ドラゴネット興隆記

椎井瑛弥

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序章と果てしない回想

孤児院

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 私は元々、ずっと遠いところにある小さな町の、小さな孤児院で育ちました。親が誰なのかは分かりません。今となっては知りたいとも思いません。下は一歳になる前の赤ん坊から、上は成人するくらいまで、とりあえず最低限の食事とベッドを与えてくれる場所です。もちろん人数に限りがありますので、出て行くとすれば年上からになります。私は成人前に孤児院を出ることになり、なんとか王都まで辿り着きました。

 王都に来た理由は簡単です。孤児院の院長先生が「女なら王都に行けば仕事はいくらでもある」と教えてくれたからです。それを聞いた私には、生きていくためには王都へ行くしかないようにそのときは思えたのです。最低限の旅費は院長先生が渡してくれましたので、それをなんとかやりくりして王都に辿り着き、頑張って仕事を探そうとしました。ですが、そもそも仕事の探し方すら分かりませんでした。

 道ゆく人に仕事を探せる場所はないかと尋ねつつ、夜まで歩き続けてなんとか辿り着いたのが、今思い返せば貧民街スラムだったようです。あのときはただ怖い人たちがたくさんいる怖い場所にしか思えませんでした。

 今では怖いとは思いませんが、当時の私には、あの独特な雰囲気は耐えられませんでした。貧民街から走り去り、どこをどう通ったのかも覚えていませんが、辿り着いたのがあるお屋敷の庭でした。お屋敷とは言ってもそれほどきれいではなく、どちらかと言えばボロ屋敷です。ですが、なんとか人がいない場所に逃げ込めたという安心感からか、私はその場で眠ってしまったようです。

 私はベッドの中で目が覚めました。いつの間にお屋敷の中に入ってしまったのか。頭がはっきりとした瞬間、見つかったら殺される、そう思いました。すると扉が開き、大柄な男性が入ってきました。私があまりにも怖がっていたからでしょうか、その人は笑いながらこう言ってくれました。

「腹は空いてないか?」

 それを聞いた瞬間、私は泣き出してしまったことを今でも覚えています。その方はエクディン準男爵のトビアス様でした。私が泣きやんだ後、トビアス様はパンとスープを用意してくれました。「俺はたいした料理は作れないからな」と言いながら用意してくれたのを今でも忘れません。

「名前は?」
「……エルザです」
「どうしてうちの庭にいたんだ?」
「ええっと……朝に王都に着きました。それで仕事を探して歩いていたら怖い人たちのいる場所に出てしまって、それで走ってきて、気が付いたらここにいました」

 私は自分の生い立ちや、ここに来るまでの経緯などを話しました。

「ああ、それは貧民街だろうな。ここからすぐだ。あいつらは見た目は怖いがそれほど怖くはないぞ。もし問題を起こしたら自分たちの方が危ないと分かっているからな。ところでな——」

 次の言葉は私の意表をつくものでした。

「仕事がないなら、隣の教会で働かないか?」
「え?」
「この隣に小さな教会があるんだが、人が誰もいなくてな。誰も管理できる者がいないとすぐに傷んでしまう。資格のあるなしは関係ないから、中が荒らされていないかどうかを見るだけでもいい」
「私でいいのですか?」
「ああ」

 私にとっては渡りに船でした。

「引き受けてくれるなら、もう一つ頼みたいことがある」
「私にできることでしたら」
「できると思うぞ。教会と一緒にこの屋敷の管理も頼みたい。俺にはお前と同い年くらいの息子がいて、軍学校に入るために近いうちにこっちに来ることになっている。逆に俺はもうしばらくしたら領地に帰って領主をしなければならん。息子はこの屋敷から通うことになるはずだ。俺に似て言葉遣いは悪いが、根はいい子だ。仲良くしてやってほしい」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」

 そうして私は教会の中の空き部屋を使わせてもらえることになり、教会とお屋敷の掃除をしたり、トビアス様の食事を作ったりしました。そうして一週間くらいが過ぎたとき、ふと貧民街の方を見てみたくなりました。初めて王都に来た日は右も左も分からず、ただ怖がっていましたが、明るいうちなら問題ないだろうと。そう思って昼間に歩いてみることにしました。

 教会で働く以上はシスター服を着ています。教会の関係者には何もしてこないだろうと思いますが、念のためにもし何かあれば全力で逃げる準備だけはしていました。ところがトビアス様に言われたように、一人でいても何もされることはありませんでした。そしてふと、教会に来る人たちの中に貧民街の住人がいることも知りました。それに気付けば何も怖いことはなくなりました。

 そうして貧民街を歩いていると、そこにいるのはもちろん大人が多いのですが、その中にいる小さな子供、特に女の子が何人も目に入りました。どうしても小さな女の子が小屋の前でうずくまっていると気になってしまいます。

 ほんの一週間ほど前、私はトビアス様に助けられました。本当に運が良かったのでしょう。だから私は、同じような境遇の女の子が道に迷わないように、トビアス様に孤児院を作りたいと言いました。

 孤児院は寄付によって運営されています。エクディン準男爵領がそれほど裕福でないことも分かっていましたが、トビアス様は笑ってこう言ってくれました。

「好きにやったらいい。生きていける程度には食わせてやる。でもちゃんと面倒は自分で見ろよ。そして一人でも多く仕事に就けるようにしてやれ」

 それを聞いて私は教会の一角に孤児院を作ることに決めました。

 孤児院と言ってもそれほどお金はかけられません。子供たちに読み書き計算と針仕事を教えるくらいです。勉強道具などは教会に残されていた説教用のものを使わせてもらうことにしました。子供たちのためのベッドなども教会内にあるものを使ってなんとか形だけの孤児院はできました。

 貧民街に入り、小さな女の子を探しました。親がいないようなら孤児院に来ないかと誘いました。ちゃんと勉強するならご飯とベッドは用意してあげると。そうして五人が孤児院にやって来ました。

 最初の頃は本当に試行錯誤の毎日でした。やっぱり小さな子は環境が変わると不安になります。貧民街から五分程度しか離れていないとは言っても、全く違う環境です。それでも少しずつ慣れていってくれました。

 私には貧民街にいる子供たち全員を救うことはできません。声をかけた中でここに来たいと言った五人を集めただけです。この子たちがここを出るとき、ここで勉強してよかったと思ってくれるかどうかは分かりませんが、せめて笑顔で出て行ってほしいですね。ついでに私も笑顔なら万々歳ですが。
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