ドラゴネット興隆記

椎井瑛弥

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第三章:領主二年目第二部

サン=エステルにて(六):謁見の間

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 おそらくこの王城がこれまでに経験したことがないような異様な雰囲気なのではないだろうか。列席している貴族も何があるのかと疑問に思っているかもしれない。

 謁見の間の玉座にはディオン王、その横にクロエ王妃、反対側にはリシャール王子とレティシア王女がいるのが見える。そして俺はエルザとジョゼフィーヌを伴って玉座の少し手前まで進む。エルザを目にした者たちが目を丸くし、レティシア王女の方を確認するのが見えた。

「ここに集まった皆には、これまでのアルマン王国との間で起きていた戦争について説明しなければならない。そしてその証人として、アルマン王国の大使で政務官でもあるノルト男爵に来てもらった」

 俺は一歩前に出て頭を下げる。

「だがその話をする前に、これは誰にとっても初耳となるだろうが、ここにいるレティシアには双子の姉がいることを皆には伝えておかなければならない」

 周囲がざわつくのを感じた。エルザを見て不思議に思っている者はいただろうが、双子とは思わなかっただろう。

「ここにいる者の中には、どうしてこれまで第三王女には名前が付けられてないのかと思った者も多いだろう。流産や死産などの場合にはその場所を空けることもある。そのように想像していた者もいると余は考えている」

 俺は立っている場所から顔を動かさずに目だけで周囲の様子を探ったが、首を縦に振ったりと納得した顔をしている貴族は多い。

「詳細はまだ調べてはいないが、何があったかということだけは分かっている。まずエルザス辺境伯が配下の者を使い、生まれたばかりの双子の王女の一人を連れ去った。余と王妃は王女の身の安全を脅しの道具として使われ、度々たびたびアルマン王国への出兵を許可せざるを得なかった」

 やはり頷いている者が多く、驚いている者はやや少ない。エルザス辺境伯が強引に出兵の許可を得ていたと納得できたのだろう。

「そして、これは本当に喜ばしいことだが、つい先日、偶然にもレティシアの双子の姉が見つかった。それがノルト男爵の妻であるエルザだ」

 俺はエルザを促して俺の横に並ばせる。自分に視線が集まったせいで少し居心地が悪く感じているようだが、これも仕事だろう。レティシア王女はにこにこしている。

「そしてもう一人いるのがヴァジ男爵家のジョゼフィーヌ。彼女は先の戦争の際に一度捕虜となった。そして移送されたノルト男爵領で偶然エルザを見て、彼女をレティシアだと勘違いしたのが始まりだったそうだ。そのジョゼフィーヌを帰国させるのに併せて双子かどうかを確認することとなった」

 ジョゼフィーヌも一歩前に出て俺と並ぶ。

「見て分かる通り、エルザはレティシアと瓜二つであり、声までもそっくり。双子で間違いないとクロエも認めている。そのため彼女を正式に第三王女として認め、名簿に名前を記載、それから改めて王族からの離脱を行うこととなった。彼女はノルト男爵の妻として、アルマン王国で暮らすことを望んでいる」

 俺とエルザが深々と頭を下げる。

「ノルト男爵、我が国はアルマン王国に対して大変な迷惑をかけ続けた。謝って済む話ではないが、いずれカミル王に会って正式に謝罪させていただく。その際には執り成しをお願いしたい」

 そう言って国王が深く頭を下げたことに周囲がざわつくが俺は気にしない。これは前もって話し合ったことだ。

「必ずお伝えします」

 俺が短く答えるとディオン王は大きく頷いて玉座に座り直した。

「さて、皆には改めて聞いてもらいたい。エルザス辺境伯はいなくなった。そして娘が戻った。余は個人的なことで国民に、将兵に、そして隣国に、大きな迷惑をかけた責任を取り、退位することにする。退位は今年の年末。同時に新国王リシャールの戴冠式を行う」

 それを聞いて列席している貴族たちが再びざわついたが、大きな騒ぎにはならなさそうだ。リシャール王子は王太子であり、他に王子はいないからだ。予定が少し早まったというところだろうか。

