ドラゴネット興隆記

椎井瑛弥

文字の大きさ
上 下
176 / 345
第二章:領主二年目第一部

散歩と視察と休憩と

しおりを挟む
 ここのところは領地と王都で半分ずつだろうか。暇はあればあるほどいいと言えるほど暇好きではないが、暇がなさすぎるのも問題だ。

 王都で商会を持てば忙しくなるだろうと思っていたが、別の仕事で忙しくなった。うちの屋敷は貧民街スラムに近いが、だからと言って貧民街スラムの面倒を見ることになるとは思わなかった。人手が足りないならどうしようもないが。

「それで私とのんびり散歩ですか」
「のんびりするのは嫌いじゃないだろう」
「ええ、一年でも二年でも、何もせずにぼーっとしているのもいいものですよ。一〇年くらいただれた生活を送るのも悪くないと思えるようになりました」
「さすがにそこまで時間は使いたくないな」

 今日はカサンドラを連れて王都を歩いている。散歩ではあるが、単なる暇潰しではない。屋敷をどうするかを考えないといけない。

 今の屋敷を綺麗にするのは一つの案として、もし他に良さそうな屋敷があれば買うというのも一つの案だ。土地だけ買って屋敷は別で建ててもいい。何にせよ、今の屋敷をそのまま使い続けるのはあまり良くない。

 そうは言っても今の王都は屋敷の売買と引っ越しが流行している。Aの物件が空けば改装してBから引っ越しを行い、空いたBを改装してCから引っ越しを行う。玉突きのようになっているらしいので、貴族の引っ越しがいつ終わるかは分からない。

 単なる引っ越しなら荷物を運び込めば終わりだが、内装は自分好みに変えるだろう。外壁にも手を入れるかもしれない。場合によっては増築などを行うこともあるだろう。それがあちこちで起きている。

 俺にとっては屋敷は単に寝泊まりする場所だが、王都の屋敷は社交のためだけに存在すると言う貴族も多い。それは大公派だろうがそうでなかろうが違いはなかったが、大公派がいなくなればこれまで以上に社交が活発になる可能性もある。

 そう考えると俺も考え方を変えなければいけない。アントンにも言われた通り、貴族であればの屋敷に住むことが求められる。貴族の屋敷だと思われないようでは問題がある。だから新しい屋敷をどうしようかと考えている。おそらく新しく用意することになるだろう。

「あのお屋敷の屋根は面白いですね」
「左右均等ではなく、片側に寄っているのか。しかもかなり入り組んでいるな」
「採光のためでしょうか?」
「使用人が使う屋根裏部屋に光を入れるためだろう。だがガラスが見えるな。もしかしたら使用人用ではないのかもしれない」

 カサンドラは王都での生活は長かったようだが、貴族の屋敷が集まっているあたりにはそれほど来たことがないそうだ。以前なら俺だって好んで来ようとは思わなかった。貴族でないなら尚更だろう。

「あのような屋根をこれまで見たことはなかったのか?」
「ありませんでした。実家の方でも使用人にはきちんと部屋が与えられていましたので、屋根裏や地下室を使用人が使うことはありませんでした。そもそも地下はなかったと思います」
「なるほど、うちの城と同じか」

 城にも来客棟にも使用人棟にも屋根裏部屋や地下室はない。謎の待機部屋と地下通路は存在するが、あれは地下室とは違うだろう。

 城という建物には普通は地下室がある。多くは宝物庫や牢獄として使われる。地下室がなければ、それだけ地上部分に部屋を増やさなければ場所が足りなくなる。二階以上に置くとすると補強が必要になる。床が抜ければ冗談では済まないからだ。

 そのような話をしながら歩いているとそれなりの時間になった。

「少し疲れましたね。そろそろご休憩はどうでしょうか?」
「そうだな、それなりに歩いたから少し休むか」

 俺は大丈夫だがカサンドラはそうではないだろう。無理に歩かせるものでもない。

「それならいい場所を知っていますので、ご案内します」
「分かった。任せた」
「はい、任されました」

 二人で商業地区に向かって歩き始める。行き交う人が増え、その中をのんびりと二人で歩く。こういうのも悪くはない。

「あ、ここですね」

 カサンドラが一つの建物を指したが、これがその場所か?

