ドラゴネット興隆記

椎井瑛弥

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第二章:領主二年目第一部

帰還(二)

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 しばらくすると領民たちが城に集まって来た。彼らもクラースたちに会いたいだろう。そういうわけで大広間の方に移動することになった。あの場所なら何百人も入れるから集まって騒ぐのにちょうどいい。

 中には酒を持ってくる者もいたので、ちょっとした宴会をすることにした。厨房には迷惑をかけるが頑張ってもらおう。



◆ ◆ ◆



「あれ? そこにいるちょっと薄ぼんやりした年増のエルフはカサンドラ?」

 しばらくしてやって来たカサンドラを見て、ローサがそんな危険なことを口にした。当然だがカサンドラの目が釣り上がる。

「ちょっと薄ぼんやりした年増は余計です。久しぶりですね。誰かと思えば、お転婆ローサじゃないですか」
「おひさ」
「知り合いか?」
「はい。二人とも同じお祖父様の孫になります。お祖母様は二人とも違いますが」

 家系の話というのは他人が聞くとまったく理解できないことが多いが、カサンドラたちの祖父には二〇人以上の妻と三〇人以上の愛人がいて、子供は軽く一〇〇人を超えるそうだ。すごい数だな。エルフなら普通なのか?

 そしてカサンドラに薬についての知識を教えてくれたのが、ローサの祖母である竜、そしてその祖父の別の妻でエルフの女性だということだ。

「なるほど、例えるならカレンの孫とエルザの孫が遠い異国で出会ったという形か」
「そうですね。私もまさかここでローサと出会うとは思いませんでした。祖国に戻るつもりもありませんでしたので」
「それで、カサンドラはここで何をしてるの?」
「私ですか? 私はこの人の愛人です。初代愛人を名乗っています」

 そう言って俺の腕に絡みついてくる。

「へーっ。やっぱりこういう人に惹かれるのね」
「やっぱりって何だ?」
「ええっとね……」
「余計なことは言わないでください」
「ううん、言っちゃう。エルマーはお祖父様に似てるのよ。外見じゃなくて雰囲気かな。一本しっかりとした芯が通ったところ」
「芯なあ……。自分ではよく分からないが」

 芯と言われてもな。自分のことは自分では分からない。

「家族を大切にして、友達を大切にして、仲間を大切にして、もし手を出されそうになったら全力で叩き潰す感じ」
「あなたね」
「アルマー様ですね」
「そのまんまですねっ」
「最近来たわたくしにもそう思えます」

 世の中には自分と同じような人が少なくとも数人はいるという話がある。外見だけではなく中身の方も。何十万人、何百万人、何千万人、何億人もいれば、似たような人が一人や二人はいるはずだ。別におかしくない。まあそういうことだろう。

「でも本当に似てるわね。背格好も話し方も全然違うのに、受ける印象がまったく同じ」
「俺は会ったことがないから分からないが、どんな人なんだ?」
「ええっとね……」

 ローサが教えてくれた俺とよく似た祖父という人は、俺はそれほど似ているとは思わないが、ローサとカサンドラから見ると非常によく似ているそうだ。

 ある大陸の一番西にある非常に危険な森から現れたエルフで、それから冒険者になって様々な悪を倒し、国王に認められて貴族になった。そのうちその国から独立して小さな国の国王になり、それから両国は兄弟国として栄えているらしい。国王本人から独立を勧められたそうだが、国王が独立を勧めるって、どういう状況だ?

 二人は一生懸命説明してくれるが、何となくは分かるがどういう人かはまったく分からない。とりあえず表情が柔らかい。人当たりがいい。魔法が得意で魔道具作りはそれ以上に得意。料理にこだわりがある。

「……どこが俺に似ているんだ? 一つも似ていないだろう」
「違うのよ! 似てるのよ、本当に! でも違うの!」

 ローサは両手を振りながら力説するが、俺にはまったく分からない。

「クラースはローサの祖父には会ったことがあるのか?」
「もちろんだ。彼はパッと見た感じはエルマーにはまったく似ていない。外見だけなら私の方がよほどエルマーに似ているだろうな」
「ローサとカサンドラの言葉を聞けばそうだろうな」

 クラースは俺よりも背が高く、火竜だけあって髪は赤黒い。俺の兄、あるいは従兄いとこと言われたら納得する者は多いだろう。

「だが、やはり芯と呼ぶべきか魂と呼ぶべきか、心の有りようが似ている。私はそこまで極端ではない」
「極端?」
「ああ、自分には何があっても後悔しないから、身内は何があっても助けよう、という心構えと言ったらいいのか、覚悟と言ったらいいのか……」

 心構えと覚悟か……。もしカレンやエルザ、アルマ、ナターリエ、あるいはカサンドラ、アンゲリカ、ヘルガ、アメリア、妻や愛人だけではなく、ここで暮らす者たちに危害が加えられるそうになるとすれば、その時に俺はどうするか。

「そうだな、家族に何かされそうなら……徹底的に叩き潰すだろうな。二度と寄ってこないように」
「そこだろうな、エルマーが私と違ってケネス殿に似ているのは。自分が嫌われようが何だろうが一切気にしないが、大切な人たちは何があっても守るという強い意思だろう。彼と見た目はまったく違うが、根っ子は同じだ。自己犠牲とも違い、どう表現すればいいのか私にも分からない」
「そうか」
「そんなエルマーだからカレンを任せられると思ったわけだが」
「それは安心してくれ。何があっても家族は守る」
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