ドラゴネット興隆記

椎井瑛弥

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第一章:領主一年目

職人たちの会合(一)

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 生水は飲まない方がいい。そう昔から教えられている。井戸の水はまだ大丈夫らしいが、いくらきれいに見えても川の水や山の湧き水は場合によっては腹を壊すと。だから一度沸かし、それを冷ましたものを飲む。料理に使うときには一度は沸かすから問題ない。生水よりもエールやワインの方が安全だと言われている。

 この盆地には何本も川があり、その一つがドラゴネットの町のすぐ北を流れている。そこから町の周囲の堀に水を流す形になっている。いや、それは正確じゃない。元々堀は川の一部だった。

 この川は西の方から流れてきて町をかすめるように東へ流れていくが、元々かなり蛇行していて『℧』のようになっていた。その蛇行の始まりから終わりまで真っ直ぐ捷水路ショートカット通して、上に横棒の付いた『U』の形にし、その中にドラゴネットを作った。町の規模も元の川の蛇行の内側をそのまま使っているから、六〇〇人ほどの町としては異様なほどに広い。狭いよりはいいだろうと思ってそのままにしているが、建物もまだ少ないのでスカスカ感は否めない。

 町の中には堀から水を引いた運河を縦横に何本も通した。これは職人たちから話を聞いて作ったものだ。それによって歩くことなく運河を使って船で物を運ぶこともできる。無駄に土地が広い上にまだあまり人がいないからできたことだ。

 俺はトンネル工事があったので、主に運河を掘ったのはカレンだ。完成するまでに大きなやらかしはなかったが、掘りすぎたり軽く周辺を吹き飛ばしたりと、たまにはもあって俺が直しに出かけた。あの工事の達成感でカレンは一回り成長したようだ。

 盆地の中でもこのあたりは南の山裾が近く、森まで一〇キロほど。広い盆地だからほぼ平らに思えるが、多少は傾斜している。

 ドラゴネットをかすめていくこの川は、町の西からやってきて、町の北側をほぼ真東に通り、それからしばらくすると北東に向かって流れて行くく。あの先はどこに繋がっているのかは知らないが、土地が低い方に流れていくのは当然だ。

 町の北部には農地や農民たちの家があり、そこにはため池がある。ため池には北の川から用水路を使って水を引いている。町の東部には職人たちの職住一体型の工房があり、水を使う場合は運河から引く予定だ。

 この川の上流には町はない。だから汚れた水は流れてこないはずだ。そして今のところ腹を壊したという話は聞かないが、いずれ人が増えたとき、あるいは町の西側に人が増えたときにどうなるかは分からない。傾斜の都合で運河も西から東へと流れているからだ。

 今のところ、俺が石から作った巨大な容器にカレンが朝と夕方にきれいな水を補充してくれているので、それを生活と仕事と両方に使ってもらっている。王都では汚れた水を口にして腹を壊すやつは多かった。特にうちの屋敷は貧民街スラムに近かったからそういう光景をよく目にした。ごみが浮いているような水路から水を汲んで使っていたからだ。薬師のカサンドラも大変だっただろう。

 家を建てたときにはパウラから提案されたように、生活排水とトイレの汚水をまとめて下水に流し、そこに森の掃除屋を入れることで水をきれいにしてから堀に返すことにした。下水から堀に流れるあたりを確認したが、嫌な臭いはしていなかった。だが人が増えればどうなるかは分からない。

 そして排水の方はそれでいいが、取水の方をどうするかという話が職人たちの間で出ている。いつまでもカレンに水を入れてもらうのはどうかと考えているようだ。かつて父が領民たちを集めて相談という名の宴会をしていた。飲んだ方が意見は出やすいが、どうでもいい意見も増える。今回の職人たちの話し合いは酒の入らない純粋な話し合いのようだ。

 俺はその話し合いには参加せず、どのような話が出たか、どのような結論になったかをダニエルに後から聞くことにしている。俺がそこにいたら言いにくいこともあるだろう。



◆ ◆ ◆



 今日は職人たちの話し合い出席しています。今回のテーマは運河の使い方と取水方法です。

「やはりダニエル殿に魔道具作ってもらうのが一番だろうか?」
「そうするとダニエル殿にばかり負担がかかる気がするが、その点はどうじゃ?」
「私でよければいくらでも用意しますよ」

