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第三章:領主二年目第二部
捕虜の扱い(三)
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目の前にいる女性騎士をどう扱っていいのか、俺だけではなく周りで監視していた兵士たちも困っている。女性で立派な甲冑を身に付けていたのならそれなりの家柄のはずだ。今は甲冑は天幕の端に置かれているが、髪が綺麗に手入れされているのを見ればそれなりの家柄だと分かる。
平民なら農作業の邪魔なのでバッサリと切ることもある。伸ばしても後ろで縛るのがせいぜいだ。長くて綺麗な髪がきちんと編み込んであるということは、金銭的にも時間的にもそれだけ手入れをする時間があるということを表している。そのような判断で連れて来られたようだが、諦めが良いのか悪いのか、頭が良いのか悪いのか、そのあたりの判断に困る。
そしてつい先ほどまでは強気の表情で喚いていたが、急に顔が青ざめて震え始めた。状況がようやく飲み込めたのだろうか。水を飲んでしばらくすると少し落ち着いたのか顔色がマシになった。いつまでもこうしている訳にもいかないから尋問を再開するか。
「おまえは捕虜になったが、捕虜になった者を殺すことができないのは騎士なら分かっているだろう。それならどうして殺せなんて言ったんだ?」
「それはその……まさか……だとは思わず……以前の……ように……くっころを言って……たのです」
「ん? くっこ……何だって?」
「い、いや、何でもありません。独り言なので……気にしないでいただきたい。すみません……」
ボソボソと話したと思ったらいきなりシュンとしたな。気が強いのかどうかよく分からない。どうも強がっているだけの気がする。物分かりは悪くなさそうだ。
「死にたいなら自害用にナイフくらいは貸すが、こちらから捕虜に何かをすることはない。大人しくしているなら身の安全は保証する」
「分かりました」
そう言うと右手を挙げた。
「……どうして手を挙げる?」
「返事をしたり意見を述べたりする時には手を挙げるようにと教えられましたので」
「そんな習慣があるのか?」
「いえ、習慣ではなく……の記憶です。おそらく……」
たまに声が小さくなるな。聞こえなくても問題はない内容だが。
「まずは名前、他には所属や身分を言ってくれ」
「はい。名前はジョゼフィーヌです。ヴァジ男爵家の次女になります」
「男爵家の次女な。指揮官だったのか?」
「一応は後詰めの隊長でしたが、お飾りのようなものです。私に指揮権などなく、本陣の斜め後ろでただ待機していただけでした」
辺境伯に報告できるように、ジョゼフィーヌが口にしたことを簡単に書き付ける。彼女の剣の扱いがどれだけ上手かは分からない。真面目そうだから訓練はしているだろうが。
だが彼女が前線に出なかったのは、技術的にまだまだだと思われていたからか、それとも戦争の雰囲気を教えるためだけのつもりだったのか、そのあたりだろうか。
「ですが隊長であることには変わりありませんので、本陣に呼ばれることがありました。そこから戻る途中で意識がなくなり、気が付いたらここにいました。何もせず、何の役にも立てませんでした」
「それでも生き残ったことは誇ってもいいだろう。生きていれば何でもできる。死んではそこで終わりだ」
「それはそうですが……」
ゴール王国軍を追い払いはしたが皆殺しにはしていない。クラースには最初に本陣に一発撃ち込んでもらったが、まとめて死んだのはそのあたりだけだろう。それ以外にも何発か撃ってもらったが、敵がおかしな方向に進まないようにするためで、当てるつもりはなかった。
運悪く巻き込まれた者がいたかもしれないが、多少は仕方がない。戦争だからな。戦場で剣を抜けば殺されても仕方がない。連れてこられているだけの農兵は別だが、死ぬ覚悟ができているやつだけが戦場にいるからだ。
◆ ◆ ◆
「男爵、いや助かった。しかし、あの女は言っていることがすぐに変わって困る。何を言っているのか全然意味が分からないし、しかもこちらの話を聞こうとしない。娘と同じだ」
