ドラゴネット興隆記

椎井瑛弥

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序章と果てしない回想

災い転じて福となすか

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 私が婚約者を作るか作らないかで悩んでいるところに余計な問題が転がり込んできた。私個人についてのことではなく父に関する問題だが。



◆ ◆ ◆



 つい先日、王城で私の誕生日を祝うパーティーが開かれた。そこに私は友人としてエルマーを呼んでいた。父にも軽く紹介し、エルマーの方も父に向かってはっきりと「私が生きている限りは必ず殿下をお守りいたします」と言ってくれた。

 今さらだが、彼は必要以上に聞かないし必要以上に話さない。それがかえって相談しやすさに繋がっている。耳にしたことをペラペラと話すような人物に大切なことは相談できないからだ。

 パーティーそのものは問題なかった。完全になかったわけではないが、私の婚約者問題はとりあえず後回しということにした。そもそもまだ学生の身分であり、なんら実績があるわけでもない。王太子として実績を上げてから婚約者については考えると言い切った。戻ってきた叔父はまた色々と言っていたが、そこまで言い切ればそれ以上は何も言えないようだった。そのうち何か仕掛けてくるだろうが。問題があったのはその後だ。

 父は気分良く酔っていて、嬉しそうに私の結婚相手を探すという話をしていた。私もそろそろ一〇代半ば、結婚相手を決めてもおかしくない時期になっている。なかなか選べない状態だが。

 私には妹が三人いる。上からビアンカ、ナターリエ、ティアナの順だ。妹たちも国内か国外かは分からないが、いずれはどこかに嫁いで子供を作るだろう。そのような話をしているときだった。おそらく無意識だろうが、父は「使用人との間に作った娘が先ほど会場を覗いていた」とポロッと漏らした。

 父がそう口にした瞬間、私は思わず父の顔を見た。父も自分が何を言ってしまったのか気づいたようで、あわてて誤魔化そうとしたがもう遅い。私は父に詳しく話を聞くことにした。

 昔から父は弟であるプレボルン大公よりも才能では劣っていると感じていて、それは王になってからも変わらなかった。そして王城の中に叔父を王に推す派閥もあることを知っていた。そんな自分に対していらだちを持ち、それによって疲れ、あるとき使用人の女性に手を出してしまったと。

 その使用人は父の子を孕んでからもそのまま使用人を続けていたが、娘を産んだ後、産後の肥立ちが悪く死んでしまったそうだ。その娘は別の使用人が育てることになり、今では王城で下働きをしているらしい。

 その娘はカリーナという名前で、年齢はビアンカとナターリエの間になるそうだ。私にとっては腹違いの妹になるが、その彼女が先日のパーティーを覗いていたそうだ。パーティー会場は王城の大広間を使っていたので、廊下から覗こうと思えばいくらでも覗くことはできた。彼女は入ることはできなかったが、入り口から覗いていて、それを父は見ていたそうだ。

 念のために他に子供がいないのかを確認すると、絶対に他にはいないと言っていた。母は優しい女性だが厳しい面もある。父は恐妻家と言うほどではないが母には弱く、もしバレればとんでもなく怒られるだろう。王が使用人に子供を産ませることはないとは言えないだろうが、生ませて放っておいたことをおそらく母は責めるだろう。だからこの話は絶対他には話さないと父に約束し、父にも決して二度と口にしないようにと言った上で、妹の話を聞いた。



 カリーナのことを特に気にするつもりはなかったが、どうしても王城にいると彼女が目に入る。その度に父との話を思い出してしまうが、こちらから気軽に話しかけるわけにもいかない。兄妹きょうだいということは隠しておくが、大きくなったらもっといい仕事を与えるくらいなら問題ないだろうとそのときは考えていた。