「なあ、ここは休む場所か?」
「はい、ご休憩の場所です」
「ご休憩って、その意味だったのか?」
「はい」



 高級な連れ込み宿だった。



◆ ◆ ◆



「ふう、思ったほどは痛くなかったですね」
「あれだけ動いて痛いも何もないだろう」

 宿屋の部屋に入って、まあ昼間からあれだ。しかもカサンドラとはこれが初めてだった。

「こんな場所で良かったのか?」
「場所はどこでも同じです。誰とするかが問題なだけです」
「それはそうだが、多少は場所だって選ぶだろう」

 さすが王都だけあって連れ込み宿も立派なものだった。どう言ったらいいのか分からないが、貴族の屋敷よりは落ちるが、平民の上の方だろうか。おそらく裕福な商家の屋敷はこのような建物だろう。

「もちろんそこは調査済みです。そして王都のどこにいても入れるように、ある程度の数は把握しています」
「ここがその一つだったのか」

 どうやら色々と仕込まれていたらしい。そのあたりの手管てくだでは俺はカサンドラには敵わない。

「そろそろお腹が空きましたね。軽く食事をしましょうか」
「そうだな。商業地区ならいい店があるだろう」
「この近くに雰囲気のいいカフェがあるそうです。行ってみましょうか」

 カサンドラが聞いたというカフェに向かうことにする。俺はレストランには行ったことがあるが、カフェという小洒落た店にはほとんど縁がなかった。

 体が大きいせいで人よりも食事の量が多いので、カフェでの食事はあまり経済的ではない。そもそもエルザが作ってくれていたので、外で食べることはほとんどなかった。

 先ほどの宿屋から歩いて一〇分ほど、飲食店が連なる街区に辿り着いた。その中の一つ、白壁に赤い石が使われた建物の前でカサンドラが足を止めた。

「ここのようですね」
「なるほど、これはなかなか雰囲気があるな」

 雰囲気がある、つまり俺向きではないとも言える。上品な男性と女性が馬車で乗り付ける、そのような店構えだ。カフェということだが、かなり高級そうに思える。

「いらっしゃいませ。二人様ですか?」
「ああ、二人だ」
「ご案内いたします。こちらへどうぞ」



◆ ◆ ◆



 一流の料理人が上等な食材を使って作ったと考えればこれくらいの値段にはなるだろう。だがこのプファンクーヘンパンケーキというのは面白い。俺が知らなかっただけかもしれないが、軽食にも甘味にも食事にもなる。

 砂糖を使っているようで甘いが、もっと甘みを強くすれば茶によく合うだろうし、砂糖を減らしてケーセチーズや胡椒などを使えばエールにも合うだろう。

 そしてカサンドラは追加で何種類かの焼き菓子も注文していた。俺はそれほど食通ではないので知らない名前があった。

「こちらはフローレンティーナーでございます」
「すまない。これは初めて見るが、新しい焼き菓子なのか?」
「このあたりでは去年あたりから作られるようになりました。当店ではお出しするようになったのは去年の年末からでございます」

 元々がそれほど王都にいなかったが、これは見たことがない。フローレンティーナー。フローレンツ風か。

「少し質問してもいいか?」
「はい、何なりと」
「この名前は地名か人名だと考えていいのか?」
「実は当店でも詳しいことは分かっておりません。これを当店の姉妹店に伝えたと言われる料理人が、『フィレンツェ』、『フローレンス』、『フロランタン』、『フローレンティーナー』などと口にしていたそうです」
「別の大陸にある遠くの国なのかもしれないな」
「そうかもしれませんし、そうでないのかもしれません。当店ではその姉妹店から聞いた通りにフローレンティーナーと呼んでおります」
「ありがとう」

 横を見るとカサンドラが神妙な顔をしていた。

「何か気になるのか?」
「あ、いえ、大したことでは。あ、そうそう、どのような焼き菓子かと思いましたら、思ったほど焼き菓子のように見えませんでしたので」
「確かにな」

 下の生地は焼き菓子だが、その上にアーモンドだろうか、スライスされたナッツとカラメルが絡められたものが乗っている。よく見れば焼いているのは分かるが、一見しただけでは焼き菓子には見えない。

 ふむ、美味い。美味いのは間違いないが、俺にはやや甘すぎるか。もう少し甘さは控えめでいい。だがそれでは意味がなくなる可能性もあるのか。これはおそらく女性向きだろう。

 その後に出て来た焼き菓子も立派だった。残念だったのは、結局のところ俺の舌が甘味にはそれほど向いていないということだろうか。だが味を覚えるのはそれなりに得意なので、この経験は何かの役に立つだろう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~

こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。 それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。 かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。 果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!? ※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。

俺のスキル『性行為』がセクハラ扱いで追放されたけど、実は最強の魔王対策でした

宮富タマジ
ファンタジー
アレンのスキルはたった一つ、『性行為』。職業は『愛の剣士』で、勇者パーティの中で唯一の男性だった。 聖都ラヴィリス王国から新たな魔王討伐任務を受けたパーティは、女勇者イリスを中心に数々の魔物を倒してきたが、突如アレンのスキル名が原因で不穏な空気が漂い始める。 「アレン、あなたのスキル『性行為』について、少し話したいことがあるの」 イリスが深刻な顔で切り出した。イリスはラベンダー色の髪を少し掻き上げ、他の女性メンバーに視線を向ける。彼女たちは皆、少なからず戸惑った表情を浮かべていた。 「……どうしたんだ、イリス?」 アレンのスキル『性行為』は、女性の愛の力を取り込み、戦闘中の力として変えることができるものだった。 だがその名の通り、スキル発動には女性の『愛』、それもかなりの性的な刺激が必要で、アレンのスキルをフルに発揮するためには、女性たちとの特別な愛の共有が必要だった。 そんなアレンが周りから違和感を抱かれることは、本人も薄々感じてはいた。 「あなたのスキル、なんだか、少し不快感を覚えるようになってきたのよ」 女勇者イリスが口にした言葉に、アレンの眉がぴくりと動く。

天才女薬学者 聖徳晴子の異世界転生

西洋司
ファンタジー
妙齢の薬学者 聖徳晴子(せいとく・はるこ)は、絶世の美貌の持ち主だ。 彼女は思考の並列化作業を得意とする、いわゆる天才。 精力的にフィールドワークをこなし、ついにエリクサーの開発間際というところで、放火で殺されてしまった。 晴子は、権力者達から、その地位を脅かす存在、「敵」と見做されてしまったのだ。 死後、晴子は天界で女神様からこう提案された。 「あなたは生前7人分の活躍をしましたので、異世界行きのチケットが7枚もあるんですよ。もしよろしければ、一度に使い切ってみては如何ですか?」 晴子はその提案を受け容れ、異世界へと旅立った。

異世界の約束:追放者の再興〜外れギフト【光】を授り侯爵家を追い出されたけど本当はチート持ちなので幸せに生きて見返してやります!〜

KeyBow
ファンタジー
 主人公の井野口 孝志は交通事故により死亡し、異世界へ転生した。  そこは剣と魔法の王道的なファンタジー世界。  転生した先は侯爵家の子息。  妾の子として家督相続とは無縁のはずだったが、兄の全てが事故により死亡し嫡男に。  女神により魔王討伐を受ける者は記憶を持ったまま転生させる事が出来ると言われ、主人公はゲームで遊んだ世界に転生した。  ゲームと言ってもその世界を模したゲームで、手を打たなければこうなる【if】の世界だった。  理不尽な死を迎えるモブ以下のヒロインを救いたく、転生した先で14歳の時にギフトを得られる信託の儀の後に追放されるが、その時に備えストーリーを変えてしまう。  メイヤと言うゲームでは犯され、絶望から自殺した少女をそのルートから外す事を幼少期より決めていた。  しかしそう簡単な話ではない。  女神の意図とは違う生き様と、ゲームで救えなかった少女を救う。  2人で逃げて何処かで畑でも耕しながら生きようとしていたが、計画が狂い何故か闘技場でハッスルする未来が待ち受けているとは物語がスタートした時はまだ知らない・・・  多くの者と出会い、誤解されたり頼られたり、理不尽な目に遭ったりと、平穏な生活を求める主人公の思いとは裏腹に波乱万丈な未来が待ち受けている。  しかし、主人公補正からかメインストリートから逃げられない予感。  信託の儀の後に侯爵家から追放されるところから物語はスタートする。  いつしか追放した侯爵家にザマアをし、経済的にも見返し謝罪させる事を当面の目標とする事へと、物語の早々に変化していく。  孤児達と出会い自活と脱却を手伝ったりお人好しだ。  また、貴族ではあるが、多くの貴族が好んでするが自分は奴隷を性的に抱かないとのポリシーが行動に規制を掛ける。  果たして幸せを掴む事が出来るのか?魔王討伐から逃げられるのか?・・・

処理中です...