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第一章:領主一年目
設備の改修
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城を出て中央広場に足を踏み入れた時だった。南から誰かが小走りで来たと思ったらダニエルだった。
「エルマー様、これから伺おうと思っていたところですが、今から少しよろしいですか?」
「ああ、ちょうど様子見に行こうとしたところだ。今から話を聞こう」
出てきたばかりでわざわざ城へ戻るのも面倒な話だ。目の前の赤髪亭に入ることにする。ちょっと話をするのにも店があると便利でいい。
「いらっしゃいませ、エルマー様、ダニエルさん」
「ああ、ザーラ。とりあえずエールを二つ」
赤髪亭は朝から夜まで開いているので、客がいない時間というのはほとんどない。さすがに食事の時間帯を外せば客は少ないが、夕方以降は混雑してくる。今の時間はまあ少ないな。
ザーラを含めて四人が下ごしらえをしていた。今のところは宿屋としてはあまり使われていないから、やや店員が余っているようにも思えるが、いずれは足りなくなるだろうと思いたい。
まずは席に着いてダニエルの話をゆっくりと聞くことにする。わざわざ俺のところに急いで来るのなら、それなりに重要な要件になるだろう。普段は俺の方から話をしに行く方が多いからな。
「実は風呂屋のことで相談を受けまして」
「風呂屋?」
重要と言えば重要だろうか。たしかに職人たちは風呂屋をよく使うと言っている。よく体を動かす者もいるが、座ってばかりの者も多いだろう。凝り固まった体も湯に浸かれば楽になる。俺でも連日馬に乗っていると腰が重くなるからな。気持ちよく仕事をするためには体調を整えるのが一番だ。
農民の家であれ職人の家であれ、それぞれの家に風呂場はあるが、浴槽までは設置していない。洗濯物を洗ったり、タオルで体を拭いたりするのに使われる場所のことを風呂場と呼ぶ。
「あの窯は今は薪を使っていますが、どうも上手く沸かずに底の方が冷たいことがあるようです」
「火を入れて最初のころは上の方ばかり温かくなるからな」
「はい。浴槽が大きいので、それも関係あるようです。毎日そうなるわけではないそうですが、思った以上に安定しないそうです。それで魔道具に置き換えてくれないかという話がありましたので、伺いに来ました」
「魔石を使って沸かしっぱなしだと交換が大変になると思って薪にしたが、少々甘かったか」
「一般的には魔道具にするとかなり高くなりますからね」
風呂屋はできる限り利用料を下げ、銅貨一枚とする。無料にしないのは、無料にするとありがたみがなくなり、扱いが適当になることがあるからだ。だから維持費を減らすために湯を沸かすのも薪で十分だと思っていたが、意外と難しいか。浴槽が大きいからな。
風呂屋で使われる水は石で作った容器から引いている。少し前まであちこちで使われていた物とほとんど同じだ。さすがに大きな浴槽二つ分の水を桶で汲むのは大変なので、パイプを使って石の容器から建物内の浴槽まで直接水を引けるようにしているが、寒いから沸きにくいのか?
「お湯を出す魔道具を複数設置すれば最初から一定の温度にできます。温くなったら熱めのお湯を足せばいいでしょう」
「それなら魔石ではなく鱗を使うか?」
「はい。あれだけの浴槽をいっぱいにしようと思えば、かなり交換することになると思いますので、鱗を使わせていただければ」
「分かった。改修を頼む。作業は任せてもいいか?」
「はい。アーダムさんにも手伝ってもらえばその日のうちに終わるはずです」
「では頼む。必要なものがあれば連絡してくれ」
「そのときはお願いします」
話が終わるとダニエルは店を出て行った。
領主の所有する店としてはアンゲリカの酒場、赤髪亭、そして風呂屋がある。公営商店はニクラスに譲られることになり、近いうちに引き渡しが行われる。
領主の持ち物ということなら俺が好きにやればいいかもしれないが、必要ないものにそこまで費用をかけても意味がない。風呂屋は一度沸かせば後はそれを維持すればいいと思っていたが、湯沸かしに失敗することを考えていなかった。
費用便益比は重要だが、そのことだけを考えても仕方がないか。ダニエルは水汲み場を設置する際に、人が使いそうなところに水が出る魔道具を設置してくれた。そのお陰で水が必要になればすぐに使えるようになった。必ずしも必要ないかもしれないがあると便利な物は用意していくか。
そうすると、俺がすべきことは……改修が必要そうな場所の確認だな。まずはこの店か。
「ザーラ。ここの魔道具の使い勝手はどうだ? 魔石の交換が多くて面倒なら改修してもらうが」
「今のところは大丈夫です」
赤髪亭は問題なし。それなら、今のままでいいか。
そもそもある程度の大きさのある魔道具は、魔力を集める術式が組み込まれている。魔石に蓄えられた魔力だけを使うわけではない。石窯は本体がそれなりに大きいので、最初は魔石の魔力で加熱する。一度熱くなってしまえば、それを維持するのには本体に組み込まれた術式で集めた魔力を使う。すべて魔石の魔力を使うなら、もっと頻繁に交換が必要になる。一度熱くなればそれを維持すればいいだけなので、朝から夜まで石窯は熱いままだ。
焜炉の方は使うごとに火を消せばそこまで減ることはない。だが湯を沸かすのにはそれなりに時間がかかるので消費量も多い。
「家の方はどうだ? あちらは問題ないか?」
