ドラゴネット興隆記

椎井瑛弥

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第一章:領主一年目

エルザとアルマの関係

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 これまで私はエルマー様のお父様であるトビアス様からお屋敷と教会の管理を任されていましたので、そう簡単に王都を離れるわけにはいきませんでした。ですがカレンさんが[転移]で運んでくれることになりましたので、私もアルマと一緒にノルト男爵領へ向かうことになったのです。

 孤児院の方は問題ありません。すでに孤児たちはみんな仕事を得て離れていきましたので閉鎖されています。あれは元々、私のわがままで始めたようなものですので、トビアス様とは関係ありません。

 王都には選ばなければ仕事はいくらでもあると言われています。ですが女が就ける仕事はそれほど多くはありません。読み書き計算ができないのなら、お針子か花売りか酒場の女給か娼婦か。お針子はきちんとした職業ですが、花売りも女給もほとんど娼婦と同じす。

 王都だけではないそうですが、大きな町の酒場は二階から上が宿になっていることがほとんどです。気に入った女給がいれば交渉し、交渉がまとまればそのまま上に行きます。つまり宿を兼ねているわけです。人によっては銅貨数枚、つまり食事一回分くらいで体を売ることになります。もちろん銀貨以上でなければ絶対上には行かない人もいるようです。

 花売りも同じです。道端で摘んだ小さな花をかごに入れて売り歩いていますが、彼女たちは花を売っているわけではありません。酒場の二階で売っているのです。

 私が孤児院の院長先生から聞かされた仕事もそのような仕事だったのでしょう。「女なら王都に行けば仕事はいくらでもある」という言葉は、体を売れば食べるには困らない、そういう意味でした。それが王都です。

 だから私は貧民街スラムにいる小さな女の子たちを集めました。読み書き計算や針仕事を覚えさせるために。途中から男の子も入れることになったのは、小さな子供たちの面倒を見てもらうためと、力仕事ができる子がいた方がいいと思ったからです。これは正解でした。

 男の子たちを入れる頃には、私はエルマー様の女になっていました。思春期まっただ中の男女、それはもう猿のように盛っていました。あのときほど孤児院に男の子を入れておいてよかったと思ったことはありませんでした。

 理由ですか? どれだけ小さくても男は女にいいところを見せたがるものです。それは孤児院の中でも変わりません。男の子は年下の女の子の面倒を見ることによって自分をアピールします。女の子はそれを見るうちに、やはり男の子は頼もしいと思うようになるわけです。私が全ての世話をしなくてはいけないのなら、エルマー様とイチャイチャする時間が減るわけです。大いなる損失です。

 私は貧民街スラムにいる子供たちをどうにかしたいと思いましたが、一人で何でもできるわけではありません。それに、子供たちだって何から何まで私に頼っていたら、孤児院を出た後に一人で生きていく力が付きません。孤児たちが自立するのを助けるのが私の仕事です。その結果として私はエルマー様とイチャイチャするだけの時間を得られるというわけです。そのためには、自分の手の届く範囲でできることをコツコツとしていくだけ——



「なあ、エルザ。その煩悩がダダ漏れの手記は前にも見たことがあるんだが」
「あっ、エルマー様。前も言いましたが、どうして覗き込むのですか?」
「廊下に背中を向けて書いていたら誰でも見るだろう。それより、その煩悩は何だ?」
「これは煩悩ではありません。自分の心に忠実に書いただけです。それは聖書にも書かれていますよ?」
「いや、自分を偽るなと書かれているのは間違いないが、それは本能の赴くままに行動しろという意味じゃないはずだぞ?」
「解釈の仕方は人それぞれです。それに孤児たちはみんな仕事が見つかったじゃありませんか」
「それはそうだが……ああ、思い出した。そう言えば、少し前から急にアルマの扱いが変わったよな。以前は屋敷に来ないようにと言っていたのに」
「あ、あの子は……まあ乙女の秘密は聞かない方がいいですよ」
「……強引に話を逸らされたような気がするんだが……まあいいか」

