ドラゴネット興隆記

椎井瑛弥

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第一章:領主一年目

教会と信仰

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 農民たちが暮らすあたりには小さな教会が建てられている。その教会は教会と呼ぶのは少し無理があるだろうという程度の小さな小屋で、礼拝堂という扱いだ。それは彼らが自分たちで決めたものだ。中央にある教会を主たる教会とし、自分たちは日常的には礼拝堂で祈りを捧げる。みんなエクディン準男爵領から引っ越してきたので、この礼拝堂ではそのまま信仰対象を引き継いでいる。その信仰対象とは山だ。

 山は自然の恵みを表す。山からは川が流れてくる。川は少し遠かったが用水路を引くことで水の確保はできた。山に入れば山菜に茸、野草などが採れる。それ以外にも多少の危険はあるが魔獣に野獣など、僻地にある領地に食料をもたらしてくれた。もし平地だけだったなら、かなりの領民が飢えていた可能性があった。

 町の中央近くには城があり、そこから少し東へ歩いたところに教会がある。やはり上の方はクラースが作ってくれたようでなかなか背の高い教会だ。これはこの町の中央教会とでも呼ぶべき建物で、いずれ町が大きくなればここも賑やかになるだろう。教会が賑やかというのもおかしなものだが、まだほとんど使われていないので人が集まることもない。なぜかと言えば、ここに何を祀るかが決まっていなかったからだ。

 国によっては歴代の国王を英霊として祀ることもあり、王都ヴァーデンにある大聖堂もそうなっている。王都の屋敷の隣にある教会は空を祀っていた。空を信仰対象というのも不思議な気もするが、空に昇る太陽も月も星も、金持ちも貧乏人も分け隔てなく見守ってくれるからだそうだ。

 他には英雄と呼ばれるような人物を祀ったり、四大精霊である火の精ザラマンダーサラマンダー、水の精ウンディーネ、風の精ジルフェシルフ、地の精グノームノームを祀ったりすることも多い。



 ノルト男爵領は山に囲まれた領地だ。囲まれていると言うべきか、広大な盆地の端にあるというべきか。マーロー男爵領のエクセンから山を越え、山裾から一〇キロほど歩いたところにある、川が蛇行する内側に領都ドラゴネットを作った。

 ノルト男爵領は豊かな森のある領地だ。この広大な盆地にはいたるところに森がある。このあたりは端に近いのでそれほどでもないが、もっと真ん中の方には大きな森もある。『死の大地』やら『北の荒野』やら呼ばれていたが、それは誰も興味を持っていなかったからだ。端から端まで探索したことはないし当分はするつもりもないが、近くにある森だけでも十分な実りが得られる。

 ノルト男爵領は川が多い領地だ。ドラゴネットは川に囲まれるように作った。今でこそ堀になっているが、この堀は蛇行した川の一部だった。そしてこの川だけではなく、さらに北には大きな川が三本ほど、小さな川はいくつもある。支流同士が繋がっていたりして、どこがどうなっているのか分からない。一度正確な地図を作る必要があるだろうか。

 ノルト男爵領は不思議な隣人のいる領地だ。この盆地の一番北には天まで届きそうな高い山がある。そこには竜の家族が住んでいたが現在は空き家になっている。娘のカレンは俺の妻になっていて、カレンの父親であるクラースは妻のパウラを伴い、もう一人の妻であるローサさんの住んでいるところへ向かった。

 ノルト男爵領は山に竜が住んでいる領地だ。



「ホントにいいの? 町の名前のときもそうだったけど」
「みんながそうしたいと言っているし、俺もそれでいいと思う」
「なんかむず痒い」
「分からなくもないが、みんなが本当に感謝してるってことだ」
「悪い気はしないけど、いいのかなって思うわね」

 教会ができればそこに祀るものがある。ドラゴネットの中央教会に何を祀るかということをみんなで考えたら、やはりクラースとパウラとカレンだろうということになったようだ。神というよりはお世話になった人たちという意味で、三人を祀りたいと。

