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第二章:領主二年目第一部
アルマと王都
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「懐かしいですっ」
「そうだろうなあ」
アルマが王城を出てから五年が経つ。ブラント夫妻の家に一時身を寄せ、それから孤児院に入った。この間、夫妻の家と孤児院は王都の中でもほぼ反対と言っていいほど離れていることもあったが、一度もブラント夫妻と顔を合わせていなかったそうだ。夫妻は万が一にも尾行されてアルマの居場所がバレれば問題になると考えたそうで、アルマも教会の敷地内からほとんど出ようとしなかった。
実際にヒキガエルがどこまでアルマに執着していたのかは分からないが、避けられる問題なら避けた方がいい、双方がそのように思っていたようだ。
去年の春の戦争でヒキガエルが死に、大公派の影響力もなくなった秋以降なら顔を見せても問題なかったと思うが、なぜか妙に遠慮していた。だがアルマを陛下のところに連れていくことになったので、その前にブラント夫妻にも会わせておこうということになった。
◆ ◆ ◆
「おお、カリーナ様、お元気でしたか。このアルバン、嬉しく思いますぞ」
「カリーナ様、お久しゅうございます」
「私に頭を下げなくてもいいですよっ。ホントにっ」
ブラント夫妻の夫の方はアルバン、妻の方はエーディトという名前だが、二人ともアルマに対して恭しく頭を下げている。アルマが遠慮していたのは、ひょっとしてこれが原因か?
おそらく殿下からアルマを匿ってくれるように頼まれた時、殿下はアルマを自分の妹だと言っただろう。二人は殿下の教育係と家庭教師だったそうで、殿下が城外で最も信頼できると言っていた。王家に対する忠誠心は高そうだ。
「レオナルト殿下から相談を受けた時のことでした。陛下に隠し子がいることが分かり、その妹様がフロッシュゲロー伯爵に狙われていることが分かったので匿ってほしいと。ここが危なくなるようなら万が一に備えて身分を隠して孤児院に預けるようにと」
「やはり陛下や殿下たちに何かがあれば、残るのはアルマだけだと思ったわけですね」
「はい。口にするのも憚られることですが。もしもの時にはカリーナ様……いえ、アルマ様には何が何でも生き残っていただかなくてはなりませんでした」
正統な王家、いわゆる血統を守るためだと思ったのか。
大公はカミル陛下の弟だから、レオナルト殿下がいる限りは王位継承順位は殿下たちよりも上にはならない。男性優位ではあるが、直系が優先されるからだ。
王女殿下の誰かに息子が生まれればまた大公の順位が下がることになる。陛下の孫と大公なら孫の方が順位が上になるからだ。だから三人の王女に子供が生まれる前にカミル陛下とレオナルト殿下を排除することでようやく大公が王位を継承できる。
もしそうなったとして、その時に反大公派を結成するとしたら、その時には旗印としてアルマが陣頭に立つことになる。本人は全然そんなことは考えていなかっただろうが。
アルマは正式な子供とは認められていないが、殿下経由で陛下からブラント夫妻に直筆の手紙が渡されていたそうだ。娘を頼むと。
「まさかそんな大事になっていたとは思いませんでしたっ」
アルマはようやくそのことに気づいたようだ。自分のことは誰でも意外と気にしないものだ。
「まあアルマから見ればそうだろうなあ。だがあの頃の陛下とレオナルト殿下のことを考えれば、何があってもおかしくなかったわけだ」
ただ俺が思うに、殿下はおそらくはアルマがヒキガエルに手を出されないように俺のところに預けただけのつもりだったのだろうが、結果としては血筋の保護の働きもしていた。殿下は非常に頭のいい方だがたまに抜けている。自分が重要人物だということを意外に忘れがちだ。
子供が生まれたらまた顔を見せにくると約束し、ブラント家を出た。
◆ ◆ ◆
さて、次は王城にアルマを連れていかなければならない。以前なら陛下と対面することはできなかったが、王妃殿下にアルマのことがバレたとなると、きちんと顔合わせをした方がいい。
殿下によると、王妃殿下は陛下が使用人に子供を産ませたことに腹を立てたわけではなく、母親が亡くなったにもかかわらずその子供を放っておいたことに激怒したそうだ。やはり筋が通らないことが大嫌いらしい。
「おお、アルマ。すまなんだ。本来であれば王女として、もっと楽な生活を送らせることができたはずだが、余が不甲斐ないお陰でつらい思いをさせてしまった」
「いえ、陛下、お気になさらず。良い夫とも出会えましたのでっ」
ここにはカミル陛下、ヘルミーナ王妃、レオナルト王子、ビアンカ王女、ティアナ王女、アルマ、そして俺がいる。ナターリエは結婚してすぐに戻ると出戻りのように思われそうだからとドラゴネットに残った。
「アルマさん、醜聞を避けるためとはいえ、陛下の思慮が足りなかったせいで、大変な思いをしたでしょう。私とあなたには血の繋がりはありませんが、ここを自分の家だと思っていつでも遊びに来てください」
「ありがとうございます」
この件に関しては陛下は強く出られないので微妙な顔をしている。
「それで、陛下や子供たちとも話し合いましたが、あなたのことは特記事項として名簿に記載することになりました。時間が経ちすぎましたので今から公式に王女とすることはできません。あくまで落胤ということになりますが、陛下の娘であり、レオナルトとビアンカの妹、ナターリエとティアナの姉となります」
陛下の表情を見る限りでは、おそらく王妃様の主導で行われたと思われる。醜聞を大公につつかれることを考えれば口に出せなかったのは分かるが、せめて王妃様には言っておくべきだっただろう。妻を怒らせるのは得策ではないな。
「そうだろうなあ」
アルマが王城を出てから五年が経つ。ブラント夫妻の家に一時身を寄せ、それから孤児院に入った。この間、夫妻の家と孤児院は王都の中でもほぼ反対と言っていいほど離れていることもあったが、一度もブラント夫妻と顔を合わせていなかったそうだ。夫妻は万が一にも尾行されてアルマの居場所がバレれば問題になると考えたそうで、アルマも教会の敷地内からほとんど出ようとしなかった。
実際にヒキガエルがどこまでアルマに執着していたのかは分からないが、避けられる問題なら避けた方がいい、双方がそのように思っていたようだ。
去年の春の戦争でヒキガエルが死に、大公派の影響力もなくなった秋以降なら顔を見せても問題なかったと思うが、なぜか妙に遠慮していた。だがアルマを陛下のところに連れていくことになったので、その前にブラント夫妻にも会わせておこうということになった。
◆ ◆ ◆
「おお、カリーナ様、お元気でしたか。このアルバン、嬉しく思いますぞ」
「カリーナ様、お久しゅうございます」
「私に頭を下げなくてもいいですよっ。ホントにっ」
ブラント夫妻の夫の方はアルバン、妻の方はエーディトという名前だが、二人ともアルマに対して恭しく頭を下げている。アルマが遠慮していたのは、ひょっとしてこれが原因か?
