ドラゴネット興隆記

椎井瑛弥

文字の大きさ
上 下
120 / 345
第一章:領主一年目

保存食作り

しおりを挟む
「あの肉を普段から口にできるのは羨ましいですね」
「山の向こうでは家畜が手に入らないので、どうしても魔獣を中心にせざるを得ないのが問題です」

 ヴァイスドルフ男爵の素直すぎる感想に対して、俺は苦笑気味にそう答える。少し前にこのバーランでヴルストソーセージの作り方を教わった。そしてその際に加工場にいた職人たちに猪肉と熊肉の塊を渡し、どうしたらより美味くなるかを試してもらうことにした。ついでと言っては申し訳ないが、ヴァイスドルフ男爵にも肉を一塊ずつ渡してもらった。男爵はその肉を焼いて食べたらしい。

「ノルト男爵もご存知のように、うちでは畜産をしていますが、中央の貴族があのようなことになりましたので売れ行きも落ちました。ですが無理に屠殺しなくてもいいとなると、少しは気分も楽になります」

 俺はそこまで育て方に詳しいわけではないが、先日聞いた話としては、豚の育て方は馬や牛とは違うそうだ。牧草や穀物だけでは育たず、ドングリやクリなどの木の実も必要なので、どうしても山や森が近い環境が必要らしい。

 しかも豚は多産で育ちがいい。それもあって牛だけではなく豚も育てられていた。うちの場合は干し草はいくらでも用意できるが、木の実はそこまでたくさんは採れない。しかも食用の木の実ならともかく、ドングリは食べないから育ててはいない。植えれば大丈夫かもしれないが、わざわざ育てるのもなあ。

 俺の向かいにいるヴァイスドルフ男爵アンゼルム・カウニッツは俺と同じくらい大柄な男性だが、俺とは違って非常に大らかな人のようだ。家畜を育てているからかもしれない。環境が人を作ると言うからな。

 彼は大公派ではなかったが、地方の貴族にありがちなこととして、通商路を締め上げられればどうしようもないという事情があった。だから求められるままに家畜を育てて出荷していたそうだ。マジックバッグがある貴族には捌いて販売することもあった。だから商品にしない部分でヴルストソーセージなどの保存食を作っていたようだ。

 そもそも家畜を潰して肉を食べるのは裕福な者が多い。だから田舎では牛や山羊などは乳搾り用に育て、豚を除けば肉にするのは一番最後、つまり家畜として働けなくなった時がほとんどだ。その代わりに普段は卵や乳を口にする。俺としては領民に肉を食べさせたいと思うが、そのために必要以上に牛や豚を潰したいとは思わない。だからこそ魔獣を使えるのが何よりもありがたい。

「牛や豚を出荷するために、父の代から領民たちにはそれなりに無理をして働いてもらいました。逆に今はかなり仕事に余裕が出ています」
「むしろこのままでは仕事が減りすぎるくらいではありませんか?」
「そう、そこなんです。ある程度はあってもいいと思っていますが、今は人が余ってしまいまして」

 先日魔獣でヴルストソーセージ作りの話をした時、後ろから職人が何人もやって来たが、あれは仕事がなくて暇だったんだろう。

 話を聞けば、ここまで牛や豚の数を増やしたのは彼の父親の代かららしい。その頃に南のヴェルヒェンドルフ伯爵から牛と豚を増やすようにと言われたそうだ。そこから牧場を広げ、家畜を殖やし、そのために領民の仕事を振り分け直し、そうやって今のような形になってきた。麦やジャガイモの収穫が減り、その分を購入していたが、その麦やジャガイモはヴェルヒェンドルフ伯爵の領地から購入したものだった。

 俺が大公派を潰してしまったせいではあるが、以前からは飼育する数も減りそうで、片寄りすぎた領内の仕事をできる限り戻したいらしい。荒れた畑もかなり出ているらしい。

「あちこちから畜産のために人を掻き集めましたので、元の仕事に戻すにしても、そちらの調整も必要なので時間がかかります。もしよろしければ、ノルト男爵領で雇ってもらえませんか?」
「うちでですか?」
「はい。ヴルストソーセージなどを作るという話は聞いています。うちから家畜の世話やヴルストソーセージ作りに慣れた者たちを派遣しますので、一年ほど使ってもらえないでしょうか? その間にノルト男爵のところにも技術が定着すると思います」
「そうですね……」

