ドラゴネット興隆記

椎井瑛弥

文字の大きさ
上 下
233 / 345
第三章:領主二年目第二部

時間短縮

しおりを挟む
 大使として公的に向かうことになるので馬車が用意される。使うかどうかは分からないが。マルクブルク辺境伯領の領都エルシャースレーベンあたりからゴール王国の王都サン=エステルまで一か月から一か月半くらいはかかるだろう。向こうでの滞在を考えればさらに長くなりそうだ。

「普通に行くなら……帰ってくるまでに、余裕を見て三か月ほどかかりそうだな」

 ジョゼフィーヌがいるとしても、そう簡単に顔を合わせることはできないだろう。行ってすぐに会えることはまずあり得ない。散々待たされた挙げ句に帰れと言われることもある。大使であれば帰れと言われることはないが、それでも一週間程度待たされるのは珍しいことではないそうだ。

「子供が生まれる前に帰りたいなら少し近道しない?」
「近道?」
「そうそう。その指輪をジョゼフィーヌに渡して、私が彼女に向こうに連れて行ってもらって、それから私は自分の[転移]で一度戻って来る。そしたら私の[転移]でエルマーとヘルガを向こうへ運ぶ。指輪の魔力は[転移]一回分だけ減るけど、まだ十分あるはずよ」
「たしかに[転移]は行ったことのある場所にしか行けないからな。それに何が起きるか分からないから、無駄に魔力を使いたくもない」

 俺の[転移]は今のところドラゴネットから王都あたりまでしか一度に移動できない。そして続けてなら三回が限度だ。それ以上は魔力が続かない。

 この指輪は魔力が放っておくと回復するらしいが、それでもすぐにではない。万が一に備え、できる限り無駄遣いは避けたい。

 ジョゼフィーヌにローサだけ先に王都に運んでもらい、戻ってきたローサに俺とヘルガを運んでもらうのもありかもしれないが……指輪の力を確認しつつ、俺の移動できる場所を増やしておく必要はあるな。

「それなら何回かに分けてヴァジ男爵領まで運んでもらって、そこから移動すればいいか。ジョゼフィーヌ、そこからどれくらいかかりそうだ?」
「領都のサン=サージュから王都までは馬で二週間から三週間です」
「そこも短縮できるようなら短縮するか」
「旅行じゃなくなっちゃうじゃない」
「だから旅行じゃない」

 どうもローサは完全に旅行気分のようだ。だが目的は違うからな。俺は別に旅がしたいわけではない。あくまで確認に行くだけだ。

「カレン、またしばらくここを離れるから、上手くここを取り仕切ってくれ」
「任せといて」
「私も娘と腹の中にいる孫の様子に注意しておこう」
「私もみなさんの様子を見ておきますね」
「二人とも、よろしく頼む。エルザとアルマも無理はしないようにな」
「もちろんです」
「大人しくしてますっ」
わたくしもここでみなさんの様子を見ていますわ」
「何かあったら頼む」
「はい」

 妻たちはクラースとパウラがいれば問題ないだろう。早く行って早く帰って来るか。クラースに乗せてもらえば楽で早いのは分かってはいるが、騒動になるのは火を見るよりも明らかだ。その代わりに転移の指輪を使って楽をさせてもらおう。

「それじゃ、王都までとりあえず行くわよ」
「待て待て。みんなに準備くらいさせろ」
「そうです、ローサ様。大使の愛人ともなれば見た目にも気を配りませんと。アルマン王国の貴族の愛人はこの程度かと晩餐会で馬鹿にされるのは困りますからね」
「いや、別に晩餐会に招かれるとは限らはないぞ」

 ヘルガが力説するが、晩餐会に着て行く服の話ではなく、普通の着替えのつもりで言っただけだ。どうもヘルガはアデリナが来てから、さらに服装について意識をするようになっている。アデリナが来ると眼福ではあるが手は出していない。

「エルマー殿、少しよろしいですか?」

 俺がどう止めるべきかを考えていると、ジョゼフィーヌが手を挙げて意見を求めた。別に手を挙げなくてもいいと言ったが、それでもわざわざ手を挙げる。

「何か必要な物でもあるか?」
「いえ、私のことではありません。私はヘルガ殿が晩餐会で主役になれるようなドレスを知って——」
「——主役⁉」

 ヘルガが声を上げた。そんなに主役になりたいのか?