 当初水は水車を使って運河から汲み上げ、その水を浄化して使う予定でしたが、どうも運河の流れが微妙らしくて上手く水車が回らない可能性があるということでした。そのため魔道具を組み込んで回した方が確実だということになりましたが、それなら最初から魔道具で水を出した方が諸々の手間が省けるというものです。その方が運河の近くまで汲みに行く手間が省けます。

 そして魔道具についてですが、これは必ずしも魔石を使わなければならないわけではありません。保存庫などのように、絶えずある程度の魔力が必要なものは、本体に魔力を集める術式を組み込めば大丈夫です。その分どうしても大型化しやすいのが欠点です。魔石を使う魔道具は多くの魔力を短時間必要とするもので、例えば火を熾したり水を凍らせたり、そのような使い方をするものがほとんどです。

 竜の鱗は魔石の代わりにも使えますが、それ自体が魔力を周囲から集めますので、魔道具を小型化できるという利点があります。魔力を集めるための術式を書き込む場所が必要なくなりますからね。

「では水を出す部分は私が作ることにしましょうか。ですがどのような形で運用するかはみなさんの意見を聞かなければ分かりませんが。いい方法とかありますか?」

 私がそう言うと、色々な意見が出ました。できる限り記録を取るようにしました。

「それぞれの工房の中に水が引くことができれば便利だが……そこまでは必要ないか?」

 家具職人のホラーツさん。木を切ったり削ったりするとおがくずなどが出るようですが、それは箒で掃けば問題ないそうです。む

「それはたしかにありがたいのは間違いないが、工房ごとにすると、今後工房が増えたときに大変なことになりそうだな」

 これは鍛冶師のテオさん。鍛冶はある程度水を使いますが、常に大量に使うわけではないので、使えればありがたいというくらいだそうです。

「何軒かの工房で一つの井戸を共有するような形はどうしょうか? 汚れを洗い流せる場所もあればいいでしょうね」

 薬師のカサンドラさん。薬を作るためにはきれいな水が必要だそうですが、彼女は魔法が使えますので、そのあたりは自前でできるそうです。それほど水の量は必要ないようですね。

「そうですね。細かいものなら工房の中でも問題ありませんが、まとめて洗いたいときなどは外の方がいいでしょうね」
「ええ、運ぶのは台車で問題ないですからね」

 染織のアメリアさんと染めのドーリスさん。アメリアさんは今は機織りの方が多いようですが、それでもある程度は染めも行うそうです。染めて洗ってを繰り返すので、水はどれだけあっていいそうですが、汚れた水も大量に出ます。このお二人の工房には、木工のアレクさんが作った台車があります。板に車輪が付いただけですが、あれは便利ですね。

「焼き物は土を使うからどうしても工房の中が埃っぽくなる。できれば最後は流したい。下水に捨てることはないな。土なら地面に戻しても害はないと思う」

 陶芸のウッツさん。汚れた水が出ると言うよりも、埃っぽくなった工房を洗い流したいと。サッパリさせたいでしょうからね。

「うちも同じだ。埃っぽくなるので水を撒くことは多いが、どのみち下は石だから害にはならないだろうな。だが下水に捨てるのは考えものだ。詰まっても困る。森の掃除屋が取り除いてくれるという話だが、あまりそれに頼りすぎるのもな」

 ウッツさんと同じようなことを言ったのは石工のシュタイナーさん。やはり石を削れば埃が立ちます。



 その日の結論としては、区画ごとに一つ共同の水場を用意することになりました。そこに水を出す魔道具を設置するので、そこにそれぞれが水を汲みに来ることになりました。

 水場の周囲には汚れたものを洗うための洗い場も用意し、管理はそこを使う職人たちが共同で行う。使い終わった水はできる限り浄化し、それから下水に繋げる。水を出す部分は私が作る。設置や固定には土魔法が使える石工のシュタイナーさんやフォルカーさん、左官のアーダムさんたちが行う。エルマー様には水属性の魔法が使いやすいパウラ様の鱗を提供してもらう。水場そのものはカレン様が水を溜めてくれた巨大な水桶のある場所をそのまま使う。とりあえずそうなりました。

 職人街に用意するのに合わせて、北にある農民たちの家の近くにも同じものを設置することになりました。口に入れる水はきれいな方がいいという共通認識があり、そこには職人も農民もありません。水を飲むために一度沸かすという手間が減れば、そのために必要な薪も減ります。それなら台所で使う方に回せばいいでしょう。気が付けばそのような話になっていました。
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