ドラゴネット興隆記

椎井瑛弥

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第四章:領主二年目第三部

双子の発熱(三)

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 城に戻ると、執務室の近くにある空き部屋の一つから賑やかな声が聞こえてきた。中を覗くと子供の誕生会のようなものが行われていた。カリンナとコリンナは角と羽と尻尾を出している。しばらくは他人に見せるなと言ったんだが……。

「これはどういう状況だ?」
「はい、それがクラース様たちがあの二人の様子を見にいらっしゃいまして、それで二人が角を見せて、それでお祝いに」
「どうして祝い事なんだ?」

 部屋に入ると、案の定二人が俺にしがみ付いた。

「旦那様~、大人になりました~」
「いつでも問題なしで~す」
「だから前後から張り付くな。動けないだろう」

 とりあえず二人を引き剥がすとクラースを部屋から連れ出して話を聞くことにする。

「クラース、王城で種族総覧を見たら名前が入っていたぞ」
「んん? おお、あれな。一時期冒険者として活動したが、魔獣や種族に詳しいと思われて雇われた。それであのような物を書いたが、あれが当時の最新の資料だ。今では少し古くなったかもしれん」

 やはり本人か。それはいい。問題は対策のことだ。

「それであの二人はサキュバスだろう。何か対策をと思って帰って来たんだが」
「対策……ああ、あれに書いた周囲に影響を与える件か」
「そうだ。どうしたらいいと思う? できれば穏便に済ませたい」

 クラースはゴツい手を顎に当てると

「ふむ。あの二人ならまず問題ないぞ」
「そうなのか?」
「ああ、あの話はあくまで相手のいない、いわゆる野良サキュバスに限った話だ。心を許した相手がいるなら無差別に男から精気を奪うことはない。それに心を許した相手から枯れるほど奪うこともない」
「なるほど」
「それに幼少期から人の中で暮らしていれば気になる男の一人や二人はいるだろう。そのような者が存在するならそれで大丈夫だ」

 片思いだの初恋だの憧れの人だの、そのような存在でもいいようだ。

「ちなみに今はそれが俺になるのか?」
「二人の話を聞く限りはそうなる。捨てない限りは問題ないだろう」
「……もし俺が二人を首にしたり遠ざけたりしたら?」
「無差別に奪い始めるかもしれん」
「……」

 これで俺が相手をしないという選択肢はなくなったのかもしれない。

「ここの城にいるならば問題ないと思って二人にはそう説明した。それにあの二人は少し特殊だ。そこまで心配しなくていい」
「まあ普通でないのは分かるが」
「いや、話し方とか双子とか、そのようなことではなく、サキュバスとしてもかなり特殊だといえる」

 サキュバスとして特殊? さっぱり分からん。

「すまん、もう少し説明してくれ」
「ふむ。サキュバスやインキュバスは淫魔と呼ばれるように、性関係に関しては基本的に節操がない。普通であればもっと邪念が多い」
「あの二人はある意味では純粋だな」
「うむ。要するにだな、心を許した相手がいても、普通なら他の者から多少は精気を奪うことは十分にあり得る。料理に例えると、これが一番好きだがあれもそれも美味しいのであちこちで摘み食いする、というようにな。だがあの二人は他の者には全く興味がないらしい」

 食事に例えられるのもどうかと思うが……サキュバスにすれば食事にかもしれないな。まあ言いたいことは分かる。好きな相手以外からも適度に奪うということだ。

「それは大人になりたてだからじゃないのか?」
「多少はそのせいもあるが、興味のあるなしがすでに極端だな」
「……なあ、俺が面倒を見るしかないのか?」

 あの二人が嫌だの何だの言わないが、どう扱えばいいのか全く分からない。

「この件を穏便に終わらそうと思えばそうなる。だが無理に抱く必要はないぞ。近くで精気を吸い取らせればいいだろう。精気は性行為とは直接の関係はない。抱きつくだけでも十分に吸い取れるはずだ」
「それは助かる。食指が全く動かないから抱くのは無理だ」
「それはあれだ、無意識のうちに精気を吸われていたのだろう。エルマーは回復力が高そうだから、夜には戻っていたと考えれば辻褄は合う。まあ私が言うことでもないが、いい子たちではないか」
「それはそうだが……」

 二人から聞いた話とクラークの説明を合わせ、一度頭の中を整理する。

 二人は自分たちがサキュバスだとは知らなかったが、小さな頃からすでに少しずつ精気を集めていた。相手を興奮させたり性行為をしたりする必要はなく、近寄った相手から自然と集める。

 俺が二人を見ても何も感じなかったのは、二人が側にいる時には自然と精気を吸われていたかららしい。それがなくても色気はないからその気にはならなかった可能性は高いと思う。

 子供の頃は単に近くにいる相手から精気を集めるだけだが、大人になれば催淫効果が出せるようになり、精気を高めてから吸い取ることができる。

 そしてどうして俺なのかと言えば、俺が二人を見ても全く手を出そうとしなかったからだそうだ。教会の司祭、そしてヒキガエル フロッシュゲロー伯爵、この二人は彼女たちを性欲の対象として見ていたそうだ。目つきがいやらしかったと。

 俺にはそのような趣味はないので気にしなかっただけだが、彼女たちにとってはおかしなことをされる可能性がないということが大きかったようだ。おそらく幼少期に孤児院で少女がいなくなったことが原因だったのだろう。

 俺が二人を初めて見たのは、エクムント殿に使用人を屋敷に集めてもらった時だった。それから王都を出るまで馬車に乗せた。そして暗くなったらカレンに運んでもらったわけだが、その時には遠慮なく俺の股間をまさぐっていた。要するに顔を見てから半日程度だ。

 そもそも教会の孤児院に預けられた時は一つにもなっていなかったようだし、ヒキガエル フロッシュゲロー伯爵のところで働くようになったのも一〇歳くらいのはずだ。あいつはよく手を出そうと思ったな。

 ただこの二人のお陰で、司祭もヒキガエル フロッシュゲロー伯爵もそちら方面ではかなり大人しくなった可能性がある。ヒキガエル フロッシュゲロー伯爵に雇われていたのが三年くらいらしいので、アルマが孤児院に入った後くらいだろうか。そう考えれば、この双子のお陰で、孤児院やヒキガエル フロッシュゲロー伯爵のところで幼い犠牲者が減った可能性もある。

 そして精気というのは体力や魔力などと同じように体の中にあるものらしく、自然と回復するそうなので、多少減っても大きな問題にはならない。

 だが体力だろうが魔力だろうが精気だろうが、減りすぎると体の調子を崩してしまい、連日のようにそれが繰り返させると場合によっては寝込んでしまうこともあるそうだ。

 枯れるまで搾り取られることはなさそうだから、しばらく近くに置いて様子を見るか。
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