ドラゴネット興隆記

椎井瑛弥

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第一章:領主一年目

王城での報告

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 アルマの件について、そろそろ殿下に話をしなければならない。陛下の落胤であり、殿下の腹違いの妹だ。俺に抱かれた後に事実を伝えるというのはアルマの策略だったのかもしれないが、単に言いにくかっただけのような気もする。どちらにしても嫌な感じはしなかった。庇護欲をかき立てる存在とは彼女のようなことを言うのだろうか。それともう一つ、領都の名前と紋章も決まったので、その届け出もついでにすることにする。

 本来なら名前や紋章の方が大切なんだろうが、俺にとってはアルマの方が何倍も大切だ。どちらに重きを置くかは分かるだろう。

 何度も申し訳ないが王都の屋敷までカレンに送ってもらい、そこから歩いて行くことにした。一時間ほど歩き、久しぶりに王城に入って用向きを伝え、しばらく待つことになった。

「エルマー、あれからそれなりに経つが元気だったか?」
「お久しぶりです、殿下。体の方は問題ありません。殿下はあれからいかがですか?」
「私も問題なしだ。最近はオスカーも暇を持て余しているくらいだ。いや、そんなことを言っては二人に申し訳ないな。私のために骨折りしてくれたのに」
「いえ、私のことはお構いなく。それよりも今日は殿下に一つ伝えたいことがあるのですが、人払いをお願いできますか?」

 今日も忠臣オスカー殿が殿下の側にいる。内容が内容だけにそう言わざるを得ない。

「オスカーでもか?」
「はい」
「分かった。オスカー、しばらく外に出てくれ。扉の前を頼む」
「承知いたしました」

 そう言うとオスカー殿は嫌な顔一つせずに部屋を出た。まさに忠臣だな。おそらく扉の横に立ち、何があってもここを通さないつもりでいるだろう。それにもし何かを聞いてしまったとしても聞こえないふりをするだろう。

「それで、何があった?」
「はい。カリーナの件で報告が」
「……彼女が自分で名前を言ったのか?」
「はい。実はこの度、彼女を妻の一人として迎えることになりまして、その際に伝えられました」
「そうかそうか! そうなってくれれば嬉しいと思っていたがそうなったか! あの孤児院を選んだ甲斐があったな!」

 殿下が俺の肩をバンバンと叩いて喜んでくれている。しかし……意外にと言ったら失礼だが、殿下は深慮遠謀に長けていたのか?

「最初から私とくっつけようとしたのでもないでしょう?」
「もちろん最初はそんなつもりはなかった。そもそも私自身に何が起きるか分からないくらいだった。万が一を考えて逃げ込める場所を探そうとして、こっそりと貧民街スラムを見て回ったことがある。そのときにあの孤児院を見つけたが、それがお前の屋敷の隣だったわけだ」

 殿下が軍学校に入った理由の一つが身を守るためだった。王城にいるよりも、人目の多い軍学校の方が危なくないだろうと考えたそうだ。大公の派閥にいる貴族の子女はたくさんいたが、さすがに殿下に手を出す勇気はなかっただろう。それよりも殿下と親しくなる方が利益になると考えた者が多かった。

「貴族なら普通はあまり近づきませんからね」
「ああ、あの場所が一番良かった。それでフロッシュゲロー伯爵の件があったときにそれを思い出して、お前が近くにいてくれれば必ず彼女を守ってくれるだろうと思ってな。そうだろう?」
「ええ、もちろんです。それに向こうに連れて行きましたし、そもそも彼女に何かをしてくる者はもういないでしょうが」

 正直なところ、ヒキガエルがいつまでアルマのことを探していたのかは分からない。おそらくしばらく探して、それで諦めたんじゃないかと思う。王城から離れて別の家に匿われ、それから孤児院に入った頃までは探していたとしても、それから何年も経っている。もし本気で王都内を探せば見つけられた可能性はある。王都から出たと考えていたら別だろうが。

 そしてアルマを狙っていたのなら諦めただけで済んだかもしれない。アルマがよかったのか、それともアルマのような少女がよかったのかによってもかなり違う。もしヒキガエルが別の対象を見つけでもしていたら……できる限り無事であってほしいと思う。

「そうだな。それで来年あたり、行啓ついでに顔を見に行くのもありだろう。それで、あのあたりまで行くのはやはり大変か?」

 行啓に来ていただけるのか。行幸は国王陛下がお出かけになること。行啓は王妃様や王太子殿下がお出かけになること。合わせて行幸啓という言い方もある。お迎えできれば領地に箔が付く——

 待て、貴賓室を作っていなかった。応接室の近くに中庭がよく見える予備の部屋があったな。あの部屋を貴賓室にするか。帰ったら忘れないうちに改装だな。

「山を越えるのは馬車ではほぼ無理です。月末からマーロー男爵領との間にトンネルを掘り始めますので、それが完成すれば移動は問題なくなります」
「トンネルか……。かなり時間がかかりそうだが」
「魔法で掘りますので、これまでの経験から年内には完成できると思います」
「そうか、それくらいで完成できるのか。では来年の春に行くことにしよう」
「ではドラゴネットでお待ちしています」
「ドラゴネットか。覚えておこう」

 殿下一人ならカレンに運んでもらうこともできなくはないが、さすがにお一人で来るのは無理だろう。それなりにお供がいるはずだ。いなくなって問題になるのも困る。

 殿下には正妻のカレンが[転移]を使えることは話しておいた。ちなみにこの王城が建っている島には[転移]避けの結界が張られているので、[転移]で出たり入ったりはできないらしい。もし[転移]で入ろうとしても結界で弾かれ、そのまま外の湖に落ちるそうだ。積極的に来たいわけでもないから問題はないし、入るならきちんと正門から入ればいい。もしかしたら殿下は[転移]でこっそり王城を出てこっそり戻りたいとか考えたのだろうか。

 殿下と別れてから宮内省に足を運び、例の次官だか次長だかに領都の名前と紋章を伝えた。彼は大汗をかきながら頭を下げていたが、俺が来たことに恐縮する必要もないだろう。前回はどうしてこんなに俺に向かって頭を下げるのかと疑問だったが、これが性格のようだ。腰が低すぎるのも考えものだな。

 宮内省を離れて廊下を歩きながら王城の中をあらためて見回すと、思った以上に雰囲気が良くなっていることに気が付いた。歩いている役人や使用人たちの表情が違っていた。以前はギスギスしていたからなあ。これはもう別の城だな。
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