 リシャール王子には妻も子供もいる。だが側室や愛人はいないそうだ。おそらく今後は押し混み合いが始まるだろう。



◆ ◆ ◆



 俺とエルザが謁見の間から下がって控え室で待っていると案内が現れ、また別の部屋に行くことになった。ジョゼフィーヌは先に屋敷に戻ることになった。

 俺たちが案内された部屋にいたのはディオン王、クロエ王妃、リシャール王子、レティシア王女の四人と護衛の騎士たちだった。

「ふう、あまり偉そうな物の言い方は好きではないのだがな」
「父上、大使と護衛の前ですよ」
「どうせ今年限りだ。お前が国王のつもりでいろ。そもそもノルト男爵は余の義理の息子だろう。今さら何を遠慮する?」
「もうすでに退位したつもりですか?」
「そもそも余はなりたくて国王になったわけではない。王の長男だから王太子になり、そして国王になった。贅沢な悩みだと言われればそうに間違いないが、城の外に出るだけでも大騒ぎになる」
「今度は私にその役目が回ってくるわけですけどね」

 リシャール王子が呆れた顔をする。護衛たちは仕事なのでここにいるが、このまま話を聞いていいのかどうか微妙な顔をしている。

「だからお前もどんどん妻を娶って子供を作って育てて退位しろ。何を純愛だ愛情だとこだわっているんだ?」
「いやいや、愛情は必要でしょう!」
「もちろん愛情は必要だが、そんなものは後からいくらでも付いてくる。まずは相手を受け入れてから愛情を育てろ。とりあえず側室三人ほど、愛人は五人ほど見繕っておく」
「ちょ——」

 今日は父と息子の親子喧嘩か。レオナルト殿下が陛下とこうやって喧嘩をするのは想像できないな。

「なあノルト男爵、領主であれば跡取り候補を作ることの重要性は理解できるだろう」

 他人事として聞いていたら、ディオン王にいきなり話を振られた。どう答えるべき——

「エルマー様は妻も愛人も四人ずついらっしゃいます。立場に関係なく、みなさん仲良しです。しかもさらに増えそうです」
「待て、何を勝手に喋る」
「ほほう、立派な体格をしていると思ったが、なるほどな。ほら見ろ、リシャール。これが男というものだ」

 ディオン王は俺の肩を叩いてそんなことを言うが、配偶者はクロエ王妃しかいなかったはずだが。ひょっとして、王妃殿下に内緒でこっそり作っているとか? カミル王を見る限り、バレると大変だぞ。

「父上には側室も愛人もいないでしょうが」
「余の場合は父がお盛んだったからな。親子くらい年の離れた妹が多いのは知っているだろう。妹たちが我が子の代わりに嫁いだようなものだ。だから余にはクロエだけで十分だった。なあ、クロエ?」
「本当にそうかどうかは分かりませんが、わたくしには陛下だけです」
「いや、本当に余は誰にも手を出しておらんぞ」

 全く焦っていない様子だから、おそらく本当だろう。もしくは徹底して隠しているか。

「お前は今後を考えて作っておいた方がいいぞ。婚姻政策など嫌かもしれないが、国のことを考えればある程度は必要だ。男爵、おぬしの立場から見てどうだ?」

 まあなあ。アルマン王国に関して言えば、有力貴族がごっそり減った。今の段階で王家に逆らう貴族はいないと思うが、この先のことを考えれば貴族との繋がりを強化しておくことは間違いではない。

 俺だってそうだが、カミル王の血を受け継ぐアルマとナターリエを妻にしている。言い方は悪いが、ナターリエは陛下にとっては貴族との縁を繋ぐ貴重な道具だ。それを俺に渡してくれたわけだ。アルマもいるわけだし、俺が王家に逆らうことはない。

「一貴族の意見としましては、王家との繋がりを意識するのは間違いありません」
「そうだろう。まあ増やせばいいというものでもないが、いなくては困るだろう。よく考えることだ」
「分かりましたよ。善処します」

 リシャール王子は諦めたようにそう言った。
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