ドラゴネット興隆記

椎井瑛弥

文字の大きさ
上 下
223 / 345
第三章:領主二年目第二部

戦争(二):援軍

しおりを挟む
「クラース、少し力を貸してほしい」

 ドラゴネットに戻るとその足でクラースの家に寄り、協力してくれるかどうかの確認をすることにした。

「エルマーから頼み事とは珍しいな」
「楽しいことでもないから言いにくいが……」

 南西部のマルクブルク辺境伯領にゴール王国軍が侵入したので、それを追い払うために戦場の上を飛んでくれないかと頼んだ。

「戦うのは軍の仕事だが、あのあたりはここ数年毎年起こる戦争でかなり疲弊している。できる限り味方の消耗を減らしたい」
「かまわんぞ。最初に敵将の周辺だけ派手に燃やして、他に何か所か人がいないところにでも火を吐けば逃げるのではないか?」
「手伝ってくれるか?」
「ああ、それくらいはな。さすがに私も無差別に人を殺すような趣味はないが、戦闘や戦争に参加したことはある。指揮官が死んで身の危険を感じれば、兵士たちもさすがに逃げるだろう」

 クラースは二つ返事で引き受けてくれることになった。

「その線で頼む。とりあえず中央に一発だな。軍旗があるから分かるだろう。それからなるべく兵士の少ないところに適当に撃てば、そのうちに逃げるだろう。俺も敵だからって皆殺しにしたいわけではない。騎士は仕方ないと思うが農兵たちはなあ」
「それなら、すぐに向かうか?」
「いや、少し準備がある」
「準備?」
「いきなり竜が戦場に現れたら味方も驚くだろう。その対策だ」
「そうだな。ビラでも撒くか?」
「いや、国旗だ」

 その瞬間だけ使えればいいが、クラースが持つくらい大きな国旗を作ってもらい、それをぶら下げながら戦場に現れる。そこまですればさすがに味方だと分かるだろう。

 上から手紙を落としてもいいが、それがマルクブルク辺境伯の手にすぐに渡るとも限らないし、その前にクラースを見て味方が逃げ出しても困る。

「なるほどな。私が両手に持って戦場に現れればいいわけだな」
「ああ、とりあえず布を縫い合わせて染める時間も惜しいから染料を塗るくらいでいいだろう。その準備があるから明日の出発で頼む」
「分かった。では明日まではゆっくりさせてもらおう」

 手間賃代わりにツェーデン子爵に貰った中で一番上等な酒を渡す。口が軽くなってまたパウラに絞められないかが気になるが。



◆ ◆ ◆



「竜になったクラースさんが持てるくらいの大きさですね」
「ああ、飛びながら見せるから、それなりに丈夫に作ってもらいたい。作ってもらうのに適当でいいと言うのもおかしいが、遠く離れたところから見てアルマン国の国旗っぽく見えればそれでいい。無理を言うが、明日の朝までに頼む」

 染織を仕事にしているアメリアに対して、失礼な言い方であるのは分かっているが、今は時間がない。理解してほしい。

「分かりました。突貫で仕上げます。報酬は期待していますね」
「ああ、希望は聞こう。ドーリスたちにも、最新の道具も含めて何か欲しいものがないか聞いておいてくれ。今回は袖の下なしだ」
「はい」

 翌日、ヘロヘロになったアメリアたちから巨大な国旗を受け取った。素材は布だが、これだけの面積があるとかなり重い。

「ある程度しっかりしていないと風でなびいて破れるかもしれませんし、しっかりしすぎると重さで破れるかもしれませんでしたので、縁取りをしっかりして切れ目を入れることで対処しました。それにしても、これだけ大きいともはや布の重さではないことがよく分かりました」

 完全に一枚の布にすると風を受けて飛ぶのが大変になる上に、縫った場所から破れるかもしれない。そのあたりを考えて作ってくれたようだ。

 俺自身が剣を振るうことはないかもしれないが、戦場に向かうことは間違いない。食糧や水などは持っていった方がいいだろう。他には上から落とす岩は……異空間にあるな。

「無事のお戻りを願っております」
「新婚早々に寡婦にさせるつもりはない」
「あなたなら大丈夫でしょ」
「直接切り込むことはないだろうからな」
「エルマー様、無理はしないでくださいね」
「お守りですっ」

