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第一章:領主一年目
綿と麻
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「綿と麻を栽培していただけないでしょうか?」
「織機が来ても元がないか」
「はい」
農地の方に出かけた帰り、通りでアメリアと会ったので、織機以外で何か必要なものがないかと聞いたらそう返ってきた。
織機と一緒にそのあたりも仕入れてこようと思ったが、栽培できるのならそちらの方が早い。買うのが面倒というわけではないが、毎回俺が買ってきて渡すのもアメリアとしては気になるかもしれない。それなら一つ二つ畑を用意しようか。場所は麦畑の近くよりは別の方がいいだろう。
「アメリアの工房の近くでもいいのか?」
「はい、もしできましたら、麦と同じように早く育つようにしていただければ、自分で繊維を取り出したり紡いだりします。幸いにもドーリスさんも染めができますので、私は織るだけでもいいかもしれません。織機が届く前にある程度準備できればと」
「それでいいのなら用意しよう」
もうしばらくすれば町には運河が掘られる予定だ。現在シュタイナーとフォルカーが町の中に杭を立てて線を張っている。この線の内側が運河になる。さすがに運河にかかる部分には畑を作れないので、それを上手く外さなければならない。
「ちょうどいい場所が空いていたな」
「ここならすぐ裏ですので、いつでも世話ができます」
「ならここにしよう。明日は王都に行くから、綿と麻は向こうで探してこよう」
「ありがとうございます」
相変わらずのご令嬢ぶりだ。頭に帽子を乗せ、長めのスカートを履き、走るどころか急いでいるのを見たこともない。よほどきちんとした家で育てられたのだろう。
◆ ◆ ◆
カレンにエルザと一緒に王都に送ってもらう。何度目になるか分からないが、手間をかけさせて申し訳ないと思う。
「カレンはどうする? 俺と一緒に行くか?」
「そうね……うーん、今日はここにいるわ」
「それなら俺は買い出しに行ってくる。一度昼には戻る」
「いってらっしゃい」
「いってらっしゃいませ」
カレンは俺たちを置いたらドラゴネットへ戻るか、それとも俺に付いてくるか、そのどちらかが多い。まあ二人でゆっくり話をしたいこともあるだろう。
「綿と麻の種が欲しい」
「こちらでございます。どちらも蒔くのは暖かくなってからでございます」
最初に入った服の素材や植物の種などを扱っている店で聞いてみるとあっさりと見つかった。
「服の素材として、もし用意するとすればどのようなものがあるだろうか?」
「綿と麻以外ですと、植物ではありませんが、多いのは羊毛と絹でしょうか」
「やはりその二つか」
うちには山羊はいるが羊はいない。蚕もいないな。
「羊毛は保温に優れますのでこれからの時期に向きますが、雨には弱い素材ですので、扱いやすやは綿や麻に比べると落ちます」
「絹は?」
「絹は蚕の繭から取り出しますので、その飼育が必要になります。餌も桑のみになりますので、その栽培も必要です。絹は光沢感があって肌触りも良く、保温性も吸水性もあります。夏でも冬でも申し分ありませんが、摩擦に弱いので傷みやすいのが欠点です」
「やはり育てやすさと扱いの簡単さを考えたら綿か麻か」
「はい。それが一番かと思います。もし羊や蚕が必要でしたら、少々時間はかかりますが用意できますので、いつでもご連絡ください」
「そのときにはぜひお願いする」
羊を育てるなら、さすがに牧場で馬と一緒はおかしいな。やはり農地の近くにいる山羊と一緒に育てることになるか。だがそこまでして育てる必要があるかといえば、そこまででもない。大規模な牧畜を行うならいいだろうが、今のところはそこまでの余裕はない。蚕は俺も詳しくは知らないが、話に聞いただけでも大変そうだから無理だろう。
食材なども含めて一通り買い出しを済ませて屋敷に戻る。カレンに王都以外の町に運んでもらうこともあるが、やはり一通りどんなものでも揃うことが王都の強みだな。
