ドラゴネット興隆記

椎井瑛弥

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序章と果てしない回想

軍学校の実戦訓練にて

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 軍学校では座学もあれば実践形式の訓練もあった。実践訓練では、俺はいつの間にか殿下の軍師のようになっていた。決して俺からすり寄ったわけではなく、殿下からのご指名だった。いつの間にかそれだけ信用も信頼もされていたわけだ。入学した最初の頃、殿下の周囲にはやたらと媚びた取り巻きが大勢いたが、そいつらは学期が進むうちに次第に減っていった。

 ただそいつらからすると、俺が殿下に取り入って自分たちを遠ざけたように思えたようだ。それでますます嫌がらせも増えることになったが、どうせそいつらとは相性が悪いんだから何をしても同じだろうと開き直った。殿下と馬鹿貴族の子女を比べるなら、どちらを選ぶかは明らかだろう。



◆ ◆ ◆



「エルマー、これだけ足下が悪いと踏ん張るのは無理だが、引き込むのも難しいな」
「正面からぶつかるのは愚策でしょう。少し罠を仕掛けます」
「手は必要か?」
「いえ、魔法で済ませるので大丈夫です。しばらく敵を牽制をしたら合図で一斉に下がるようにして、そのときに仕掛けます。下がるタイミングは殿下にお任せします」
「分かった」

 実戦訓練では、通常は二〇人から五〇人ずつ二組に分かれて陣取り合戦を行う。胸に付けた徽章バッジをすべて奪うか、高台にある敵陣の旗を全て奪うかした方の勝ちになる。剣は木剣か刃を潰したものを使い、魔法は直接相手に怪我を負わせるものは使用禁止となっている。命を失う危険がないようだ。

 それでも剣が当たれば骨は折れるし肉は切れる。当たり所が悪ければ死ぬことだってあるだろう。魔法で大怪我をさせたとしても、で済まそうと思えば済ませられるだろう。明らかにそれを狙ってくるやつもいるので、死なない程度に仕返しをしている。

 今回の設定は湿地帯だ。兵力は三〇人ずつ。高台と高台の間が大きな水たまりになっている。罠を仕掛けるならそこだろう。

 僻地で育った際にありがたかったのは、生まれながらにして水と土の魔法が得意だったいうことだ。魔法の才能はある程度は生まれたときには決まっていると言われている。もちろん訓練で伸びることは間違いないそうだが。領主の息子——しかも成人すらしていない少年——が開墾の現場で即戦力なのもどうかと思うが、邪魔な木を抜いたり岩を取り除いたりするには魔法で土を掘るのが一番早かった。



「さすがエルマーだな。もし本当の戦場にこのような罠があると想像するとぞっとするな」

 胸元まで泥水にはまり込んでもがく敵軍を眺めながら殿下がそう言った。無事だった敵も囲まれて徽章バッジを奪われている。

 罠と言ってもそれほど大袈裟なものではない。土の中に魔法で三〇ほど空洞を作っただけだ。魔法で土を取り除いただけなので、俺が何かをしたようには見えなかっただろう。

 土魔法は土や石に触れて魔力を流す。その際に必ず手を使わなければならないという決まりはない。もちろん足でも使える。基本的には直接触れて魔力を流すわけだが、多少魔力の無駄にしてもいいなら直接触れなくてもいい。だから靴を履いていても問題ないわけだ。

 先ほどまでは普通の水溜りが並んでいるだけのように見えていたが、踏み抜いたやつは胸まで沈んだ。そうなれば徽章バッジを奪えばいい。人が踏むまで崩れない厚みにするのはわりと調節が大変なんだが、実家で土木作業の合間に土で遊んでいたのが役に立った。

「数が多ければ、どこに仕掛けたかが自分でも分からなくなる上に、味方も踏み込めなくなります。そもそも大規模に仕掛けるのは不可能です。仕掛け終わる前に矢が飛んできてハリネズミです」

 いくら有効な罠でも、俺がのんびりと罠を仕掛けているのを敵は待ってくれない。今回は敵が最大でも三〇人だからできたことだ。もし実際に戦場で使うとして、そのときに落とし穴を一〇〇〇個仕掛けられたとしても、そんなところには自分でも踏み込みたくはない。それに後処理も大変だろう。