おそらく殿下からアルマを匿ってくれるように頼まれた時、殿下はアルマを自分の妹だと言っただろう。二人は殿下の教育係と家庭教師だったそうで、殿下が城外で最も信頼できると言っていた。王家に対する忠誠心は高そうだ。
「レオナルト殿下から相談を受けた時のことでした。陛下に隠し子がいることが分かり、その妹様がフロッシュゲロー伯爵に狙われていることが分かったので匿ってほしいと。ここが危なくなるようなら万が一に備えて身分を隠して孤児院に預けるようにと」
「やはり陛下や殿下たちに何かがあれば、残るのはアルマだけだと思ったわけですね」
「はい。口にするのも憚られることですが。もしもの時にはカリーナ様……いえ、アルマ様には何が何でも生き残っていただかなくてはなりませんでした」
正統な王家、いわゆる血統を守るためだと思ったのか。
大公はカミル陛下の弟だから、レオナルト殿下がいる限りは王位継承順位は殿下たちよりも上にはならない。男性優位ではあるが、直系が優先されるからだ。
王女殿下の誰かに息子が生まれればまた大公の順位が下がることになる。陛下の孫と大公なら孫の方が順位が上になるからだ。だから三人の王女に子供が生まれる前にカミル陛下とレオナルト殿下を排除することでようやく大公が王位を継承できる。
もしそうなったとして、その時に反大公派を結成するとしたら、その時には旗印としてアルマが陣頭に立つことになる。本人は全然そんなことは考えていなかっただろうが。
アルマは正式な子供とは認められていないが、殿下経由で陛下からブラント夫妻に直筆の手紙が渡されていたそうだ。娘を頼むと。
「まさかそんな大事になっていたとは思いませんでしたっ」
アルマはようやくそのことに気づいたようだ。自分のことは誰でも意外と気にしないものだ。
「まあアルマから見ればそうだろうなあ。だがあの頃の陛下とレオナルト殿下のことを考えれば、何があってもおかしくなかったわけだ」
ただ俺が思うに、殿下はおそらくはアルマがヒキガエルに手を出されないように俺のところに預けただけのつもりだったのだろうが、結果としては血筋の保護の働きもしていた。殿下は非常に頭のいい方だがたまに抜けている。自分が重要人物だということを意外に忘れがちだ。
子供が生まれたらまた顔を見せにくると約束し、ブラント家を出た。
◆ ◆ ◆
さて、次は王城にアルマを連れていかなければならない。以前なら陛下と対面することはできなかったが、王妃殿下にアルマのことがバレたとなると、きちんと顔合わせをした方がいい。
殿下によると、王妃殿下は陛下が使用人に子供を産ませたことに腹を立てたわけではなく、母親が亡くなったにもかかわらずその子供を放っておいたことに激怒したそうだ。やはり筋が通らないことが大嫌いらしい。
「おお、アルマ。すまなんだ。本来であれば王女として、もっと楽な生活を送らせることができたはずだが、余が不甲斐ないお陰でつらい思いをさせてしまった」
「いえ、陛下、お気になさらず。良い夫とも出会えましたのでっ」
ここにはカミル陛下、ヘルミーナ王妃、レオナルト王子、ビアンカ王女、ティアナ王女、アルマ、そして俺がいる。ナターリエは結婚してすぐに戻ると出戻りのように思われそうだからとドラゴネットに残った。
「アルマさん、醜聞を避けるためとはいえ、陛下の思慮が足りなかったせいで、大変な思いをしたでしょう。私とあなたには血の繋がりはありませんが、ここを自分の家だと思っていつでも遊びに来てください」
「ありがとうございます」
この件に関しては陛下は強く出られないので微妙な顔をしている。
「それで、陛下や子供たちとも話し合いましたが、あなたのことは特記事項として名簿に記載することになりました。時間が経ちすぎましたので今から公式に王女とすることはできません。あくまで落胤ということになりますが、陛下の娘であり、レオナルトとビアンカの妹、ナターリエとティアナの姉となります」
陛下の表情を見る限りでは、おそらく王妃様の主導で行われたと思われる。醜聞を大公につつかれることを考えれば口に出せなかったのは分かるが、せめて王妃様には言っておくべきだっただろう。妻を怒らせるのは得策ではないな。
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