「はい、向こうはもっと問題ありません。あるとすればエルマー様にまだ手を出してもらえないことでしょうか」
「それは問題ではないぞ。正常なことだ」
「エルマー様、これから伺おうと思っていたところですが、今から少しよろしいですか?」
「ああ、ちょうど様子見に行こうとしたところだ。今から話を聞こう」
出てきたばかりでわざわざ城へ戻るのも面倒な話だ。目の前の赤髪亭に入ることにする。ちょっと話をするのにも店があると便利でいい。
「いらっしゃいませ、エルマー様、ダニエルさん」
「ああ、ザーラ。とりあえずエールを二つ」
赤髪亭は朝から夜まで開いているので、客がいない時間というのはほとんどない。さすがに食事の時間帯を外せば客は少ないが、夕方以降は混雑してくる。今の時間はまあ少ないな。
ザーラを含めて四人が下ごしらえをしていた。今のところは宿屋としてはあまり使われていないから、やや店員が余っているようにも思えるが、いずれは足りなくなるだろうと思いたい。
まずは席に着いてダニエルの話をゆっくりと聞くことにする。わざわざ俺のところに急いで来るのなら、それなりに重要な要件になるだろう。普段は俺の方から話をしに行く方が多いからな。
「実は風呂屋のことで相談を受けまして」
「風呂屋?」
重要と言えば重要だろうか。たしかに職人たちは風呂屋をよく使うと言っている。よく体を動かす者もいるが、座ってばかりの者も多いだろう。凝り固まった体も湯に浸かれば楽になる。俺でも連日馬に乗っていると腰が重くなるからな。気持ちよく仕事をするためには体調を整えるのが一番だ。
農民の家であれ職人の家であれ、それぞれの家に風呂場はあるが、浴槽までは設置していない。洗濯物を洗ったり、タオルで体を拭いたりするのに使われる場所のことを風呂場と呼ぶ。
「あの窯は今は薪を使っていますが、どうも上手く沸かずに底の方が冷たいことがあるようです」
「火を入れて最初のころは上の方ばかり温かくなるからな」
「はい。浴槽が大きいので、それも関係あるようです。毎日そうなるわけではないそうですが、思った以上に安定しないそうです。それで魔道具に置き換えてくれないかという話がありましたので、伺いに来ました」
「魔石を使って沸かしっぱなしだと交換が大変になると思って薪にしたが、少々甘かったか」
「一般的には魔道具にするとかなり高くなりますからね」
風呂屋はできる限り利用料を下げ、銅貨一枚とする。無料にしないのは、無料にするとありがたみがなくなり、扱いが適当になることがあるからだ。だから維持費を減らすために湯を沸かすのも薪で十分だと思っていたが、意外と難しいか。浴槽が大きいからな。
風呂屋で使われる水は石で作った容器から引いている。少し前まであちこちで使われていた物とほとんど同じだ。さすがに大きな浴槽二つ分の水を桶で汲むのは大変なので、パイプを使って石の容器から建物内の浴槽まで直接水を引けるようにしているが、寒いから沸きにくいのか?
「お湯を出す魔道具を複数設置すれば最初から一定の温度にできます。温くなったら熱めのお湯を足せばいいでしょう」
「それなら魔石ではなく鱗を使うか?」
「はい。あれだけの浴槽をいっぱいにしようと思えば、かなり交換することになると思いますので、鱗を使わせていただければ」
「分かった。改修を頼む。作業は任せてもいいか?」
「はい。アーダムさんにも手伝ってもらえばその日のうちに終わるはずです」
「では頼む。必要なものがあれば連絡してくれ」
「そのときはお願いします」
話が終わるとダニエルは店を出て行った。
領主の所有する店としてはアンゲリカの酒場、赤髪亭、そして風呂屋がある。公営商店はニクラスに譲られることになり、近いうちに引き渡しが行われる。
領主の持ち物ということなら俺が好きにやればいいかもしれないが、必要ないものにそこまで費用をかけても意味がない。風呂屋は一度沸かせば後はそれを維持すればいいと思っていたが、湯沸かしに失敗することを考えていなかった。
費用便益比は重要だが、そのことだけを考えても仕方がないか。ダニエルは水汲み場を設置する際に、人が使いそうなところに水が出る魔道具を設置してくれた。そのお陰で水が必要になればすぐに使えるようになった。必ずしも必要ないかもしれないがあると便利な物は用意していくか。
そうすると、俺がすべきことは……改修が必要そうな場所の確認だな。まずはこの店か。
「ザーラ。ここの魔道具の使い勝手はどうだ? 魔石の交換が多くて面倒なら改修してもらうが」
「今のところは大丈夫です」
赤髪亭は問題なし。それなら、今のままでいいか。
そもそもある程度の大きさのある魔道具は、魔力を集める術式が組み込まれている。魔石に蓄えられた魔力だけを使うわけではない。石窯は本体がそれなりに大きいので、最初は魔石の魔力で加熱する。一度熱くなってしまえば、それを維持するのには本体に組み込まれた術式で集めた魔力を使う。すべて魔石の魔力を使うなら、もっと頻繁に交換が必要になる。一度熱くなればそれを維持すればいいだけなので、朝から夜まで石窯は熱いままだ。
焜炉の方は使うごとに火を消せばそこまで減ることはない。だが湯を沸かすのにはそれなりに時間がかかるので消費量も多い。
「家の方はどうだ? あちらは問題ないか?」
「はい、向こうはもっと問題ありません。あるとすればエルマー様にまだ手を出してもらえないことでしょうか」
「それは問題ではないぞ。正常なことだ」
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