ドラゴネット興隆記

椎井瑛弥

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第二章:領主二年目第一部

ヘルガの仕事内容

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 俺の執務室にカレン、エルザ、アルマ、そしてヘルガが集まっている。いや、ヘルガが俺に抱きついたところにみんなが集まったと言った方が正解か。

「よかったじゃない、あの部屋の使用者が見つかって」
「よかったのか?」

 カレンが言った「あの部屋」とは、この執務室のすぐ隣にある待機部屋。クラースが様々な国の様式を取り入れて建てたこの城の中でも一番特殊な部屋だ。

 あの部屋にある戸棚を決まった手順で操作するとすっと横にずれる。すると隣の部屋、つまり俺の執務室でも戸棚も同時に動き、壁に穴が現れる。

 これは他の女のところに行かないように正妻が見張っているような状況でも、隣の部屋に待機させたお気に入りの側室や愛人と楽しむための仕組みだそうだ。

 実際にはこんなバレバレの構造ではなく、もっと入り組んだややこしい構造らしいが、この城に設置する際にはかなり単純化したそうだ。単純化したら全く意味がないだろうと思うが、クラースに言わせればそこは様式美だそうだ。領主の執務室には秘密の出入り口があると。そんな様式美なんて聞いたことがないが、異国では普通なのか?

 そして俺は今日の今日まで知らなかったが、その待機部屋への出入り口は、戸棚の裏にある穴と廊下へ出る普通の扉の二つだけではなく、さらに別の部屋から繋がっている出入り口があった。それがどこに繋がっているかというと……

「あたしの部屋なんだ」
「どうしてまたその部屋を引き当てたんだ? 他にも部屋はあっただろう」

 そう、部屋は他にもいくつもある。謎の通路に関しては俺も知らなかったし、もちろんヘルガも知らなかったわけだが、どうして偶然にもその部屋を選んだのか。

「特に意味はないですけど、なんとなく旦那様に近いと思いまして」
「愛ね」
「愛ですね」
「愛なんですねっ」
「はい、愛ゆえです」
「開き直ったな」



 ヘルガはアルマに案内してもらって部屋を選び、部屋を決めたらそこでしばらく二人で話をしていたそうだ。途中で一度倒れたそうだが、もう大丈夫なようだ。あのような状況だったからな。疲れたんだろう。

 それでアルマが部屋を出ると、まだ何も家具のない自分の部屋の中を見て回っていた。たまたま壁を触ったら石が動き、壁際におかしな凹みができた。その凹みの中に手を入れたら何か突起があり、それに触ったら壁が開いたと。

 壁の中には細い階段があって、そこを下りるとさらに通路があり、今度は上りの階段があった。行き止まりに何か出っ張りがあったので、それを触ったらまた壁が開き、出たのがあの待機部屋だった。

 また部屋の中を見て回り、壁際の戸棚の裏に操作方法が書かれた紙が貼りつけられていたのでその通りにしたら戸棚が動いた。するとその向こうは、いきなり戸棚が動いたので驚いて声を出した俺がいたと。なぜかいきなり抱きついてきたから思わず抱き止めたら唇を奪われた。

 なぜ俺は抱き止めたのか。避けるとか蹴り倒すとか、他にもあっただろうに。

「今さら部屋を変えろとは言わないが、いきなり来るのだけはやめてくれ。心臓に悪い」
「では合図をしてから伺います」
「それだと意味がないよな」
「はい。こっそり来るのがこの部屋の使用目的だと思いますので」
「やたらめったら使わないでくれ。それよりも、中はどうなってるんだ?」

 ヘルガが通った通路が気になったので、彼女の案内で、逆にその通路を辿ることにした。壁を触るとポッカリと出入り口ができ、そこには地下に向かう階段があった。

「中に旦那様が入ってきます」
「お前にもエルザが移ったか」
「しれっと人のことを病気みたいに言わないでくれますか?」
「病気なら治るからまだいいだろう」

 通路の中はうっすらと壁が光っていたので、階段を踏み外すようなことはなかった。途中から広くなり、一番下に着くとそのまま地下通路のようになっていた。狭い部分は壁の中を通ったのだろう。

 しばらく歩くと曲がり、今度は上に向かう階段があった。ここも途中から狭くなり、一番上まで上がるとまた壁が開き……

「あたしと旦那様の愛の巣です」
「もう手遅れか……」
「頭にまでエルザさんが回りましたねっ」
「もう、アルマまで。どういうことですか?」
「そもそもエルザってそういう立ち位置じゃないの?」
「ち・が・い・ま・す。有り余る母性でエルマー様を包み込むのが私の役目です」

 エルザは胸を張りながら自分の胸元に手をやる。

「胸でしたらあたしの方が大きいようですので役割の交代ですね。お疲れ様でした、エルザ様」

 今までも姦しいと思ったことはいくらでもあったが、今まで以上に姦しい。カレンとエルザとアルマの三人の中では、一番個性が強いのがエルザで、カレンとアルマは方向性は違うが、基本はのんびりした性格だ。そこにヘルガというエルザの対抗馬が加わった。おそらく今後はエルザとヘルガが言い合ってカレンとアルマが茶化すのだろう。

「とりあえず家具を出すぞ。どこに何を置くか言ってくれ」
「ベッドは壁の穴の近くにお願いします。すぐに事に及ぶことができるように」
「エルザが移ったかどうかは横に置いておいて、こっちに来る前後で性格がかなり変わっていないか?」
「アルマさんと話をしていまして、開き直ってみようと思いました」
「アルマ、何を言ったんだ?」
「はいっ。部屋の割り当てについて、エルマー様はヘルガさんにかなり配慮していますよって言いました」
「配慮って、部屋の希望を聞いた上で城の二階にしたことか?」

 ヘルガの部屋をどこにするかとエルザに聞かれたときに、どうしたいかと聞いたからな。

「さすがにすでに普通に働いている四〇人の中に一人だけ放り込まれれば心細いだろう。来客棟は誰もいないしな」
「でもっ、普通に使用人を雇うなら使用人棟に入れませんかっ?」
「うーん……」

 またエクムント殿から頼まれて雇うとすれば使用人棟の方になるな。ゲルトの親父さんの方で募集したとしても同じだろう。

「今さら考えても仕方ないわよ。もう愛人でいいじゃない。今は私たち三人とも無理だから、今日からさっそく頑張って」
「はい、カレン様。これからは旦那様に誠心誠意お仕えいたします」

 女を抱くのが好きだの嫌いだのと今さら言わない。妻が三人とも妊娠している今、俺が普段から抱いているのはアンゲリカだけになっている。彼女としては俺を独占できるのは申し訳なく思う反面で嬉しいらしいが……ヘルガのことも説明しておかなければならないだろう。城の中で顔を合わせるからな。

「とりあえず、疲れも溜まっているだろう。倒れたというのなら、しばらくは無理はするな。いいな」
「え? あ……はい……。ありがとうございます」
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