ドラゴネット興隆記

椎井瑛弥

文字の大きさ
上 下
263 / 345
第四章:領主二年目第三部

初めて聞く話

しおりを挟む
 ジョゼによると、彼女の知っている話の中では、俺とよく似た赤毛の男は大貴族になり、妻と愛人を併せて一〇〇〇人近い女性を手元に置いていたそうだ。どこの後宮だ? まあそれはあくまで物語の中のことだ。俺は違う。違うはずだ。違うに違いない。それよりも貴族の娘たちのことを聞かなければならない。

 ディオン王はこの城で寛いでいる。今のところは時間に余裕があるので、孫の顔、つまりエルザの子供の顔を見るまではいるそうだ。

 貴賓室に入ると蒸留酒をチビチビやっているのが目に入った。一緒に来ている護衛の騎士たちは気心が知れているのか、一緒に飲んでいるようだ。そちらがよければ俺としては何も言わない。

「ディオン陛下、少し伺いたいことがあるのですが」
「お主はすでに我が息子だろう。そんなに堅苦しい話し方でなくてもいいぞ」

 そっちは簡単に言うけど、立場というものがあるぞ。カミル陛下もレオナルト殿下もそうだけど、立場が上の者は「気楽にすればいい」と簡単に言うけど、下の者からすれば余計に気疲れする。上下ははっきりさせた方が楽なんだ。

「……ではお聞ききしますが、ゴール王国の貴族の娘たちがこちらに向かっているそうですが、それは本当ですか?」
「んん? 伝わってなかったか?」
「少し前にジョゼフィーヌから聞いたばかりです」
「カミルにも言ったはずなんだが……。あいつ、伝え忘れたか?」

 カミル陛下のうっかりか?

「お主が秘書として連れていたヘルガな、彼女に対して一部の婦人たちが非常に失礼な態度を取ったそうだ。それは聞いたか?」
「はい。ローサから聞いています。平民出身で私の愛人であることを知り、自分の娘を押し込もうとしたと」
 ローサが火を吐いて部屋を燃やした件だ。
「そうだ。周りにいた者たちによると、相当口汚いことを言ったようだな。だがお主は余の義理の息子になる。リシャールの義弟だ。そこが問題になった」
「私個人は単なる男爵ですが」
「そこは我が国と少し違うかもしれん。彼女たちの振る舞いは王族の顔に唾を吐きかけたのと同じだ」

 俺自身は王族ではなく姻戚の一人でしかないんだが、それでもか。国として歴史が長いからか、おそらく王族の権威がアルマン王国よりもかなり高いんだろう。ディオン王は常に堂々としている。カミル陛下はどちらかと言えば親しみやすいお方だからな。

「お主が妻と愛人を分け隔てなく大切にしていることはローサが怒ったことでも分かる。もしリシャールに愛人がいたとして、その愛人に面と向かって同じことを言ったとすれば当主は打ち首、財産と領地は没収、三親等以内は奴隷に落として強制労働となるが、余としては当主の首をねても益はない。だからエルザの希望を聞くことにした」
「エルザが何か言いましたか?」
「この領地は人が少ない、そう言っていた。もっと人がいれば色々なことができる。だが人が足りないので動くことができない。違うか?」
「たしかにそう言いました。今で一三〇〇人程度です」

 人は増えたが、所詮は大きな農村に過ぎない。場所が場所だからそれはどうしようもないが。だがエルシャースレーベンなら五万はいるはずだ。うちなんかその一街区程度の規模でしかない。

「男爵領ならその二倍はいてもいいだろう。だから移民を募ることにした」
「い、移民ですか?」

 初耳だ。

「エルザス辺境伯領は長く続く戦争でかなり疲弊していた。その周辺には、かの者の悪行に巻き込まれた領地もある。仕事も家も失った者も多かったそうだ。だからエルザス辺境伯領やその周辺の領地に対し、アルマン王国のノルト男爵領に行ってみてはどうかと移民を募ることにした。ここはいくらでも麦が採れるらしいな」
「麦はいくらでも採れますし、人が欲しいのは間違いありませんが……」
「ヘルガを侮辱した婦人たちに命じ、贖罪のために一族から娘を一人選んでここまで来させることにした。他に希望者がいれば一緒に来させればいいとリシャールには言った。あれがこの移民団を用意する指揮を執っている。娘たちには途中でエルザス辺境伯領で移民団と合流し、この国に向かうように指示をしたのだが……。本当にカミルは何も言わなかったようだな」
「はい、聞いていません。ところで貴族の娘と仰いましたが、男性はいないのですか?」
「あの時点ではいなかったな。言い方は悪いが、我が国では女性が余っている状態でな」
 貴族なら長男が跡継ぎなのは当然で、次男なら長男の補佐と万が一に備えての控えの役割を担うから実家に残る。ブルーノやライナーのように、三男以降は居場所がないから確実に家を出る。そして役人や騎士として国に仕えることもできるだろう。
 だが女性は長女だろうが次女だろうが家を出るからな。言い方は悪いが、貴族の家に生まれた女性の多くは政略結婚の道具でしかない。実家の立場をより強固なものにするための。だから女性が余るのは仕方がない。国が違ってもそのあたりは同じだろう。
「まあこの領地の損になることはないはずだ。どれだけが来るかは余にも分からないが、それなりの人数は集めるだろう。娘たちに罪があるわけではないが、償いをするならそれなりの働きをしなければならん」
「無理をして移民を集めるということはありませんか?」
「それはないな。リシャールは『絶対に希望者のみにせよ』という指示を出していた。それが理解できぬ頭しか持たぬようでは、どこにいても役には立たないだろう」

 厳しいな。もし移住の希望者少なかくて彼女たちが困ったとしよう。そこで連行するかのように強引に集めようとして暴動でも起きれば、それは殿下の顔に泥を塗る行為になるだろう。そんなことになれば実家の立場がますます悪くなる。彼女たちもそれは避けたいはずだ。だからきちんと考えれば希望者のみを集めるはずだと。

「とりあえず受け入れ準備だけは進めておきます」
「それは早めにした方がいいだろう。だがここまで来るにはそれなりに時間がかかるはずだ。焦らすにゆっくりやればよい。焦っていいことなど何もない」
「はい。準備は着実に進めます」
しおりを挟む

処理中です...