ドラゴネット興隆記

椎井瑛弥

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第三章:領主二年目第二部

日常とスパイス(二)

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「ジョゼ、あなたも今年で一五歳です。花も恥じらう乙女どころか、少々行き遅れです。結婚するしないはあなたに任せますが、この先はどうするのですか? 一生乙女のままですか? 母に言ってみなさい」
「あまり乙女乙女と言われるのも恥ずかしいのですが。私はレティシア殿下の護衛騎士になります」
「騎士を目指すのは構いませんが、その美しい肌に傷が付くこともあります。命を落とす危険もあります。それでもいいのですか?」
「そうならないためには自分を鍛えるだけです」

 私は母上の目を見てはっきりとそう言いました。レティシア殿下よりも数か月ほど早く生まれ、恐れ多いことながら姉妹のように育ちました。そう、この『百合と薔薇の玉虫色』の世界では。

 百合ではなく、かと言って薔薇でもありません。男女の役割が交代した逆転異世界でもなく、近世中期から後期のヨーロッパを舞台としている剣と魔法の世界。アドベンチャーなのかRPGなのかよく分からないシステムです。内容もジャンルも、タイトルの通りどっち付かずで中途半端な感じは拭いきれませんが、それでも没入感の高さはなかなかのものだと思います。

 昨年発売された最新型の据え置き型VR端末によるフルダイブ型ゲーム。会話のみで物語が進行しますので、選択肢が文字として表示されるわけではありません。聞き逃せばそれで終わりです。さらに何があっても死ぬことはないものの、痛みがそのままダイレクトに伝わり、あまりの痛みに漏らす人も多いという超不親切設計。普通は痛覚に対してリミッターが働くはずですが、リアリティを追求するのだとか。そのリアリティが不評の原因ではありますが、私にとってはそれこそが大切なのです。

 現実世界に戻ってしまえば、いずれは結婚させられることは決まっています。それであれば、せめてゲームの中でくらいは結婚せずに、レティシア殿下の側で好きなように過ごしたい、その思いでこれまでプレーしてきました。ちなみに私は百合ではありません。あくまで殿下に敬意を払っているだけです。本当ですよ?

 下級貴族の娘であるジョゼフィーヌとして生まれ、一五歳でレティシア殿下の護衛騎士となり、一九歳で初陣を迎えます。あと四年ほどです。

 初陣では戦場でうっかり捕まってしまいます。ですが戦場で知り合った敵の指揮官の一人に求婚され、彼の力を借りてゴール王国に戻るという支離滅裂さもコアなファンに受けています。

 どうして私が内容を知っているかと言えば、これが二週目だからです。すでに一度エンディングを迎えています。二度目は一度目のプレイをなぞっています。分岐点が多いために細かな点は少しずつ変わりますが、大まかな流れは頭に入っていますので問題はありません。攻略サイトも端から端まで見て内容を覚えました。何も恐れることはありません。

 すでに知っている話を繰り返して楽しいのかと思われるかもしれませんが、それがいいのです。楽しい漫画は何度読み返してもいいのです。幸せな終わりを繰り返すことこそが、現実のつらい未来を忘れるための手段なのです。



◆ ◆ ◆



 一九歳になった私は後詰めの隊長としてこの戦争に参加していました。会議が終わって本陣から自分の部隊に向かって移動し始めると、後ろでドンという大きな音がした気がしました。「気がした」と言うのは、目が覚めた時には上を向いて寝かされていたからです。これは一週目にはなかった展開です。これまで多少は違うイベントもありましたが、ここまで大きな違いは初めてですね。

 それからかなり髪が白くなった指揮官らしい人が私の尋問に訪れました。訪れたのはいいのですが、「何を言っているのだろう?」とでも言いたげな顔をしてテントを出てきました。

 しばらくすると燃えるような髪の男性が現れました。あ、この人は確か若手指揮官の一人ですね。この人が私に惚れ込んで、手に手を取ってここから逃げ出すわけです。

「私は騎士だが姫騎士ではない。例えオークにけがされようが口は割らんぞ」

 私がこう言うと、「おお、何と高潔な魂の持ち主だ。ぜひ私の妻に」と言われるは——

「一つ聞くが、死にたいのか?」

 あれ? 首に抜き身の剣を当てられました。やはり展開が違いますね。二週目は違うのでしょうか。剣からひんやりとした冷気が伝わります。

「え? あれ? い、いや、できれば……死にたくはないです……」
「なら質問に答えろ。本陣は一人残らず黒焦げになったから詳しい話を聞ける相手がいなくてな」
「黒焦げ……ですか?」
「大きな音がしなかったか? まだ肉の焦げた嫌な臭いが残っているだろう」

 あれ? 黒焦げって……あの黒焦げ? 炭のようになるあれですか? 確かに目が覚めた時に焦げ臭く感じましたが、黒焦げ? あまりにも展開が違いすぎます。どうして?

 ん? あれ? 頭に浮かんだこの映像は……

 ——‼‼

 そう、そうです、誰かに言われた気がします。あなたはこのままエンディングを迎えた直後に興奮しすぎて死んでしまいましたと。そして『百合と薔薇の玉虫色』とよく似た世界に生まれ変わりますよと。いずれ完全に記憶が戻りますよと。

 え? 生まれ変わっていたのですか? ここはゲームの中ではなく? でもレティシア殿下もいらっしゃいます。父上も母上も同じです。まさか今になって完全に思い出したのですか? どうしてこのタイミングで⁉ 首に剣が当たっているのですが‼‼

 それに、あの部屋はどうなったのですか? 死んだってことは、警察が入りましたよね? 両親も絶対に入りましたよね? キワドイ衣装とか下着とか、年齢制限の付いたゲームやアニメや漫画とか、全部見られました? それに万が一漏らしても大丈夫なように、いつもプレイ中はタオルを敷いてオムツ姿で……

 イヤーーーーーーーー‼‼‼
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