「それはあたしでも旦那様を引き立てることができるということ?」
「ええ、もちろんです。おそらく誰も見たことがないデザインだと思いますので、型紙も出回っていないでしょう」
「どうしてそれをあなたが知っているんですか?」
「それは秘密です。ですがデザインはお教えできますので——」
「ではさっそくデリアさんとフリーデさんたちにお願いすることにします。さあ、ジョゼフィーヌさん、少し町の方へ行きますね」
「あ、いや、今すぐにと——」

 ジョゼフィーヌはヘルガに連行された。

「アルマ、いくらデリアたちの腕がいいからって、すぐに完成することはないよな?」
「無理ですねっ。型紙を作ってからなら、早くても明日中、普通なら明後日くらいになると思います」
「ローサ、馬車や身分証は三日以内に王都の屋敷に届くらしい。できれば俺は向こうにいた方がいいだろう。一足先に向こうへ行っておく」
「私が二人を送っていけばいい?」
「王都の屋敷の場所は知らないよな?」
「知らない」
「それなら今から行くから覚えてくれ」



◆ ◆ ◆



「それじゃ、用意ができたら連れてくるわね」
「ああ、頼む」

 屋敷の前までローサを[転移]で運ぶと、ドラゴネットに戻ってもらった。

「お帰りなさいませ」

 ヴェルナーの出迎えを受け、軽く明日からのことを説明することにする。

「近日中に大使としてゴール王国に行くことになった。またしばらく空けることになる」
「お忙しくなりましたね」
「暇よりはいいが……急に忙しくなったな」

 男爵になった時は、もう二度と王都に来ることはないかもしれないとさえ思ったが、まさかこうも仕事をもらうことになるとは。殿下からは「いずれ宰相を頼むぞ」と言われているが、かなり忙しそうなので、できれば断りたい。

「三日以内に王城から馬車や身分証などが届くはずだ。そうしたら移動の予定だったが、少々変わりそうだ」
「何か急用でも入りましたか?」
「俺自身は特にはないが、女性は見た目も気にするだろう。急に晩餐会用のドレスを仕立てることになった。どれだけ時間がかかるか計算できない」
「女性のおしゃれに関しては諦めるしかないでしょう」
「それは分かっているがな……」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~

こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。 それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。 かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。 果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!? ※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

異世界の約束:追放者の再興〜外れギフト【光】を授り侯爵家を追い出されたけど本当はチート持ちなので幸せに生きて見返してやります!〜

KeyBow
ファンタジー
 主人公の井野口 孝志は交通事故により死亡し、異世界へ転生した。  そこは剣と魔法の王道的なファンタジー世界。  転生した先は侯爵家の子息。  妾の子として家督相続とは無縁のはずだったが、兄の全てが事故により死亡し嫡男に。  女神により魔王討伐を受ける者は記憶を持ったまま転生させる事が出来ると言われ、主人公はゲームで遊んだ世界に転生した。  ゲームと言ってもその世界を模したゲームで、手を打たなければこうなる【if】の世界だった。  理不尽な死を迎えるモブ以下のヒロインを救いたく、転生した先で14歳の時にギフトを得られる信託の儀の後に追放されるが、その時に備えストーリーを変えてしまう。  メイヤと言うゲームでは犯され、絶望から自殺した少女をそのルートから外す事を幼少期より決めていた。  しかしそう簡単な話ではない。  女神の意図とは違う生き様と、ゲームで救えなかった少女を救う。  2人で逃げて何処かで畑でも耕しながら生きようとしていたが、計画が狂い何故か闘技場でハッスルする未来が待ち受けているとは物語がスタートした時はまだ知らない・・・  多くの者と出会い、誤解されたり頼られたり、理不尽な目に遭ったりと、平穏な生活を求める主人公の思いとは裏腹に波乱万丈な未来が待ち受けている。  しかし、主人公補正からかメインストリートから逃げられない予感。  信託の儀の後に侯爵家から追放されるところから物語はスタートする。  いつしか追放した侯爵家にザマアをし、経済的にも見返し謝罪させる事を当面の目標とする事へと、物語の早々に変化していく。  孤児達と出会い自活と脱却を手伝ったりお人好しだ。  また、貴族ではあるが、多くの貴族が好んでするが自分は奴隷を性的に抱かないとのポリシーが行動に規制を掛ける。  果たして幸せを掴む事が出来るのか?魔王討伐から逃げられるのか?・・・

天才女薬学者 聖徳晴子の異世界転生

西洋司
ファンタジー
妙齢の薬学者 聖徳晴子(せいとく・はるこ)は、絶世の美貌の持ち主だ。 彼女は思考の並列化作業を得意とする、いわゆる天才。 精力的にフィールドワークをこなし、ついにエリクサーの開発間際というところで、放火で殺されてしまった。 晴子は、権力者達から、その地位を脅かす存在、「敵」と見做されてしまったのだ。 死後、晴子は天界で女神様からこう提案された。 「あなたは生前7人分の活躍をしましたので、異世界行きのチケットが7枚もあるんですよ。もしよろしければ、一度に使い切ってみては如何ですか?」 晴子はその提案を受け容れ、異世界へと旅立った。

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

処理中です...