ドラゴネット興隆記

椎井瑛弥

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第二章:領主二年目第一部

新しい土地と問題(二):隣の教会

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 土地か。俺が土地を探しているのを知ってか知らずか、またまたいい時に話が来たものだ。タイミングが良すぎて胡散臭く思えるくらいだ。

「アントン、エクムント殿はこのような方だ。どこからどのような話を出してくるか分からないから、付け込まれないように常に注意するようにな」
「はい、かしこまりました」
「私は要注意人物ですか?」
「あなたが私を騙すとも思えませんが、土地の話を持ち出すのは危険でしょう。去年はそれで色々とあったと思いますが」
「いえいえ、おかしな土地ではありません。あなたの屋敷のちょうど裏です。裏ですが、向こう側の道に面していますので、この商会へ移動するには便利だと思いましてね」
「ああ、裏ですか。まあそれは間違いありませんね」

 ノルト男爵領のドラゴネットは新しく作った町だから、ほとんどの道は東西南北にまっすぐ伸びている。だが、普通はなかなかそのようにはならず、同心円状になる。少しずつ外に向かって広がるからだ。

 王都も何度か城壁を作り直している。城壁の外に家や店が立ち並ぶようになったので、その外側に新しく作り、古い城壁は壊す。それを何度も繰り返して外へ外へと広がった。いずれは今の城壁よりもさらに外側に新しく作られ、今の城壁が壊されることになるだろう。

 町によっては城壁を壊さずに外側に新しい城壁を作り、何重もの城壁がある町もあるそうだ。中央には領主の屋敷などの一番重要な建物があり、その一つ外側には有力者の屋敷や高価な商品を扱う店などがあり、その外側に平民の家や一般の店がある。そうなるともちろん一番外側は……言わなくても分かるだろう。

 このような構造の場合、一番内側には許可を得た者しか入ることができないなどの制限がある場合もある。ドラゴネットとは真逆だな。あの城は昼間なら入ろうと思えば誰でも入れる。人だけではなく森の掃除屋も出入りしている。

 王都の屋敷のある周辺は貧民街スラム近いせいもあってかなり入り組んでいるので、商会へ行くためにはぐるっと回る必要がある。行き止まりも多いので、初めて来るなら確実に迷うだろう。

 散歩ついでにぶらぶら歩くならちょうどいいかもしれないが、場合によっては急ぐ必要もあるだろう。もっとも普段は屋敷には誰も来ないので、これまでならほとんど問題はなかった。

 以前はエルザが教会と一緒に掃除をしてくれていたが、妊娠してからはこちらには来ていない。もし一人でいる時に気分が悪くなったり何かに巻き込まれたりする可能性はゼロとは言い切れないからだ。

 だから今年になってからは教会は親父さんの店に管理を頼み、屋敷の方はほとんど使っていなかったので、俺が来た時に空気を入れ替えるくらいだった。

 だが王都で仕事をする必要が出た。先日請け負った貧民街スラムの区画整理や管理などだ。そうなると王都へ来ることも増えるし、屋敷から出かけることも増える。反対側に抜けられた方がどこへ行くにも時間的にはかなり早く着く。[転移]で移動することもできるが、それもどうかと思う。

「金額次第ですが、安ければ検討しますよ」
「これくらいですね」

 お愛想のつもりで口にしたら、すでに書類が作られていた。俺が署名すればそれで終わりか。だが無駄遣いをするつもりはない。金は有限だ。今はあっても明日あるとは限らないからだ。

 もちろんそんな使い方をするつもりは一切ないが、人生というものはいつ何があるかは分からない。だがここに書かれている金額は……

「本当にこれだけですか?」
「はい、本当にこれだけです」

 思った以上に安かった。金貨一枚さえ必要ないとは。

上物うわものの解体は自前ということですので、それくらいになっています。建物が立派でそのまま使えるならもっと高くなりますが、あの状態では」

 うちも古いが裏も古い。うちは古めかしいだけだが、裏のは崩れかけている。あくまで他所様の屋敷だが、うちの一部だと思われることがあるのは庭から見えるからだ。

 このあたりに建てるなら、それほど金をかけて立派な屋敷にしようという気も起きないだろう。まあ直そうと思えば直せるが、一度更地にした方がいいだろう。作業中に住む場所はあるわけだからな。

「分かりました。この金額なら購入しましょう」
「では手続きはこちらでしておきます」
上物うわものがあると言ってもその金額なら、うちはどれだけ安かったのでしょうか?」
「元エクディン準男爵の屋敷ならこれですね」
「……パッと出せるのですね」
「ご縁のある方に関してはすぐに仕事に取り掛かれるようになっています」

 冗談かもしれないが、本当にそうしてそうなところが怖い御仁だ。

「うちの屋敷は……それなりに高くないですか?」
「売主がかなり吹っ掛けた可能性があります。でも支払いはされていますね」

 ヒキガエル あの伯爵がどれだけ恩賞を渡したがらなかったのは、父が受け取った土地を考えれば分かる。あの土地はその部下だったイタチあの子爵が持て余していた土地だ。広さだけはあった。荒地と山だけだったが。

「恩賞で支払った可能性があるのか……ん? これは何だ?」

 書類に一か所、明らかにおかしな部分があった。これがこれまで知っていた事実とはまったく違っていた。

「何かありましたか?」

 書類におかしな部分があったのでエクムント殿に確認してもらうことにした。彼は財務省の役人だ。金関係にはめっぽう強い。それだけではないのが恐ろしいところだが。

「屋敷の隣の教会はうちのものではなかったはずです」
「ええ、あれは持ち主不明の独立した教会です」
「ですがここを見ると、いつの間にかうちに譲渡されていませんか?」
「え? あ、本当ですね。確かにそうなっていますね。なぜかは分かりませんが見落としていました」

 エクムント殿も気づいていなかったようなので、二人で書類の確認をする。所有者が変わった場合は届け出る必要がある。何枚もある書類の一番最後、そこに付記として一枚の書類が加えられていた。

 貴族が屋敷の近くに土地を買って教会を建てたり、あるいは敷地の一角に教会を建てることはある。それによって周辺の住民に祈りの場を提供し、それによって徳を積むわけだ。お布施を集める意味もあるが。

 だがうちの隣の教会は父が屋敷を建てる前からあったもので、つまりうちの所有物ではない。だが二〇年ほど前にうちに譲渡されている。それで何か得をするとか損をするとか、そのようなことは一切ないが、普通は勝手に譲ったりはしないだろう。だがここに譲渡申請の書類があり、そこには財務大臣の署名も入っている。

「誰が渡したか、誰が受け取ったか、そのあたりは不明ですね」
「税はどうなっていますか? 私は払った記憶がないのですが」
「税はですね……五〇年分前払いで支払われていますね。あと三〇年ほどです。戻ってから確認しておきます。大臣は変わっていますが、一人くらいは事情を知っている人もいるでしょうから」
「少し聞いて無理そうならそれでかまいません。害はないでしょうから」

 うちに教会を所有させて誰が得をするのかという話だ。掃除などの手間はかかるが、それを除けばうちにしか得はない。税も前払いと気前がいい。

「まあノルト男爵には得しかないでしょう。では手続きはお任せください。片付けはいつ始めてもらってもかまいません。それ以外はこちらでやっておきますので」
「そのあたりはお願いします」

 エクムント殿は俺に屋敷の鍵を渡すといつもの様子で帰って行った。

「とりあえず現状の確認に行くか」
「ご一緒します」
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