ドラゴネット興隆記

椎井瑛弥

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第二章:領主二年目第一部

新しい土地と問題(一):貴族の屋敷とは

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「やはり小麦はよく売れていますね。大きな取り引きも小売りの方もです」

 アントンから商会の売上について報告を受けている。今のところ売り上げは好調だそうだ。新規開店記念ということで、他よりも気持ち値段を下げ気味にしている。だがあまり下げすぎると他の商会と揉める原因になりかねないから、ほんの僅かだ。

「麦は味がいいということで、繰り返し購入される方が出始めました。それ以外には体調が良くなったという方もいらっしゃるようですが、それは麦のせいなのかどうかは分かりません」
「麦わらには魔力が多いらしいから、実の部分にもあるのかもな」

 領民たちは去年の秋から自分たちが育てた麦を口にしているが、今のところ体調が良いだの悪いだのという話は聞かない。王都で暮らす者たちが不健康すぎるんじゃないだろうか。水も悪いからな。そのあたりもできることなら何とかしてやりたいが、そこは俺の領分じゃない。

「エールと蒸留酒も人気です。特に香りがいいと評判です」
「そのあたりはライムントとカスパー、それにバルタザールおかげだな」

 ライムントとカスパーの兄弟は酒にはうるさい。バルタザールが作った樽に詰めて熟成させるが、様々な木で仕込んで試している。そのために熟成庫と呼ばれる、中に入れた食品が早く熟成する魔道具を導入したほどだ。

 熟成庫という魔道具は、時空間魔法が使える魔道具職人ならいくらでも作れるそうだが、供給する魔力に限界がある。本体を大きくすれば魔力の消費が大きく、熟成の速度も遅くなるが、一度にたくさん熟成させることができる。小さくすれば魔力の消費が少なく、その分早く熟成させることができるが、あまりたくさん入れることができない。一得一失と呼ぶものだ。なかなか両立させることは難しい。普通なら。

 だがうちの場合は魔力を周囲から集めるという竜の鱗を使って、できる限り大きく、かつできる限り早く熟成が進む熟成庫を、ブリギッタがライムントとカスパーに押し切られる形で作らされていた。途中で半狂乱になっていたが。

「蒸留酒などはどれがどの層に人気があるかも調べる予定です。まだ固定客とまで呼べる方は少ないですので」

 この商会の経営に関してはアントンにすべて任せている。俺から提案することもあるしアントンが提案することもあるが、基本的にはダメだとは言わない。任せたからには信じて待つ。それが方針だ。

「失礼いたします。旦那様、エクムント殿がお見えです」
「あの人がか。珍しいな。通してくれ」

 アントンと話をしていると、商会員の一人が来客を告げに来た。用事があるなら俺の方が王城へ出向いて話をしている。エクムント殿から話が来たのは、使用人を雇ってほしいという話の時だけで、たしかあの時は俺が王城にいた時だったか。

 そのエクムント殿はいつもと同じような飄々とした様子で部屋に入って来た。

「ここに来ればお会いできるかと思っていましたが、ちょうどよかったです」
「今日はたまたまですよ。今後はこちらに連絡をしていただければ大丈夫です」
「それは助かります。今日は一つ話を持ってきました」
「話ですか」
「はい。ノルト男爵、土地を買いませんか?」



◆ ◆ ◆



 王都にあるノルト男爵邸。元々は父であるエクディン準男爵の屋敷として建てられた。大きさこそまあまあだが、見た目が古めかしいので貴族の屋敷にはなかなか見えない。元あった建物を改築し、玄関などはまだ見れるくらいにはなっているが、中はかなり古い。もちろん補強はしてあるので崩れたりはしない。むしろそう簡単に壊れることはない。

 そもそも客が来るようなこともなく、俺が幼い頃は領主である父がたまに住み、それから俺が軍学校に通っている間は俺が住んでいた。卒業後は交代で年に数回程度様子を見に来る程度で、今ではほとんど使われていない。だが少々事情が変わり、ここをもう少し整える必要があるという話を少し前からしていた。

 第一の理由は、俺が王都に商会を持つようになったからだ。ノルト男爵である俺の商会ということになるので、何かあった時には俺がいないのも困る。もちろん領主がいつも王都にいるとは限らないが、代行を置いておくというのはよくあることだ。その代行すらうちにはいなかったわけだ。

 従僕として雇ったアントンが商会長になり、基本的には彼に全てを任せているが、場合によっては俺と直接話をしたいという者も来るかもしれない。つまり商会長ではなく、領主と直接やりとりをしたいと考える者がいるだろう。要するに大きな取り引きの時などだ。

 第二の理由は、俺が屋敷から近いところにある貧民街スラムの管理を任されたからだ。もちろん管理と言っても俺が直接何かをするわけではなく、うちの商会がこの地区の清掃や治安維持などを任されたというくらいだ。

 新しく建てている低所得者向け住居の管理や周辺の掃除などをしつつ、貧民街スラムの治安が悪化しないかどうかを商会が人を雇って目を光らせる。それ自体も雇用に繋がるわけだ。

 そうなると今の屋敷では少々問題がある。いや、あの屋敷がダメというわけではないが、世襲の男爵になったので、そろそろ屋敷のことを考えた方がいいのではと、執事のヨアヒムや商会長のアントンには言われている。

 もちろんそれは分かる。殿下など、ごと無い身分の客を迎え入れるのならそれなりの体裁は必要だ。問題は土地と建物。土地を探して屋敷を建てる。世襲の男爵として恥ずかしい屋敷ではいけない。今の屋敷に拘るのは単なる感傷だと分かってはいるが、そう簡単に捨てられるものでもない。そこが難しいところだ。
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