「ご息女がどうかは分かりませんが、私の時も最初の反応は同じようなものでした。話は半分も理解できませんでしたが、ある程度の情報は聞けたと思います。彼女自身、気がつけば戦いが終わっていたので戸惑っていた様子ではありました」
まあとりあえず気を張って強がっていただけのようだ。あれ以降は質問に対しては真面目に答えていた。話が繋がらないように思えるのは言い回しの問題か。
「それで今後はどうしましょう。辺境伯の軍に同行すればよろしいですか?」
「そうだな。エルシャースレーベンまで同行してもらいたい。卿らがいると安心できる」
「了解いたしました。クラースも頼めるか?」
「大丈夫だ。冒険者をしていたこともある。旅は慣れている」
あの戦場にいたのはマルクブルク辺境伯の領軍を中心に、この近くに領地を持つ貴族の軍だった。彼らは王都に行く必要は全くない。ただし戦後の処理は行わなければならない。双方ともに数万ずつが剣と槍と弓矢でぶつかり合えば、千単位の死者が出る。それが戦争だ。
そして見たかろうが見たくなかろうが、死体は戦場のあちこちに転がっている。死んだのが指揮官であれば見た目で判別できるが、そうでなければ誰が誰かは分からない。部隊ごとに軍を再編し、いない者は死者として扱われる。
指揮官にとっては兵士は動かすべき駒であり、最終的に一人一人がどうなったかは問題ではない。全体でどれだけの死者が出たかが問題になるという、単なる数字だけの存在だ。一人一人のことを気にしているようでは立派な指揮官にはなれないと教えられる。だから俺には大軍の指揮官などは務まらないだろう。
その日は片付けをしてから野営をし、翌日はまず負傷者たちの移送をすることになった。武器を持つことができる者は負傷者たちを庇いつつ戻る。負傷者だけまとめて移動させると、場合によっては盗賊たちに襲われることもあるからだ。兵士だって銅貨くらいは持っている。
「王都へ向かう者たちも若干いるので、最終的には彼らと一緒に戻ってもらいたい」
「分かりました」
俺もクラースも回復魔法が使えるので、魔法使いたちを中心とした衛生兵に混じって治療する。命を落とした者はさすがに救えないが、生きてさえいれば命だけはなんとか助かる。
「秘薬と呼ばれるほどの物を使えば欠損くらい治せるだろうが、一般的な魔法や薬では無理だな」
「秘薬なんてあるのか?」
「私ではさすがに作れない。私の場合は怪我を治すのがせいぜいだ」
平民なら農作業の邪魔なのでバッサリと切ることもある。伸ばしても後ろで縛るのがせいぜいだ。長くて綺麗な髪がきちんと編み込んであるということは、金銭的にも時間的にもそれだけ手入れをする時間があるということを表している。そのような判断で連れて来られたようだが、諦めが良いのか悪いのか、頭が良いのか悪いのか、そのあたりの判断に困る。
そしてつい先ほどまでは強気の表情で喚いていたが、急に顔が青ざめて震え始めた。状況がようやく飲み込めたのだろうか。水を飲んでしばらくすると少し落ち着いたのか顔色がマシになった。いつまでもこうしている訳にもいかないから尋問を再開するか。
「おまえは捕虜になったが、捕虜になった者を殺すことができないのは騎士なら分かっているだろう。それならどうして殺せなんて言ったんだ?」
「それはその……まさか……だとは思わず……以前の……ように……くっころを言って……たのです」
「ん? くっこ……何だって?」
「い、いや、何でもありません。独り言なので……気にしないでいただきたい。すみません……」
ボソボソと話したと思ったらいきなりシュンとしたな。気が強いのかどうかよく分からない。どうも強がっているだけの気がする。物分かりは悪くなさそうだ。
「死にたいなら自害用にナイフくらいは貸すが、こちらから捕虜に何かをすることはない。大人しくしているなら身の安全は保証する」
「分かりました」
そう言うと右手を挙げた。
「……どうして手を挙げる?」
「返事をしたり意見を述べたりする時には手を挙げるようにと教えられましたので」
「そんな習慣があるのか?」
「いえ、習慣ではなく……の記憶です。おそらく……」
たまに声が小さくなるな。聞こえなくても問題はない内容だが。
「まずは名前、他には所属や身分を言ってくれ」