 正々堂々と戦うのが貴族だと負けてから言うやつもいるが、それは騎士の馬上試合での話だ。さすがに俺でも馬上試合で馬の目を狙うような真似はしない。実際に戦場で罠にはめられたら、ずるいだの汚いだのと騒いでもどうにもならない。死ぬだけだ。勝ったやつが強いんであって、正しいから勝てるわけではない。



「お前がでなくて本当によかったよ」

 徽章バッジを自ら渡して落とし穴から出てきた敵軍の学生がそう言った。敵軍の中にもそう言ってくれるやつはいる。俺にあまり悪意を持っていない、やや気が弱いやつらだ。俺は以外には優しいからな。そういう意味の敵だ。

 いくら木剣を使おうが刃を潰した鉄剣を使おうが、殴られれば怪我をする。そもそもこの学校に入りたくて入ったわけではないやつも多い。本当なら文官になりたかったのに、親の意向で軍学校に入らざるを得なかったやつらだ。そんな気の弱いやつらは、剣で殴り合うよりは落とし穴に落ちて徽章バッジを奪われて訓練が終わる方がずっと気が楽だと思うわけだ。痛い思いをせずにずぶ濡れになって気持ち悪いだけで済む。

 このような実戦訓練を行う場合、誰がどちらの部隊に入るかはクジで決められる。ただし俺だけは殿下に呼ばれるから常に殿下と一緒だ。だがこれには上級貴族の子女たちにも反対されたことはない。その理由を直接聞いたことはないが、漏れ聞こえてきた話を繋ぎ合わせれば、そいつらが俺のことを殿下のお気に入りだと考えていることが理由らしい。

 もし俺と殿下が敵同士になれば、殿下は俺に対して手心を加えるだろうとそいつらは考えているようだ。あながち間違いでもないが、俺だって殿下をどう扱っていいか分からなくなるから、それはお互い様だ。殿下に怪我はさせたくはないが、だからと言ってわざと負けるのもおかしな話だ。絶対に殿下に怪我をしないようにした上で、他のやつらを叩きのめす方法を考えなければならない。だが今のように殿下と同じ部隊にいれば、俺は目の前の敵を相手にすればいいだけだから、実はずっと楽になる。どうして馬鹿たちが俺と殿下を敵同士にするために動かないのか。やつらは全て自分たち基準にして考えているからだと分かった。

 あいつらは殿とだけ考えている。殿を全く考えていない。馬鹿たちにとっては殿だけが重要で、殿なんて考えたこともないんだろう。殿下が俺をどう見てくれているかはあくまで殿下の考えであって、俺が悩んだところで仕方がない。殿下だって俺がどう考えているかは気にはなるかもしれないが、だからと言って俺の考え方を変えられるわけでもない。

 まあこうやってグダグダ考えている間に今回の実戦訓練は終わった。俺が参加するとこのような結果になることが多く、敵にも味方にもほとんど怪我人は出ない。その点に関してだけは教師たちからは褒められる。戦わずして勝つのは立派だと。『戦わずして勝つ』というのは戦場で戦いになる前段階で戦略によって、あるいはさらにそれ以前に政略によって有利な方へ話を持っていくことではないのかと思ったが、どうやらそうでもなかった。

 教師の中には貴族もいれば平民もいる。もし上級貴族の子女が実戦訓練で大怪我をすれば、「わざとうちの息子が怪我をするような状況にしたのではないでしょうな」などと難癖を付けられ、辞職を迫られることもあるそうだ。平民なら間違いなく辞めさせられるだろうし、貴族であっても派閥の兼ね合いがあるので大変なんだそうだ。だから実戦訓練を担当する教師は「大怪我をする学生が出ませんように」と祈るらしい。それなら実戦訓練なんてやめたらいいと俺なんかは思うんだが、伝統があるからそうもいかないと。一学生である俺にそんな愚痴をこぼされても正直なところ困るんだが……まあ教師も大変なんだな。
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