例えばバーランでは シュペック、ヴルスト、シンケン、ジンドホルツではバター、ケーセ、ヨーグルト、ザーネなどを購入しているが、それ以外のものもまとめて買うならやはり王都になる。多少質が落ちていることもあるから注意が必要だが。
「おかえり」
「おかえりなさいませ」
「とりあえず買い出しは終わった。追加があるなら午後から回ってくる」
まあとりあえず昼食だ。さっそく買ってきたものを一部使ってみる。美味い。美味いが……バーランとジンドホルツで買った方が美味い気がするな。俺の舌も贅沢になったものだ。
「エルマー様、先ほどカレンさんと話をしていたのですが、教会の管理は別の方に任せようと思います」
「何かあったのか?」
「何かあったわけでも何があるわけでもありませんが、こだわり続けるのもおかしい気がしまして」
「そう言うからには、やはり何かあったんだろ?」
「気分的なものでしょうか」
エルザもはっきりと説明するのが難しいので、どうしてもふわっとした言い方になってしまう。話を最後まで聞いてみると、以前は自分の居場所がこの屋敷と教会しかなかったので、ここを他人に任せるのが不安になっていた。だからハイデに誘われても断ってしまった。だが今は俺の妻として向こうにいて居場所もあるのに、いつまでもここにこだわるのもおかしく感じるようになった。
「エルザがそう思うなら、俺としては全然かまわない。そもそもこの教会すら、どうしてうちが管理していいのか誰にも分からないそうだ」
「それはトビアス様もおっしゃっていました。この土地を購入した人から、この教会も管理をしてほしいと言われたそうで、その人が何者かも分からなかったそうです」
「怪しい人だったのかしら?」
「そんなことはなかったそうだ。この土地を格安で買ったら教会が付属していただけだが、教会の方が立派なくらいだからな」
普通は貴族が土地を買って、その土地に教会を建てる。要するに住民に祈りの場を提供する信心深い人物だと周りに思わせるためだ。だから王都には貴族の所有する教会がいくつもある。
この教会はうちのものと思われているが、正確には教会はうちのものではなく、管理してくれと頼まれただけで、土地もうちのものではない。だがよく調べてみると、土地はうちのものになっていた。父には買った記憶はない。だがいつの間にかうちのものだった。
「それに、そろそろ……赤ちゃんができるかもしれませんので……」
「あ、ああ……そうだな……」
貧民街に悪いやつはいない。むしろ基本的にはみんな大人しい。だがエルザ一人教会にいて、何かが起きることがないとは言い切れない。以前の放火事件のように。
「管理が嫌になったわけではありませんが、もし赤ちゃんに何かあればと考えてしまって」
「それを早く言え。そっちの方が大切だろう。俺だってお前に無茶はさせたくない。そう思ったのなら、今がやめ時だったと思った方がいい」
昼からはゲルトの親父さんの店に出かけ、教会の維持管理を頼むことになった。掃除などは貧民街の者たちを使ってもらってもかまわない。
そもそもあの教会は一日二四時間、一年三三六日空きっぱなしなので、貴重なものは何も置いてない。聖書はあるが、悪さをする者はいないだろう。
◆ ◆ ◆
綿と麻は問題なく手に入った。カレンとエルザは城に戻ったので、俺はアメリアの工房に向かう。
「アメリア、いるか?」
「はい、お待ちください」
出てきたアメリアに綿と麻の種を渡す。それと竜の鱗の粉末も。
「これが綿でこれが麻だ。それとこれが鱗の粉末だ」
「鱗はどのようにすればいいのでしょうか?」
「軽く土に混ぜればいいそうだ。鍋いっぱいのスープに塩小さじ半分くらいだそうだ。麦畑はそれでやっている」
「鍋いっぱいのスープに塩小さじ半分……。なるほど、分かりました」
「今日はさすがに無理だと思うが、明日あたりでにも誰か農夫を捕まえて頼めばやってくれるだろう。俺には畑一つでどれだけ収穫できるかまったく分からないから、そのあたりは上手くやってくれ」