 俺は一人ずつ抱きしめてキスをすると、クラースと一緒に転移で王都へ移動した。



◆ ◆ ◆



 一度王都に寄って陛下にクラースが協力してくれることを伝えると、そのまま南部へ向かうことにした。

「さて、どうやって驚かすか」
《このまま戦場へ向かい、敵軍の真ん中へ向けて息吹ブレスを吐けばいいだろう》
「俺は落ちないようにしているから、細かいところは任せた。意外にここにいるのは難しい」

 俺は体長が六〇メートルほどあるクラースの頭の上に立っている。左右に出ている大きな角ではなく、頭に何本もある小さめの角にしがみ付く感じだ。

 小さいとは言っても角に触ることになる。俺とカレンの時の話を思い出して大丈夫なのかと思ったら、異性の場合は愛情表現になるそうだ。同性の場合は普通は単なる親愛の情らしい。そもそも俺の場合はクラースと義理の親子だから何も問題ないというわけだ。

 戦場の遠く上空から戦況を確認する。兵力はゴール王国が二倍以上いるか。最初から多かったのか、それともアルマン王国の方が減ったのか。

 陣形はゴール王国がU字形をし、アルマン王国軍を包囲しかけている。敵の本陣は……あの位置か。どうやら本陣は後ろに下がっているようだ。

 ありがたいことに、クラースが俺に遠くを見ることができる魔法をかけてくれている。そうでなければとても見えない。

「クラース、あのU字から少し下がったところにいるのが敵の本陣だ。頼む」
《任された》

 俺を乗せたクラースが頭を下げて急降下すると、双方の陣形が乱れた。クラースは敵の本陣に十分近付いてから火球を一つ吐いてそのまま上昇した。

 ボフッ!

 後ろで悲鳴が上がったようだが、振り向くような余裕はない。結界があって風も熱もはかなり防いでくれるが、クラースの頭が動けば俺の体も振られる。体を支えているのは二本の腕だけだ。落ちたら洒落にならない。

 今度は旋回して存在を見せつける。今回アメリアたちに無理を言って用意してもらった巨大なアルマン王国の国旗が風になびく。とりあえず今回だけ使えればいいので、布を繋いで染料を塗っただけの簡易な物だ。雨が降れば色が落ちる。それでもどちらの味方かは分かるはずだ。あまり上昇すると見えなくなるが。

《大丈夫か?》
「揺れるがなんとか大丈夫だ。敵味方の間に何発か頼む」
《よし》

 この間にアルマン王国軍は下がって態勢を立て直そうとしている。ゴール王国軍は完全に足が止まっている。両軍の間に隙間ができた。狙うならそこだ。

 クラースは戦場を横切るように飛び、敵の先頭がちょうど巻き込まれるかどうかという絶妙な具合で火球を飛ばした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

小さなわたしたちが1000倍サイズの超巨大エルフ少女たちから世界を取り返すまでのお話

穂鈴 えい
ファンタジー
この世界に住んでいる大多数の一般人たちは、身長1400メートルを超える山のように巨大な、少数のエルフたちのために働かされている。吐息だけでわたしたち一般市民をまとめて倒せてしまえるエルフたちに抵抗する術もなく、ただひたすらに彼女たちのために労働を続ける生活を強いられているのだ。 一般市民であるわたしは日中は重たい穀物を運び、エルフたちの食料を調達しなければならない。そして、日が暮れてからはわたしたちのことを管理している身長30メートルを越える巨大メイドの身の回りの世話をしなければならない。 そんな過酷な日々を続ける中で、マイペースな銀髪美少女のパメラに出会う。彼女は花園の手入れを担当していたのだが、そこの管理者のエフィという巨大な少女が怖くて命懸けでわたしのいる区域に逃げてきたらしい。毎日のように30倍サイズの巨大少女のエフィから踏みつけられたり、舐められたりしてすっかり弱り切っていたのだった。 再びエフィに連れ去られたパメラを助けるために成り行きでエルフたちを倒すため旅に出ることになった。当然1000倍サイズのエルフを倒すどころか、30倍サイズの管理者メイドのことすらまともに倒せず、今の労働場所から逃げ出すのも困難だった。挙句、抜け出そうとしたことがバレて、管理者メイドにあっさり吊るされてしまったのだった。 しかし、そんなわたしを助けてくれたのが、この世界で2番目に優秀な魔女のクラリッサだった。クラリッサは、この世界で一番優秀な魔女で、わたしの姉であるステラを探していて、ついでにわたしのことを助けてくれたのだった。一緒に旅をしていく仲間としてとんでもなく心強い仲間を得られたと思ったのだけれど、そんな彼女でも1000倍サイズのエルフと相対すると、圧倒的な力を感じさせられてしまうことに。 それでもわたしたちは、勝ち目のない戦いをするためにエルフたちの住む屋敷へと向かわなければならないのだった。そうして旅をしていく中で、エルフ達がこの世界を統治するようになった理由や、わたしやパメラの本当の力が明らかになっていき……。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

