる貨幣が、物によっては何枚も必要になるそうだ。

「今この国は大公派がいなくなって立て直しの時期に入っている。彼らの持っていた家財や骨董品が売りに出されているようだが、多くの貴族はあまりそこに金がかけられないという事情がある」

 これまでの実績を考慮して陞爵したり上の役職に就いたり恩賞を受け取ったりと、今の貴族たちにはある程度の資金的な余裕はできたはずだ。だが今後は王都で活動する貴族も増えることになる。俺もそうだし、デニス殿もそうだ。

 領地に引きこもっていれば余計な金は使わないかもしれないが、例え仕事であっても王都にいるとなると、普段の生活にせよ社交にせよ金がかかる。

「伯爵以上なら体面を重視する人も多いだろう。だが今は色々と金がかかるのでみんな購入を控えている。喉から手が出るほど欲しい美術品や家財も出回っているだろうが、屋敷の引っ越しや社交でかなりの金を使った人もいるだろう。そんなところにハイメンダールの作品を放り込んだらどうなると思う?」
「無理をした貴族の家が傾くでしょう」

 飢えている時には毒でも美味く思えると言われる。ましてやそれが自分が欲しかったものだと思えば。

 誰だって他人が持っていない物を手に入れたい、それを他人に見せびらかしたい。俺にだってそのような部分がないとは言わない。だが竜の鱗にせよハイメンダールの作品にせよ、あまり価値を知らなかった上に、多すぎて麻痺しているだけだ。

「平民なら無理をして借金を作って夜逃げしてもそれは個人の責任だが、貴族は巻き込まれる者が多すぎる」
「それでしたら、あくまで私見ですが、旦那様が売るのではなく、国王陛下から功績のあった貴族に下賜されるようにお願いするのはどうでしょう」
「俺の手から離すというのも一つの案だが、それでは金が回らなくなってしまう」
「ああ、そうですね。ある程度は出していただく必要がありましたね」
「問題はいかに金を作るかということだ」

 貴族に下賜するように陛下に頼むのも一つの案だが、それでは金が発生しない。金貨何百枚も払えと言う訳ではないが、例えば貧民街スラムの整理や貧困対策に回す金を作る必要がある。

「ではお一人につき何点まで、上限いくらまでとした上で、それを寄付に回していただくという形にするのはどうでしょう。王家主催の品評会のような形で」
「なるほど、制限付きか」

 だがそれも売り渋っているように思えるなあ。そもそも売ろうとするのが間違いなのかもしれない。そもそも俺に商売ができるのかどうかという話だ。

「念のためにお聞きしますが、どうしてそれほどまでに大量にお持ちなのですか?」
「実はな……」

 カレンの父親であるクラースが陶芸家として活動していた時代の名前がマルセル・ハイメンダールだと教えた。ヴェルナーはクラースには会っていないがカレンには会っているので、カレンが竜だということは伝えている。機会があれば会わせようと思う。

「……それはまた……色々と微妙ですね」
「そうだろう。焼いた本人が実はまだ生きていたわけだが、それを公言するのも問題になる。しかも焼いた本人はもう興味がないので売って寄付したらいいと言っている。俺の懐に入れるわけにもいかないので、売り払って寄付するのが一番になるが、下手をすると国中の貴族から金を巻き上げることになる。しかも売りすぎて価値が下がれば、すでに所有している貴族からは恨まれる可能性もある」

 寄付するとなると、孤児院を始めとしたどうしても金が必要な場所になる。国が管理する孤児院なら問題ないが、貴族が所有する教会に附属した孤児院にあまり配るのもなあ。

「ある意味では非常に贅沢な八方塞がりですね」
「ああ、下手に売ると何があるか分からないから、様子を見ながらになるなあ。とりあえずツェーデン子爵には見てもらおうか。一通り用意しておこう」
「所有するよりも見て楽しむくらいがいいのかもしれませんね」
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