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第一章:領主一年目
酒の問題
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酒造りを任せているドワーフのライムントとカスパー、そしてガラス職人のエトガーとシュテファン、鍛冶師のテオとユルゲン、この六人の協力によって蒸留器がいくつも作られた。さらに樽職人のバルタザールが加わり、どの木で作った樽がより熟成に向いているかを確認するようだ。
今はまだ作ったばかりの樽に詰めて寝かせてあるだけだが、これが五年、あるいは一〇年後に樽を開けてみれば違いも分かるだろう。気の長い話だが、酒でも領地でも、一日二日では完成しないということだ。きちんと丁寧に作ったものをしっかりと寝かさなければいい味が出ない。
「領主様、熟成庫という魔道具の名前を聞いたことはありますか?」
「いや、聞いたことはないが、言葉の通りなら、中に入れたものを熟成させるためのものか?」
酒にうるさいライムントがそんなことを聞いてきた。俺は酒は飲むがそこまで好きなわけでもない。製法だって聞きかじった程度だ。
「はい、中に入れた食材を熟成させるためのものだそうです。これを使えばこの蒸留酒もあっという間に五年一〇年と熟成できると思います」
「それは……売っているものなのか?」
「王都にならあります。絶対に必要というわけではありませんが、熟成に使う樽に向いた木が早めに分かれば、他の領地と差別化ができるかもしれません。より香り高く、より風味豊かな蒸留酒なら、さぞ高値で売れることでしょう!」
「一応探してみて、買えるようなら検討する」
「よろしくお願いします」
ライムントは絶対必要なものじゃないとは言ったが、あれは絶対に探して買ってこいという目だった。そもそも売っているかどうかも分からないし、買ったところで運べるかどうかも分からないが。
「私に作ることができればよかったのですが、私は時空間魔法を扱うのが苦手でして」
魔道具ならダニエルし相談しようと思ったら、彼は時空間魔法は使えないようだ。魔法使いが自分が得意な魔法しか使えないのと同じく、魔道具職人も適性が高い魔法しか組み込むことができない。俺も火魔法が苦手だから、もし魔道具が作れるとしても、火魔法は組み込めない。だからダニエルも保存庫やマジックバッグは作れない。
「王都なら売っている店はいくつもあります。私が卸していた店もそうですね」
「今度覗いてみよう」
「ヨーゼフとブリギッタというお二人が経営している店があります。そこには置いてあるのを見かけました」
「ああ、あの店か」
「さすがにご存じでしたか」
「ゲルトさんから教えてもらって、石窯などを買った店だ」
酒はこのような田舎領地には欠かせない。もちろん王都のような大都市にも欠かせないが、大都市なら何でもすぐに手に入る。だが田舎にはそもそも気軽に買える場所がない。
ここに来る途中、ノーエンという町の周囲には花畑が多かった。そしてその花を使って蜂蜜が多く作られていた。蜂蜜が採れればミードが作れる。だがこのあたりにはあまり花がない。元々が川に近い場所だから、川の氾濫で流されることもあったのかもしれない。
ミード以外なると比較的作りやすいのがエールになる。ここは水が豊富だから美味いエールが作れるだろう。
酒も色々な種類が作れれば特産になるかもしれない。だが今のところ、どのような植物が生えているか、どのような植物が有効に利用できる、まだそれを探っている段階だ。
「領主様、まだ出発していなかったので?」
「待て待て、午前中に聞いたばかりだろう。明日には王都に行くからそれまで待て」
「分かりました。では明日の報告を楽しみにしています」
熱心なのはいいが、押しが強いな。これは間違いなく明日は王都に行かなければ、ずっと恨まれそうだ。
◆ ◆ ◆
昨日はライムントに熟成庫の話を聞かされ、結局昨日の今日で王都で魔道具を扱っている商店まで熟成庫を探しに来た。俺も押しに弱い。まあ領地が潤うという話をされればつい乗ってしまうわけだが。そういうわけで前にも来たことがある『ヨーゼフの店』にやって来た。
使用人棟やアンゲリカの店で使っている魔道具のいくつかはここで買ったものだ。店主の名前はヨーゼフ。店主自身が魔道具を作って販売している。預かって販売しているものもあるそうだ。ダニエルと同世代くらいの気のいい店主だ。
「ノルト男爵様でしたね。あの石窯などはいかがでしたか?」
「ああ、問題なさそうだ。評判もいい。それで今日は別のものを探しに来た。ここでは熟成庫というものは扱っているのか?」
「もちろんございます。大きさと効果によって値段は違いはありますが、一般的なものはこれくらいでございます」
ヨーゼフさんが見せてくれた紙には、内部の大きさ、熟成の早さ、そして値段が書き込まれていた。一辺が一メートルで速度二倍でも金貨が必要か。しかし樽をいくつも入れるとなるとそれでは足りない。ライムントは俺に何を買わせようとするんだ。
「一つ聞くが、支払いは金貨でなくてもいいのか?」
「金貨でないとすれば宝石か何かでしょうか?」
「いや、こういうものがあるんだが」
「こういうもの……ハヒッ⁉」
ヨーゼフさんの顔くらいある大きさの鱗を取り出した。あまり使いすぎるのもどうかと思うが、ダニエルに言わせれば、あるなら使わなければもったいないと。鱗が流通すれば魔道具職人はもっと助かるだろうと。出どころを調べてドラゴネットにやって来る魔道具職人もいるんじゃないかと。そういうことならある程度は流しても大丈夫だと考えた。