 はい、強引に逸らしました。ねじ曲げた感じでしょうか。アルマのことはエルマー様にすら言うことはできません。アルマ本人がエルマー様に伝えるまでは、私でも勝手に口にすることはできません。



 さて、私にも私なりのルートというものがあります。正確に言えば、あの教会を通して話が持ち込まれただけですが。私は司祭ではありませんが、シスターでもそれなりに敬虔だと思われているわけです。

 あの教会と孤児院は貧民街スラムが近いため、身分の高い人たちに見つかりにくいという利点があるそうです。正直なところ、そう言われるのが良いのか悪いのか悩むところではありますが、身を隠すにはピッタリなわけです。他の立派な教会の孤児院に預けられた場合、教会を訪れた身分の高い人たちにバレる恐れがあるからだそうです。そうしてここに預けられたのがアルマす。

 彼女はある老夫婦の家からやって来ました。少し面倒な人に目を付けられたので、身を隠すためにうちに預けられることになりました。おそらくあの夫婦は単なる仲介役だったのでしょう。アルマへの丁寧な話し方から、彼らはアルマの身内ではなく、アルマの実家にお世話になっている人、あるいは使用人なのではないかと考えました。

 アルマは読み書き計算に礼儀作法など、しっかりとした教育を受けていましたので、それなりに立派な家で育ったことが分かります。実際にそのご夫婦からはかなり高額の寄付をしていただきました。その寄付を受ける条件は、アルマについて不必要に詮索したり他人に言ったりしないこと、彼女をしっかりとした家に嫁がせること、それを強制しないこと、そしてそれまでは環境が許す範囲で自由にさせること、このような内容でした。

 そういうわけで、あの教会と孤児院がなんとかやってこれたのはアルマのおかげだと言ってもおかしくありません。それでを聞いて、他の子たちが出て行った後も彼女だけはここに置くことになりました。

 アルマがエルマー様のことを気にし始めたのは、初めて会ったときに優しく声をかけて頭を撫でてくれたからだそうです。アルマがお屋敷の方に来ることはそれほど多くはなかったのでエルマー様は気付いていなかったようですが、もし彼女に犬人のような尻尾があればブンブン振っていたでしょうね。

 そのエルマー様ですが、言葉はぶっきらぼうに聞こえるかもしれませんが、実はかなり気遣いができる方ですが、初対面ではねえ……。

 正直に言いましょう。エルマー様は男前です。強面こわもてと言うほどではありませんが、ややキツめの表情です。さらに背もかなり高いので、どうしても威圧感があります。そして赤い髪と赤い目がそれに拍車をかけているようです。火の精霊サラマンダーの化身と言われれば納得できる風貌です。でもエルマー様は火魔法が苦手なのでそれはあり得ませんが。

 アルマも初対面のときには少しおどおどしていましたが、数日も経てばエルマー様に慣れたようです。それからはエルマー様が屋敷にいるときにはたまに来ていました。私を呼びに来るという用事にお屋敷に来ていたようなので、エルマー様はアルマの好意には気付かなかったかもしれません。

 私はアルマに嫌がらせをしようと思ってエルマー様に近づかないように言っていたわけではありません。あの老夫婦との約束があっただけです。アルマがエルマー様のことを好きなのは分かりますが、だからと言ってそのまま嫁がせるのは少々問題がありました。それは「しっかりとした家」という部分です。

 準男爵家の跡取り息子であればギリギリ許容範囲だったでしょう。一応貴族様です。ですが王都の主要な貴族から疎まれているというのは嫁ぎ先としては考えものです。ですのでアルマの嫁ぎ先としては問題ありと考えていました。本当ですよ? 私は身内もいませんから、私が誰と結婚してどうなろうが誰にも迷惑がかからないだけです。エルマー様を独占しようとしたのではありませんよ?

 ですが今のエルマー様は、新しい領地は王都から遠いとは言っても世襲の男爵様です。それに正妻のカレンさんはその土地に住んでいた竜の一人娘で、頼もしいことこの上ありません。誰が手を出してくるか分からない王都よりも、この北の地はずっと安心して暮らせるでしょう。
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