ドラゴネット興隆記

椎井瑛弥

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第三章:領主二年目第二部

報告と同行者

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「そんな偶然が⁉」
「あくまで可能性ですが。ジョゼフィーヌによると、見た目と声は同じで、話し方が違うだけだとか。育った国と環境が違えばそうなるでしょう」

 王都で陛下に事情を説明している。今のところはあくまで可能性でしかないが、ゴール王国の第四王女とエルザがそっくりで、これまで単なる孤児だと思っていたらごと無い家の出身かもしれないと。

 普通ならそのような話は偶然だ戯言だと無視してもいいかもしれないが、それを言ったのがゴール王国の貴族の娘で、幼い頃からその王女と一緒にいて、現在は護衛騎士をして側仕えをしているとなれば、現実味も高まるというものだ。

 個人的にはこれ以上面倒なことは抱えたくないが、エルザの出自について何か分かるのなら、ゴール王国へ行ってみるのもいいだろう。

「男爵、どうする? 確認するにはゴール王国に行くしかないだろうが」
「はい、一度行ってみようと思います。それで陛下がすでにゴール王国に何かしらの連絡をされたのかどうかと思いまして」
「さすがにまだ何もしていない。近いうちに今回の侵攻に関して書簡を送ろうかと思ったが」

 それなら問題ないか。ゴール王国にジョゼフィーヌが療養中という手紙が届いた後に彼女が帰国したら怪しまれるだろう。

「ではジョゼフィーヌを案内役としてゴール王国に連れて行く許可をいただけますか?」
「こうなったら国内にとどめておく必要もないな。男爵に任せる。何がどうなるか分からんが、絡まった糸を解いてみれば、意外なところに繋がっているかもしれん」

 意外と誤解や勘違いが始まりということもあり得るかもしれない。過去には国と国との争いが、ほんの僅かな言葉の解釈の違いだけで起きたということもあると聞いた。

 アルマン王国とゴール王国では言葉はほぼ同じだ。それぞれアルマン語とゴール語と呼ばれているが、意思疎通は難しくない。語彙や文法についてはほとんど違いがないが、やはり国が違えば言い回しが違うようだ。

 例えば、相手に好意を示す場合、アルマン語なら「私はあなたを愛しています」と言うが、これがゴール語なら「あなたが側にいることが私の人生における最大の喜びです」と言うらしい。少し回りくどい言い方に思える。

 アルマン王国ではこのような言い方は、どちらかと言えば歯が浮くようなキザな言い回しと思われる。はっきり物を言うアルマン王国と、やや持って回った言い方をするゴール王国の違いだろうか。

「では臨時の大使に任命する。大使なら馬車は必要だろう。こちらで用意し、屋敷の方に回しておこう。三日以内に任命書と身分証も用意するので、そちらも馬車と一緒に受け取ってくれ。随員が必要なら自前で用意してほしい」
「はっ。できる限り早く報告に上がれるようにします」
「頼む。本来ならこのような仕事は別の者がいるのだが……」

 色々なところに皺寄せが来ているようだ。外交関係は……大公派の誰かだったのだろう。そう考えればよく陛下たちは無事だったものだ。ほとんど情報がダダ漏れだったのだろう。

 陛下との話が終わると王城を出てからドラゴネットに戻った。



◆ ◆ ◆



「では帰国させていただけると」
「ああ。陛下の許可は頂いた。急ぐ必要はないが、数日以内には身分証などを受け取るので、それから出ようと思う。来てすぐに戻ることになって申し訳ないが、そう思っておいてくれ」
「いえ、私は捕虜という立場ですので、お気になさらず」
「とりあえずエルシャースレーベンまで[転移]で移動して、そこからは馬で移動だな。馬車と馬は異空間に入れておくか」
「私がまた運んでもいいが」
「いや、さすがに戦争の直後だ。ゴール王国にアルマン王国が攻めてきたと思われる可能性がある」

 とりあえずゴール王国の王都サン=エステルまで行く必要がある。クラースは乗せてくれると言っているが、竜が攻めて来たと勘違いされても困る。とりあえず馬で移動すれば問題は起きない。

 これが戦争が起きていないなら堂々と馬車を使って移動できるだろうが、アルマン王国の貴族が馬車で国境を越えてきた来たとなれば多少は警戒される。うっかり攻撃されるのも面白くない。文明国であれば、例え戦争をしていようが外交は続けられているが、この二〇年ほどは途絶え気味で、お互いに駐在大使も不在になっている。

 そう思っていたらローサが身を乗り出して俺の方を見た。

「私も一緒に行っていい? 御者ならできるから」

 一応は人妻だろう。なぜ先に俺に聞く?