 ヴルストソーセージシンケンハムなどの保存食を作り始めたが、やはり本職がいるのといないのとでは違うだろう。俺が聞いて伝えただけではどうしても細かな部分までは分からないこともある。何とか食べられるものができそうだが、商品にするなら専門家が必要だ。

 家は建てればいいし、食べ物にも困るわけでもない。来てもらって損になるようなことは一切なさそうだ。

「分かりました。うちで雇いましょう。人数はお任せします。うちはなんとか町と呼べるくらいの人数しかいませんので、人が来てくれるのはありがたいですよ」
「こちらこそ無理を言ってすみません。では声をかけておきます。先日あの肉を持ってきたハーマンたちが、いたくあの肉に感動していましたので、向こうに行きたがる者はいるでしょう」
「では、時期はお任せします。マーロー男爵領ともトンネルで繋がりましたので、移動も問題ないはずです」

 さすがに一二月に入り、雪が珍しくなくなったこの時期に移動するのは大変だろう。今すぐ人が必要というわけでもないので、とりあえず時期はヴァイスドルフ男爵に任せることにした。ここからなら四日から五日ほどでエクセンに着く。



◆ ◆ ◆



「そういうわけで、いずれ向こうから職人が来てくれるから、そうなったら量産できるはずだ」
「それは助かります。すぐに売り切れてしまいますから」
「魔獣の肉そのままでも十分美味いと思うがな」

 アンゲリカの店では俺が購入したヴルストソーセージなどが料理に使われている。だがそこまで量があるわけではないので、使える量は限られている。

 正直なところ、ヴァイスドルフ男爵の感想でも分かるように、魔獣の肉の方が家畜の肉やそれで作ったヴルストソーセージよりも味では上のようだ。俺としては、魔獣の猪肉は最高級の牛肉には劣るが、並の牛肉よりは明らかに上だと思う。だが魔獣の肉が普通のこの町では、ヴルストソーセージシンケンハムの方が人気がある。この町では手に入らないからだ。需要と供給、そこが難しい。思い込みもあるとは思うが。

「旦那様がお持ちのヴルストソーセージなら~、いくらでも美味しくいただきますよ~」
「食べ応えが十分すぎますね~」
「お前ら、またここにいるのか?」

 カリンナとコリンナは、もうここにいるはずはないんだが?

 開店当日はあまりにも客が多そうだったので、女中の中で読み書き計算ができる者たちを連れてきて給仕の手伝いをしてもらった。あの時だけだったはずだ。あの翌日からは店員を増やしたから、女中が来るはずはないんだが。

「旦那様を追いかけて来ました~」
「ここにいれば絶対に会えますから~」
「そりゃ午後はここにいることが多いが……」
「申し訳ありません。働かせてほしいと頼まれまして、とりあえず旦那様に聞いてみてからとは言ったのですが……」
「何も考えずに来たわけか……」

 俺は朝食を取ったらそのまま仕事、昼食を取ったら領外へ出かけて仕事、戻ってアンゲリカの酒場か赤髪亭で軽食、城に戻って仕事、それから夕食という流れが多い。

「もちろんユリアさんの許可は貰ってま~す」
「仕事は全部片付けました~」

 午後の仕事を終わらせれば外へ働きに出てもいいとユリアが言ったようだ。この二人は仕事はきちんとする。問題があるのは発言と行動だけだ。だからその日の担当分をきちんと終わらせたのだろう。

 だがユリアが投げたという可能性もある。あるが、家政婦長補佐が許可を出したのなら仕方がない。女性使用人については、家政婦長のアガーテが復職するまでという条件だが、首にする以外の権限を今はユリアに与えている。彼女が許可を出したのに俺が取り消すことはできない。それをしてしまえばユリアの立場がない。任せたからには信用する。それが基本だ。

 目の前で嬉しそうにクルクルと回っている双子。このつり目の姉とたれ目の妹の二人が何を考えているのかよく分からないが、悪意がないことだけは分かる。彼女たちの頭の中が分かれば対処もできるんだが、今のままでは何をしたらいいのかまったく分からない。単に好意だけではなく、何かがあるように思えるが、それも惑わされているだけのような気がする。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