俺のスキル『性行為』がセクハラ扱いで追放されたけど、実は最強の魔王対策でした

宮富タマジ
ファンタジー
アレンのスキルはたった一つ、『性行為』。職業は『愛の剣士』で、勇者パーティの中で唯一の男性だった。 聖都ラヴィリス王国から新たな魔王討伐任務を受けたパーティは、女勇者イリスを中心に数々の魔物を倒してきたが、突如アレンのスキル名が原因で不穏な空気が漂い始める。 「アレン、あなたのスキル『性行為』について、少し話したいことがあるの」 イリスが深刻な顔で切り出した。イリスはラベンダー色の髪を少し掻き上げ、他の女性メンバーに視線を向ける。彼女たちは皆、少なからず戸惑った表情を浮かべていた。 「……どうしたんだ、イリス?」 アレンのスキル『性行為』は、女性の愛の力を取り込み、戦闘中の力として変えることができるものだった。 だがその名の通り、スキル発動には女性の『愛』、それもかなりの性的な刺激が必要で、アレンのスキルをフルに発揮するためには、女性たちとの特別な愛の共有が必要だった。 そんなアレンが周りから違和感を抱かれることは、本人も薄々感じてはいた。 「あなたのスキル、なんだか、少し不快感を覚えるようになってきたのよ」 女勇者イリスが口にした言葉に、アレンの眉がぴくりと動く。

天才女薬学者 聖徳晴子の異世界転生

西洋司
ファンタジー
妙齢の薬学者 聖徳晴子(せいとく・はるこ)は、絶世の美貌の持ち主だ。 彼女は思考の並列化作業を得意とする、いわゆる天才。 精力的にフィールドワークをこなし、ついにエリクサーの開発間際というところで、放火で殺されてしまった。 晴子は、権力者達から、その地位を脅かす存在、「敵」と見做されてしまったのだ。 死後、晴子は天界で女神様からこう提案された。 「あなたは生前7人分の活躍をしましたので、異世界行きのチケットが7枚もあるんですよ。もしよろしければ、一度に使い切ってみては如何ですか?」 晴子はその提案を受け容れ、異世界へと旅立った。

異世界の約束:追放者の再興〜外れギフト【光】を授り侯爵家を追い出されたけど本当はチート持ちなので幸せに生きて見返してやります!〜

KeyBow
ファンタジー
 主人公の井野口 孝志は交通事故により死亡し、異世界へ転生した。  そこは剣と魔法の王道的なファンタジー世界。  転生した先は侯爵家の子息。  妾の子として家督相続とは無縁のはずだったが、兄の全てが事故により死亡し嫡男に。  女神により魔王討伐を受ける者は記憶を持ったまま転生させる事が出来ると言われ、主人公はゲームで遊んだ世界に転生した。  ゲームと言ってもその世界を模したゲームで、手を打たなければこうなる【if】の世界だった。  理不尽な死を迎えるモブ以下のヒロインを救いたく、転生した先で14歳の時にギフトを得られる信託の儀の後に追放されるが、その時に備えストーリーを変えてしまう。  メイヤと言うゲームでは犯され、絶望から自殺した少女をそのルートから外す事を幼少期より決めていた。  しかしそう簡単な話ではない。  女神の意図とは違う生き様と、ゲームで救えなかった少女を救う。  2人で逃げて何処かで畑でも耕しながら生きようとしていたが、計画が狂い何故か闘技場でハッスルする未来が待ち受けているとは物語がスタートした時はまだ知らない・・・  多くの者と出会い、誤解されたり頼られたり、理不尽な目に遭ったりと、平穏な生活を求める主人公の思いとは裏腹に波乱万丈な未来が待ち受けている。  しかし、主人公補正からかメインストリートから逃げられない予感。  信託の儀の後に侯爵家から追放されるところから物語はスタートする。  いつしか追放した侯爵家にザマアをし、経済的にも見返し謝罪させる事を当面の目標とする事へと、物語の早々に変化していく。  孤児達と出会い自活と脱却を手伝ったりお人好しだ。  また、貴族ではあるが、多くの貴族が好んでするが自分は奴隷を性的に抱かないとのポリシーが行動に規制を掛ける。  果たして幸せを掴む事が出来るのか?魔王討伐から逃げられるのか?・・・

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

処理中です...