「はい、お願いしてみます。ありがとうございました」
「織機が来ても元がないか」
「はい」
農地の方に出かけた帰り、通りでアメリアと会ったので、織機以外で何か必要なものがないかと聞いたらそう返ってきた。
織機と一緒にそのあたりも仕入れてこようと思ったが、栽培できるのならそちらの方が早い。買うのが面倒というわけではないが、毎回俺が買ってきて渡すのもアメリアとしては気になるかもしれない。それなら一つ二つ畑を用意しようか。場所は麦畑の近くよりは別の方がいいだろう。
「アメリアの工房の近くでもいいのか?」
「はい、もしできましたら、麦と同じように早く育つようにしていただければ、自分で繊維を取り出したり紡いだりします。幸いにもドーリスさんも染めができますので、私は織るだけでもいいかもしれません。織機が届く前にある程度準備できればと」
「それでいいのなら用意しよう」
もうしばらくすれば町には運河が掘られる予定だ。現在シュタイナーとフォルカーが町の中に杭を立てて線を張っている。この線の内側が運河になる。さすがに運河にかかる部分には畑を作れないので、それを上手く外さなければならない。
「ちょうどいい場所が空いていたな」
「ここならすぐ裏ですので、いつでも世話ができます」
「ならここにしよう。明日は王都に行くから、綿と麻は向こうで探してこよう」
「ありがとうございます」
相変わらずのご令嬢ぶりだ。頭に帽子を乗せ、長めのスカートを履き、走るどころか急いでいるのを見たこともない。よほどきちんとした家で育てられたのだろう。
◆ ◆ ◆
カレンにエルザと一緒に王都に送ってもらう。何度目になるか分からないが、手間をかけさせて申し訳ないと思う。
「カレンはどうする? 俺と一緒に行くか?」
「そうね……うーん、今日はここにいるわ」
「それなら俺は買い出しに行ってくる。一度昼には戻る」
「いってらっしゃい」
「いってらっしゃいませ」
カレンは俺たちを置いたらドラゴネットへ戻るか、それとも俺に付いてくるか、そのどちらかが多い。まあ二人でゆっくり話をしたいこともあるだろう。
「綿と麻の種が欲しい」
「こちらでございます。どちらも蒔くのは暖かくなってからでございます」
最初に入った服の素材や植物の種などを扱っている店で聞いてみるとあっさりと見つかった。
「服の素材として、もし用意するとすればどのようなものがあるだろうか?」
「綿と麻以外ですと、植物ではありませんが、多いのは羊毛と絹でしょうか」
「やはりその二つか」
うちには山羊はいるが羊はいない。蚕もいないな。
「羊毛は保温に優れますのでこれからの時期に向きますが、雨には弱い素材ですので、扱いやすやは綿や麻に比べると落ちます」
「絹は?」
「絹は蚕の繭から取り出しますので、その飼育が必要になります。餌も桑のみになりますので、その栽培も必要です。絹は光沢感があって肌触りも良く、保温性も吸水性もあります。夏でも冬でも申し分ありませんが、摩擦に弱いので傷みやすいのが欠点です」
「やはり育てやすさと扱いの簡単さを考えたら綿か麻か」
「はい。それが一番かと思います。もし羊や蚕が必要でしたら、少々時間はかかりますが用意できますので、いつでもご連絡ください」
「そのときにはぜひお願いする」
羊を育てるなら、さすがに牧場で馬と一緒はおかしいな。やはり農地の近くにいる山羊と一緒に育てることになるか。だがそこまでして育てる必要があるかといえば、そこまででもない。大規模な牧畜を行うならいいだろうが、今のところはそこまでの余裕はない。蚕は俺も詳しくは知らないが、話に聞いただけでも大変そうだから無理だろう。
食材なども含めて一通り買い出しを済ませて屋敷に戻る。カレンに王都以外の町に運んでもらうこともあるが、やはり一通りどんなものでも揃うことが王都の強みだな。
例えばバーランでは シュペック、ヴルスト、シンケン、ジンドホルツではバター、ケーセ、ヨーグルト、ザーネなどを購入しているが、それ以外のものもまとめて買うならやはり王都になる。多少質が落ちていることもあるから注意が必要だが。