「まずは夫に聞いてくれ」
「ねえ、どう?」
「お前の好きにしたらいいだろう」
「ほら、いいって」
「……」

 ローサは面白いことが好きだそうだ。だからわざわざドラゴネットに住みたいと思ったそうなんだが。まあクラースがいいと言うならいいか。クラースも諦めているのかもしれないが。

「ついでにこれをあげちゃう」
「これは……指輪か?」
「そうそう。[転移]が使える指輪」
「俺は一応[転移]は使えるが」
「予備として持っていればいざと言う時に役に立つわよ。それに勝手に魔力を集めてくれるから、他の用途でもいいわね」

 なるほど。[転移]が使えて魔石のようにも使えるのか。魔法を使う者にとっては垂涎物だろう。

「だが、どうしてローサがこれを? ローサも[転移]なら使えるんじゃないのか?」
「お祖父様からいただいたのよ。使えない人と結婚した時のためだって。クラースは使えるから不要だけど、一応取っておいたの。もしかしたらカサンドラも持ってるかも。それでもさすがに一度に海を越えるのは無理みたいだけど」
「それにしても、こんなに小さくてそこまで魔力が溜められるのか? 俺はそこまで詳しくはないが」

 見た目は何種類かの宝石が付いた銀の指輪だ。いや、それも宝石じゃなくて竜の鱗だな。最近は見ただけで分かるようになった。微妙に色が違う鱗が使われている。

「お祖父様によると、元の金属をペラッペラになるまで伸ばして、そこにものすごく細かい文字で術式を書き込んで、表面が傷まないように薄~く何かを塗って、それをギュッと巻いてるそうよ。それを土台にして上に鱗を乗せてるんだって」
「分かるような分からないような……」
「とりあえず魔力を集めて蓄える機能があるから、人ならそれがあればどんな魔法を使っても困らないんじゃない?」
「困らないどころか大助かりだ」
「さすがに一度に何度も移動すれば魔力切れになると思うけど、緊急時のために持っといて。多分自分と二人までは運べるはずだから」

 この指輪の魔力は、空になっても放っておけばそのうち回復するそうだが、回復にはもちろん時間がかかるそうだ。

 しかし、レティシア王女に会えたらここまで戻ってエルザを連れて移動と思っていたが、これがあるならかなり楽ができるな。そもそもローサが一緒に来てくれるなら彼女の[転移]で済む話かもしれないが、同行者が増えれば一度に運ぶのは無理になる。

 いや、ジョゼフィーヌは向こうに残せばいいから、結局は俺がこちらへ戻ってエルザを連れて移動するだけでいいのか。俺の異空間にエルザが入れば楽に運べるんだが、それは無理だからな。

「ところで旦那様、秘書であるあたしは同行するのが普通だと思いますが」
「いや、あまり増えると一度に戻ることができないんだが」

 ヘルガが同行を申し出た。転移の指輪があるし、ローサにも運んでもらえばある程度は大丈夫か。随員と呼ぶには問題のある人選だが。

 俺は自分一人なら何とでも生き残る自信があるが、女性を連れて無茶はできない。だが転移の指輪がある。俺、ジョゼフィーヌ、ローサ、ヘルガの四人。いざとなれば俺とローサは自前で移動できる。

「思ったよりも増えたな」
「それじゃ決まりね。もし聞かれたら私はエルマーの姉くらいの関係でいいかな。エルマーと姉と愛人たちのパーティーね」
「ちょっと待ってください。私は愛人ではないのですが」

 一括りにされたジョゼフィーヌが手を挙げた。それはそうだ。勝手に隣国の貴族の愛人扱いをされても困るだろう。

「うーん、じゃあエルマーと姉と愛人と捕虜でどう?」
「ローサ、別に無理に名前を付けなくてもいいだろう。俺は冒険に出かけるわけじゃないぞ。ジョゼフィーヌを送り届けてエルザの件を確認するだけだ」
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