小さなわたしたちが1000倍サイズの超巨大エルフ少女たちから世界を取り返すまでのお話

穂鈴 えい
ファンタジー
この世界に住んでいる大多数の一般人たちは、身長1400メートルを超える山のように巨大な、少数のエルフたちのために働かされている。吐息だけでわたしたち一般市民をまとめて倒せてしまえるエルフたちに抵抗する術もなく、ただひたすらに彼女たちのために労働を続ける生活を強いられているのだ。 一般市民であるわたしは日中は重たい穀物を運び、エルフたちの食料を調達しなければならない。そして、日が暮れてからはわたしたちのことを管理している身長30メートルを越える巨大メイドの身の回りの世話をしなければならない。 そんな過酷な日々を続ける中で、マイペースな銀髪美少女のパメラに出会う。彼女は花園の手入れを担当していたのだが、そこの管理者のエフィという巨大な少女が怖くて命懸けでわたしのいる区域に逃げてきたらしい。毎日のように30倍サイズの巨大少女のエフィから踏みつけられたり、舐められたりしてすっかり弱り切っていたのだった。 再びエフィに連れ去られたパメラを助けるために成り行きでエルフたちを倒すため旅に出ることになった。当然1000倍サイズのエルフを倒すどころか、30倍サイズの管理者メイドのことすらまともに倒せず、今の労働場所から逃げ出すのも困難だった。挙句、抜け出そうとしたことがバレて、管理者メイドにあっさり吊るされてしまったのだった。 しかし、そんなわたしを助けてくれたのが、この世界で2番目に優秀な魔女のクラリッサだった。クラリッサは、この世界で一番優秀な魔女で、わたしの姉であるステラを探していて、ついでにわたしのことを助けてくれたのだった。一緒に旅をしていく仲間としてとんでもなく心強い仲間を得られたと思ったのだけれど、そんな彼女でも1000倍サイズのエルフと相対すると、圧倒的な力を感じさせられてしまうことに。 それでもわたしたちは、勝ち目のない戦いをするためにエルフたちの住む屋敷へと向かわなければならないのだった。そうして旅をしていく中で、エルフ達がこの世界を統治するようになった理由や、わたしやパメラの本当の力が明らかになっていき……。

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~

こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。 それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。 かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。 果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!? ※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。

俺のスキル『性行為』がセクハラ扱いで追放されたけど、実は最強の魔王対策でした

宮富タマジ
ファンタジー
アレンのスキルはたった一つ、『性行為』。職業は『愛の剣士』で、勇者パーティの中で唯一の男性だった。 聖都ラヴィリス王国から新たな魔王討伐任務を受けたパーティは、女勇者イリスを中心に数々の魔物を倒してきたが、突如アレンのスキル名が原因で不穏な空気が漂い始める。 「アレン、あなたのスキル『性行為』について、少し話したいことがあるの」 イリスが深刻な顔で切り出した。イリスはラベンダー色の髪を少し掻き上げ、他の女性メンバーに視線を向ける。彼女たちは皆、少なからず戸惑った表情を浮かべていた。 「……どうしたんだ、イリス?」 アレンのスキル『性行為』は、女性の愛の力を取り込み、戦闘中の力として変えることができるものだった。 だがその名の通り、スキル発動には女性の『愛』、それもかなりの性的な刺激が必要で、アレンのスキルをフルに発揮するためには、女性たちとの特別な愛の共有が必要だった。 そんなアレンが周りから違和感を抱かれることは、本人も薄々感じてはいた。 「あなたのスキル、なんだか、少し不快感を覚えるようになってきたのよ」 女勇者イリスが口にした言葉に、アレンの眉がぴくりと動く。

天才女薬学者 聖徳晴子の異世界転生

西洋司
ファンタジー
妙齢の薬学者 聖徳晴子(せいとく・はるこ)は、絶世の美貌の持ち主だ。 彼女は思考の並列化作業を得意とする、いわゆる天才。 精力的にフィールドワークをこなし、ついにエリクサーの開発間際というところで、放火で殺されてしまった。 晴子は、権力者達から、その地位を脅かす存在、「敵」と見做されてしまったのだ。 死後、晴子は天界で女神様からこう提案された。 「あなたは生前7人分の活躍をしましたので、異世界行きのチケットが7枚もあるんですよ。もしよろしければ、一度に使い切ってみては如何ですか?」 晴子はその提案を受け容れ、異世界へと旅立った。

処理中です...