「おかえり」
「おかえりなさいませ」
「とりあえず買い出しは終わった。追加があるなら午後から回ってくる」
まあとりあえず昼食だ。さっそく買ってきたものを一部使ってみる。美味い。美味いが……バーランとジンドホルツで買った方が美味い気がするな。俺の舌も贅沢になったものだ。
「エルマー様、先ほどカレンさんと話をしていたのですが、教会の管理は別の方に任せようと思います」
「何かあったのか?」
「何かあったわけでも何があるわけでもありませんが、こだわり続けるのもおかしい気がしまして」
「そう言うからには、やはり何かあったんだろ?」
「気分的なものでしょうか」
エルザもはっきりと説明するのが難しいので、どうしてもふわっとした言い方になってしまう。話を最後まで聞いてみると、以前は自分の居場所がこの屋敷と教会しかなかったので、ここを他人に任せるのが不安になっていた。だからハイデに誘われても断ってしまった。だが今は俺の妻として向こうにいて居場所もあるのに、いつまでもここにこだわるのもおかしく感じるようになった。
「エルザがそう思うなら、俺としては全然かまわない。そもそもこの教会すら、どうしてうちが管理していいのか誰にも分からないそうだ」
「それはトビアス様もおっしゃっていました。この土地を購入した人から、この教会も管理をしてほしいと言われたそうで、その人が何者かも分からなかったそうです」
「怪しい人だったのかしら?」
「そんなことはなかったそうだ。この土地を格安で買ったら教会が付属していただけだが、教会の方が立派なくらいだからな」
普通は貴族が土地を買って、その土地に教会を建てる。要するに住民に祈りの場を提供する信心深い人物だと周りに思わせるためだ。だから王都には貴族の所有する教会がいくつもある。
この教会はうちのものと思われているが、正確には教会はうちのものではなく、管理してくれと頼まれただけで、土地もうちのものではない。だがよく調べてみると、土地はうちのものになっていた。父には買った記憶はない。だがいつの間にかうちのものだった。
「それに、そろそろ……赤ちゃんができるかもしれませんので……」
「あ、ああ……そうだな……」
貧民街に悪いやつはいない。むしろ基本的にはみんな大人しい。だがエルザ一人教会にいて、何かが起きることがないとは言い切れない。以前の放火事件のように。
「管理が嫌になったわけではありませんが、もし赤ちゃんに何かあればと考えてしまって」
「それを早く言え。そっちの方が大切だろう。俺だってお前に無茶はさせたくない。そう思ったのなら、今がやめ時だったと思った方がいい」
昼からはゲルトの親父さんの店に出かけ、教会の維持管理を頼むことになった。掃除などは貧民街の者たちを使ってもらってもかまわない。
そもそもあの教会は一日二四時間、一年三三六日空きっぱなしなので、貴重なものは何も置いてない。聖書はあるが、悪さをする者はいないだろう。
◆ ◆ ◆
綿と麻は問題なく手に入った。カレンとエルザは城に戻ったので、俺はアメリアの工房に向かう。
「アメリア、いるか?」
「はい、お待ちください」
出てきたアメリアに綿と麻の種を渡す。それと竜の鱗の粉末も。
「これが綿でこれが麻だ。それとこれが鱗の粉末だ」
「鱗はどのようにすればいいのでしょうか?」
「軽く土に混ぜればいいそうだ。鍋いっぱいのスープに塩小さじ半分くらいだそうだ。麦畑はそれでやっている」
「鍋いっぱいのスープに塩小さじ半分……。なるほど、分かりました」
「今日はさすがに無理だと思うが、明日あたりでにも誰か農夫を捕まえて頼めばやってくれるだろう。俺には畑一つでどれだけ収穫できるかまったく分からないから、そのあたりは上手くやってくれ」
「はい、お願いしてみます。ありがとうございました」
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