「これで買える範囲のものを教えてもらいたい」
「しょ、承知いたしました。少々お待ちください」
彼は汗を流しながら奥に下がっていった。
今はまだ作ったばかりの樽に詰めて寝かせてあるだけだが、これが五年、あるいは一〇年後に樽を開けてみれば違いも分かるだろう。気の長い話だが、酒でも領地でも、一日二日では完成しないということだ。きちんと丁寧に作ったものをしっかりと寝かさなければいい味が出ない。
「領主様、熟成庫という魔道具の名前を聞いたことはありますか?」
「いや、聞いたことはないが、言葉の通りなら、中に入れたものを熟成させるためのものか?」
酒にうるさいライムントがそんなことを聞いてきた。俺は酒は飲むがそこまで好きなわけでもない。製法だって聞きかじった程度だ。
「はい、中に入れた食材を熟成させるためのものだそうです。これを使えばこの蒸留酒もあっという間に五年一〇年と熟成できると思います」
「それは……売っているものなのか?」
「王都にならあります。絶対に必要というわけではありませんが、熟成に使う樽に向いた木が早めに分かれば、他の領地と差別化ができるかもしれません。より香り高く、より風味豊かな蒸留酒なら、さぞ高値で売れることでしょう!」
「一応探してみて、買えるようなら検討する」
「よろしくお願いします」
ライムントは絶対必要なものじゃないとは言ったが、あれは絶対に探して買ってこいという目だった。そもそも売っているかどうかも分からないし、買ったところで運べるかどうかも分からないが。
「私に作ることができればよかったのですが、私は時空間魔法を扱うのが苦手でして」
魔道具ならダニエルし相談しようと思ったら、彼は時空間魔法は使えないようだ。魔法使いが自分が得意な魔法しか使えないのと同じく、魔道具職人も適性が高い魔法しか組み込むことができない。俺も火魔法が苦手だから、もし魔道具が作れるとしても、火魔法は組み込めない。だからダニエルも保存庫やマジックバッグは作れない。
「王都なら売っている店はいくつもあります。私が卸していた店もそうですね」
「今度覗いてみよう」
「ヨーゼフとブリギッタというお二人が経営している店があります。そこには置いてあるのを見かけました」
「ああ、あの店か」
「さすがにご存じでしたか」
「ゲルトさんから教えてもらって、石窯などを買った店だ」
酒はこのような田舎領地には欠かせない。もちろん王都のような大都市にも欠かせないが、大都市なら何でもすぐに手に入る。だが田舎にはそもそも気軽に買える場所がない。
ここに来る途中、ノーエンという町の周囲には花畑が多かった。そしてその花を使って蜂蜜が多く作られていた。蜂蜜が採れればミードが作れる。だがこのあたりにはあまり花がない。元々が川に近い場所だから、川の氾濫で流されることもあったのかもしれない。
ミード以外なると比較的作りやすいのがエールになる。ここは水が豊富だから美味いエールが作れるだろう。
酒も色々な種類が作れれば特産になるかもしれない。だが今のところ、どのような植物が生えているか、どのような植物が有効に利用できる、まだそれを探っている段階だ。
「領主様、まだ出発していなかったので?」
「待て待て、午前中に聞いたばかりだろう。明日には王都に行くからそれまで待て」
「分かりました。では明日の報告を楽しみにしています」
熱心なのはいいが、押しが強いな。これは間違いなく明日は王都に行かなければ、ずっと恨まれそうだ。
◆ ◆ ◆
昨日はライムントに熟成庫の話を聞かされ、結局昨日の今日で王都で魔道具を扱っている商店まで熟成庫を探しに来た。俺も押しに弱い。まあ領地が潤うという話をされればつい乗ってしまうわけだが。そういうわけで前にも来たことがある『ヨーゼフの店』にやって来た。
使用人棟やアンゲリカの店で使っている魔道具のいくつかはここで買ったものだ。店主の名前はヨーゼフ。店主自身が魔道具を作って販売している。預かって販売しているものもあるそうだ。ダニエルと同世代くらいの気のいい店主だ。
「ノルト男爵様でしたね。あの石窯などはいかがでしたか?」
「ああ、問題なさそうだ。評判もいい。それで今日は別のものを探しに来た。ここでは熟成庫というものは扱っているのか?」
「もちろんございます。大きさと効果によって値段は違いはありますが、一般的なものはこれくらいでございます」
ヨーゼフさんが見せてくれた紙には、内部の大きさ、熟成の早さ、そして値段が書き込まれていた。一辺が一メートルで速度二倍でも金貨が必要か。しかし樽をいくつも入れるとなるとそれでは足りない。ライムントは俺に何を買わせようとするんだ。
「一つ聞くが、支払いは金貨でなくてもいいのか?」
「金貨でないとすれば宝石か何かでしょうか?」
「いや、こういうものがあるんだが」
「こういうもの……ハヒッ⁉」
ヨーゼフさんの顔くらいある大きさの鱗を取り出した。あまり使いすぎるのもどうかと思うが、ダニエルに言わせれば、あるなら使わなければもったいないと。鱗が流通すれば魔道具職人はもっと助かるだろうと。出どころを調べてドラゴネットにやって来る魔道具職人もいるんじゃないかと。そういうことならある程度は流しても大丈夫だと考えた。
「これで買える範囲のものを教えてもらいたい」
「しょ、承知いたしました。少々お待ちください」
彼は汗を流しながら奥に下がっていった。
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