ドラゴネット興隆記

椎井瑛弥

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第一章:領主一年目

仕事を作る

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 世の中には『今日できることは明日に延ばすな』という言葉、そして『明日できることは今日するな』という二つの言葉がある。

 一つ目の『今日できることは明日に延ばすな』という言葉は悩むほど難しい言葉ではない。文字通り、今できることは今のうちにやっておけという意味だ。それ以外の解釈を考えだせるとしたら、それはそれで才能だろう。

 二つ目の『明日できることは今日するな』という言葉は一見すると、今日するのではなくて明日に回してしまえ、というようにサボることを勧めているように見えるが、実のところはそうではない。明日には明日にしかできないことがあるわけだから、今日すべきことは今日のうちにやっておけ、という意味になる。結局のところ、この二つの言葉は同じようなことを言っている。要は言い方の問題だ。修辞技法というものは馬鹿にできない。

 大切なことは、きちんと予定を立て、それに沿って仕事を進めること。万が一にも不測の事態が起きたときには、それに対処するだけの余裕を作っておくことだ。

 俺としてはトンネル工事で忙しくなる今月末までに、町の中で俺ができることはしておきたい。それは土や水に関することがほとんどで、北の川や堀を深くしたり門をきちんと作ったりするのは今のところは俺にしかできない。一方で俺がいなくてもできることは住民たちにやってもらっている。例えば道に石畳を敷く工事は、最初に俺が工事用の石を作っておけば他の者でもできるので、麦の合間にみんなに交代で作業をしてもらう。そのために川の浚渫で出た砂や土を立方体に固め、それを石畳用の石として積んでいる。

 エクディン準男爵領からやって来た者たちは今のところは農民という扱いだが、ずっと農民でいる必要はない。木の扱いが得意なら木こりになってもいい。針仕事が得意なら仕立屋をやってもいい。これまでは他に仕事がなかったから農民をしていただけだ。町を大きくするという言葉には、領民たちができる仕事を作り出すという意味もある。畑だけ増やしてどれだけ麦を作ったとしても、それでは町が大きくなったとは感じないだろう。どのような仕事をどれだけ生み出すか、そこを考える必要がある。

 小麦はいくらでも作れるわけだからパン屋は作れるだろう。町によってはパンを焼くことのできる窯に税をかける領主もいるそうで、そうなると個人でパンを焼くことは不可能になる。その場合は誰か一人が窯を持ち、みんながそこに生地を持ち寄り、使用料を支払って順番に焼くことになるそうだ。だがこの町で建てた家にはパン焼き窯があるので誰でもいつでもパンを焼くことができる。

 もちろん独身男性を中心に、この町でも自分ではパンを焼かない者はある程度はいる。そういう者たちは近所に頼んで焼いてもらっているそうだ。うちの場合はアガーテが焼いてくれていたからいつでも食べられたが、もし俺が領主の息子ではなければ、自分で焼いていたか、それとも誰かに頼んで嫌いてもらっただろう。

 だからパン屋を作っても今はそれほど売れないだろうと考えているが、いずれ必要になることは分かっている。やって来る職人たちがパンを焼けるとは限らないし、職人以外も来るかもしれない。彼らがパンを買う場所がなくて困るようではいけない。この町にやって来た商人が帰りの食料を買えなければ困るようでは、おそらく二度と来てくれなくなるだろう。外から人に来てほしいのなら、ある程度の店を用意しておかなければならない。

 とりあえずパンに関しては、ハイデでもパン屋をやっていたリリーとイーリスという二人の主婦に頼むことにした。パン屋と呼ばれていたが、実際には独身連中に頼まれて焼いていただけで、店をやっていたわけではない。だが新しい場所に来たこともあり、どうせならきちんとした店を持ってみてはどうかとこちらから提案した。

「そりゃ喜んでさせてもらいますよ」
「この町で最初の店ですからね」

 リリーとイーリスは姉妹で、前からパンを焼いていたこともあって早起きも問題ない。二人の焼いたパンがどれだけ売れるかは分からないが、もし売れなければ俺が買い取ればいい。

 店の建物はすぐに作ることになった。場所は町の中央から東に伸びる通り沿いだ。商業地区は南の予定なので、店を作るなら南に向かう道沿いの方がいいのかもしれないが、そちらには今は何もない。その道の南側、町の中央から見れば南東方向には職人街を作る予定になっているので、職人街と農業地区の間ということになる。職人たちも近いうちに来るかもしれないので、場所はここが一番いいだろう。



 それともう一軒は商店だ。鍋や食器などの日用品に、塩や砂糖などの調味料、日持ちのする食材などを買える店がなければいざというときに困るだろう。今は顔なじみばかりなので、例えば肉が増えてきたら「適当にみんなで分けてくれ」と渡すこともしているが、新しい住民が増えるとなればあまり大きな差を付けることはできない。だから買うべきものは買うという当たり前のことをできる場所は必要だ。

 自分の家の麦が足りなくなればこの店で買えばいい。今は俺が買ってきた物を並べるだけになるので領主の所有する商店という扱いになる。店員として読み書き計算ができる者を雇うことになる。

「家でゴロゴロせずに働いてこいって嫁さんに言われました」
「サボるんじゃないかと思って監視も兼ねています」

 結果として、しばらくの間は何組かの夫婦が交代で働きに来ることになった。麦も野菜もすることは色々とあるが、共同で育てているので手が空く者が出てくるからだ。

「しばらくは俺が持ってくる物だけになるだろうが、売り上げは記録しておいてくれ」
「分かりました。うちのがちょろまかさないようにだけ気をつけておきます」

 今後はどうなるか分からない。店員の誰かが店をやりたいと言うかもしれない。あるいは外から商人がやって来て店を持つかもしれない。臨機応変と言えば聞こえがいいが、出たとこ勝負なのは否定できない。



◆ ◆ ◆



「思った以上に売れてますよ。追加で焼いても追いつかないくらいで」
「いくら麦があっても自分で焼くのは大変ですからね」

 パン屋は開店の翌日にはすでに人気店のようになっていた。嬉しい誤算だ。

「それならよかった。それで、ティモとクンツもパン焼きか?」
「前からやってますんでね」
「こうなるんじゃないかと思ってましたが、大当たりでした」

 ティモはリリーの夫で、クンツはイーリスの夫だ。二人とも苦笑いをしているが、別に嫌々パンを焼いているわけじゃない。二人ともたくましい妻たちに望んでこき使われるような感じのいい男たちだ。

「それで、今すぐにどうこうと言うわけじゃないが、いずれはこの四人の誰かに製パン業のまとめ役をやってほしい」
「それはギルドとかってやつですか?」
「そこまで本格的にできるかどうか分からないが……もしいずれ人が増えてあちこちにパン屋ができたとして、あまり適当な商売をされても困る。常に監視して何かをしろというわけではないが、問題があるパン屋が出てきたらガツンとやってくれ」
「それならアタシの出番だね。このし棒でガツンとやってやりますよ」

 そう言うと巨大なし棒を軽々と振り回した。そのポーズだけ見ると何かの物語の主人公だな。

「それならリリー、そのときは頼む」

 ある意味では非常に頼りになる製パンギルドの代表が誕生した瞬間だった。
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