「はい。名前はジョゼフィーヌです。ヴァジ男爵家の次女になります」
「男爵家の次女な。指揮官だったのか?」
「一応は後詰めの隊長でしたが、お飾りのようなものです。私に指揮権などなく、本陣の斜め後ろでただ待機していただけでした」
辺境伯に報告できるように、ジョゼフィーヌが口にしたことを簡単に書き付ける。彼女の剣の扱いがどれだけ上手かは分からない。真面目そうだから訓練はしているだろうが。
だが彼女が前線に出なかったのは、技術的にまだまだだと思われていたからか、それとも戦争の雰囲気を教えるためだけのつもりだったのか、そのあたりだろうか。
「ですが隊長であることには変わりありませんので、本陣に呼ばれることがありました。そこから戻る途中で意識がなくなり、気が付いたらここにいました。何もせず、何の役にも立てませんでした」
「それでも生き残ったことは誇ってもいいだろう。生きていれば何でもできる。死んではそこで終わりだ」
「それはそうですが……」
ゴール王国軍を追い払いはしたが皆殺しにはしていない。クラースには最初に本陣に一発撃ち込んでもらったが、まとめて死んだのはそのあたりだけだろう。それ以外にも何発か撃ってもらったが、敵がおかしな方向に進まないようにするためで、当てるつもりはなかった。
運悪く巻き込まれた者がいたかもしれないが、多少は仕方がない。戦争だからな。戦場で剣を抜けば殺されても仕方がない。連れてこられているだけの農兵は別だが、死ぬ覚悟ができているやつだけが戦場にいるからだ。
◆ ◆ ◆
「男爵、いや助かった。しかし、あの女は言っていることがすぐに変わって困る。何を言っているのか全然意味が分からないし、しかもこちらの話を聞こうとしない。娘と同じだ」
「ご息女がどうかは分かりませんが、私の時も最初の反応は同じようなものでした。話は半分も理解できませんでしたが、ある程度の情報は聞けたと思います。彼女自身、気がつけば戦いが終わっていたので戸惑っていた様子ではありました」
まあとりあえず気を張って強がっていただけのようだ。あれ以降は質問に対しては真面目に答えていた。話が繋がらないように思えるのは言い回しの問題か。
「それで今後はどうしましょう。辺境伯の軍に同行すればよろしいですか?」
「そうだな。エルシャースレーベンまで同行してもらいたい。卿らがいると安心できる」
「了解いたしました。クラースも頼めるか?」
「大丈夫だ。冒険者をしていたこともある。旅は慣れている」
あの戦場にいたのはマルクブルク辺境伯の領軍を中心に、この近くに領地を持つ貴族の軍だった。彼らは王都に行く必要は全くない。ただし戦後の処理は行わなければならない。双方ともに数万ずつが剣と槍と弓矢でぶつかり合えば、千単位の死者が出る。それが戦争だ。
そして見たかろうが見たくなかろうが、死体は戦場のあちこちに転がっている。死んだのが指揮官であれば見た目で判別できるが、そうでなければ誰が誰かは分からない。部隊ごとに軍を再編し、いない者は死者として扱われる。
指揮官にとっては兵士は動かすべき駒であり、最終的に一人一人がどうなったかは問題ではない。全体でどれだけの死者が出たかが問題になるという、単なる数字だけの存在だ。一人一人のことを気にしているようでは立派な指揮官にはなれないと教えられる。だから俺には大軍の指揮官などは務まらないだろう。
その日は片付けをしてから野営をし、翌日はまず負傷者たちの移送をすることになった。武器を持つことができる者は負傷者たちを庇いつつ戻る。負傷者だけまとめて移動させると、場合によっては盗賊たちに襲われることもあるからだ。兵士だって銅貨くらいは持っている。
「王都へ向かう者たちも若干いるので、最終的には彼らと一緒に戻ってもらいたい」
「分かりました」
俺もクラースも回復魔法が使えるので、魔法使いたちを中心とした衛生兵に混じって治療する。命を落とした者はさすがに救えないが、生きてさえいれば命だけはなんとか助かる。
「秘薬と呼ばれるほどの物を使えば欠損くらい治せるだろうが、一般的な魔法や薬では無理だな」
「秘薬なんてあるのか?」
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