 それで俺が三人の鱗を一枚ずつ使ってシンボルを作ることになった。クラースとパウラの鱗を左右に並べてカレンの鱗をその上に配置。その三枚を三角形になるように固定した。固定に使った石の元になったのは、北の山の土とドラゴネットの土、そしてハイデの土を合わせたものだ。

 三角形は山を表し、山は実りを表す。教会の祭壇の奥にはそれが掲げられている。それとともにノルト男爵の紋章も作られた。三つの三角形と三頭の竜を組み合わせたもので、シンボルの隣にかかっている。



「外から見ても立派でしたが、中も立派ですね」
「ああ、クラースが色ガラスを提供してくれた。城や家に使われているガラスも全部そうだが」

 竜は財宝を溜め込む。それはある意味では間違いなかったが、溜めることに特に意味があったわけではなかった。

 クラースたちは鱗の欠片などを売って金に換え、それを教会や孤児院などに寄付するということをしていた。もちろんそれ以外にも金を落とすことはしていたようで、町の中でその金を使って様々なものを購入していたそうだ。その一部はさらに必要な者たちに配ったりしたそうだが、それでもどんどん家の中に溜まっていく。

 どのようなものを溜め込んでいるのかと聞いてみたら、剣や甲冑などの武具、食器などの焼き物、宝飾品、家具、そしてガラスが多いようだった。理由を聞いたら「傷まないものを選ぶと、残すものはおのずと限られてくる」と答えが返ってきた。服などは買ったら早い時期に寄付したそうだ。そういうわけでガラスもたくさんある。以前に移住の際に鍋に窓として取り付けたのもそのガラスの一部だ。もちろんきちんと回収している。

「あのあたりに色ガラスで竜の姿を描いてもいいかもしれませんね」
「荘厳ですねっ」
「いずれ改修する必要があれば、そのときに提案しよう。今はあれでいい」

 教会正面の上方に付いている大窓に色ガラスで描かれているのは、山と川と森。つまりこの盆地の風景だ。教会にちょうどいい。あまりに竜ばかりではカレンがむず痒くなるだろう。

「それでは私はアルマと一緒に庭の整備をします」
「植えるものがいっぱいあっていいですねっ」
「それなら俺とカレンで柵を立てよう。門扉はないが、柵くらいはあってもいいだろう」

 門扉を取り付ける部分は空けておいて、とりあえず敷地をぐるっと柵で囲む。カレンに抑えておいてもらい、俺が土魔法で固定する。やはり柵があるのとないのとではまったく違うな。教会の敷地を取り囲む柵は、王都の屋敷の隣にある教会のものを模して作っている。素材は石だが、そう簡単には壊れないようになっている。

「そう考えると城も囲った方がいいか?」
「お堀じゃダメなんですかっ?」
「堀か……」

 ヴァーデンの王城はミューニッツ湖の中の小島に建てられていたから、アルマが堀と言ったのはそのイメージがあったのかもしれない。城の敷地、土地の傾斜、堀の幅、これらを考えると……

「道や広場が堀の中に沈むな」
「ダメでしたっ」

 城は町の中央広場の北西側にあり、そこから広場を挟んで東側に教会がある。数メートル程度だが盛り土がされていて、城の敷地は周囲より高くなっている。増築を前提として敷地が用意されているのでそれなりに広い。盛り土の外側に、つまり敷地の外に堀を作るとなると道や広場がなくなってしまう。堀は用水路ではないのでそう簡単には越えられないくらいの幅が必要だ。

 最初は城ではなく二階建てくらいの普通の屋敷を建ててもらうつもりだった。だからこそこの場所に建ててもらったが、最初から城と分かっていたら、もっと北西の問題がなさそうな場所に建ててもらえばよかった。いや、それなら最初から城はやめてくれと言った方が早かっただろう。

「やはり柵だな。それに堀を作っても、人が落ちないようにするためにはどうせ柵は必要だろう」
「そうですねっ。柵なら立派な柵にしたいですね」
「柵のデザインを考えてくれ。俺よりも得意だろう」
「お任せくださいっ」
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