 しかしカリーナのことを知ってから、彼女におかしな目を向けている者が視界に入るようになった。フロッシュゲロー伯爵だ。彼は王家直轄領の東に大きな領地を持つ貴族で、見た目はまあ、よく言えばヒキガエルのような顔をしているが、世渡りが上手い。叔父の派閥の中心人物の一人だ。その伯爵が妹に脂ぎった視線を向けていた。私が彼女を気にかけるようになったからこそ気付けたのだろう。それなら兄としては妹を守らなければならない。私は手はずを整えると彼女に接触した。

「カリーナだな?」
「は、はいっ、そうですが……王太子殿下ですよね。わ、私に何かご用事でしょうか?」
「この部屋に入ってくれ、急いで」

 私は彼女が一人でいるタイミングを見計らって声をかけ、すぐ横にある談話室に入った。私がいきなり誘ったので、少し頬を赤らめているが、そんな浮ついた話ではない。

「君の身が危ないという話だ。少しややこしくなるが、聞いてほしい」
「え? はいっ、分かりました」
「まず、私と君は父親が同じだということを最初に理解してくれ」
「えっと……ええ?」
「とりあえずそういうことだ。私もつい先日聞いたばかりだ。父が使用人との間に作った子供が君だということだ。名前も確認した」
「は、はいっ。無理やり理解しましたっ」
「それで君を妹として迎え入れられればよかったのだが、残念がらそうもいかなくてな。それでせめて何かいい仕事に就いてもらえればと思っていたが、少しややこしいことになった」
「ややこしいことですか?」
「ああ、先ほど言ったが、君はフロッシュゲロー伯爵に狙われている。実はこちらの方が重要だ」
「フロッシュゲロー……うえ?」

 その瞬間の彼女の顔の変化は忘れられない。もし王女であれば、人前で決してしてはいけない表情だろう。

「君にいやらしい視線を向けているのに気が付いた。血を分けた妹を放っておくわけにもいかないから、匿ってもらえる場所を用意した。私が頼りにできる老夫婦が王都の中にいる。まずはそこでかくまってもらえばいい。そこが危なくなれば、ある孤児院に入ってほしい」
「孤児院ですか?」
「そうだ。私が最も安心だと保証できる孤児院がある。貧民街スラムに近く、さすがにそこまでフロッシュゲロー伯爵も探すことはないだろう」
「最も安全なのですか?」
「そうだ。まずは私の知り合いの家に入って落ち着いてほしい。それから状況に応じてその孤児院に向かってくれ」
「分かりましたっ」
「明日にでも王城を出られるように手配しておく。こんなことになって申し訳ないが、いると分かった妹のことだ、できるだけのことはしたい」
「いえっ、こちらこそありがとうございます」

 翌日、私の荷物にカリーナを紛れ込ませて王城を離れさせた。それからしばらくすると最初にかくまってもらったブラント夫妻から、彼女が孤児院に入ったという連絡を受けた。これでしばらくは大丈夫だろう。

 エルマーの実家であるエクディン準男爵の屋敷は貧民街スラムの近くにある。その横にある孤児院だ。エルマーには申し訳ないが、貴族なら普通は近づかない。

 カリーナには自分の生まれを口にしないように、そして偽名を使うように言ってある。一応父との約束があるので、適当に誤魔化すようにと。ブラント夫妻のところから孤児院に入るときにも軽く誤魔化すようにと伝えている。おそらくいずれはバレるだろうが、そのときは何とでもなるだろう。

 それにエルマーが近くにいてくれるならカリーナに危険はないだろう。その間にフロッシュゲロー伯爵をなんとかでいればいいのだが、私にはそれだけの力はない。エルマーには手間をかけさせてしまうことになるが、いずれ私が王になれば、公私混同にならない程度にいい思いをしてもら——ん? いや、王なら多少は公私混同をしてもいいだろうな。

 そうか、エルマーがカリーナを娶ってくれれば義理の兄弟になるわけか。そうかそうか。意外と悪くないような気がしてきたな。
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